7.穴
「シェリー、チャチャを見なかった?」
「チャチャさん? さっきまで居間にいたと想うけど……見回りじゃないの?」
「窓は閉まってるからそれはない。どこに打ったんだろう」
「もし見かけたらフラムのところに行くように言っておくわね」
ここ最近チャチャの姿が見えなくなることがある。シェリーに聞いてみても詳しいことはわからず、時間がたつといつの間にか戻ってきている。私たちに危険が及ばないように見回りをしているのかとも考えたけど、外は寒いので窓が閉めきられているのでその可能性も低い。一体どこに行っているんだろう。
チャチャと仲直りしてから、チャチャはとても優しくなった。今までも優しかったけど、もっと優しく感じられるようになったのは、お互い触れあって気持ちを確かめ合ったからだと想う。
いつも私かシェリーのどちらかと一緒にいて、シェリーは戦闘訓練の相手をしてもらったり、私は研究で疲れた身体をその毛の中で休ませてもらったりしてる。ハツミが用意してくれたベッドも魅力的だけど、チャチャのふわふわの毛に包まれる感覚はどんな高級な寝具も敵わないと想う。
いつものようにパソコンを使って疲れた身体を休めようとチャチャを探すけど、どこにも見当たらない。ハツミの部屋にもいないしソウイチの部屋にもいない。台所にも風呂場にもいない。一体どこに行ったんだろう。
「チャチャ、どこにいるの?」
【ワンワン!】
「え? 居間のほうから?」
チャチャを呼べば居間のほうから声が聞こえるけど、その声はどこか遠くから聞こえるようにも思える。もしかしたらどこか狭いところに入って出てこれなくなったのかもしれない。チャチャなら心配いらないとは思うけど、何が起こるかわからないからちょっとだけ心配。
「チャチャ、ここにいるの?」
【ワン!】
声を頼りに居間へと向かうけど、そこにもチャチャの姿はない。私を驚かせようとして隠れてるのかとも考えたけど、チャチャはそんないたずらを好んでするようなことはしない。いつも私たちを優しく見守ってくれる守護獣なんだから。
「どこにいるの?」
【ワンワン!】
どこかくぐもったようにも聞こえるチャチャの声に、おそらくどこかに入り込んでるだろうと推測する。でも居間にはチャチャが隠れるような場所はないはず。
ううん、ある。チャチャが入れる場所がある。居間の壁に開いた大きな穴がある。今はその穴はただの穴だけど、かつてシェリーと私がこの世界にやってきた時に通ってきたゲートがあった。きっとそこに隠れてるに違いない。
「……チャチャ、ここにいるの?」
「ワン!」
おそるおそる穴を覗いてみれば、こちらを向いてお座りしているチャチャと目が合った。チャチャはいつものように尻尾を振りながら私のほうを見て一声吠える。だけど私はあまりこの場所が好きじゃない。
この場所はかつて元の世界とつながっていたけど、ドラゴンの襲来、そして撃破でその可能性もなくなった。ここに来るとそのことを思い出してしまうから、元の世界への想いが再び首をもたげてきてしまうから、出来るだけここには近づかないようにしていた。
なのにどうしてチャチャはここにいるんだろう。もしかして私のことをまだ許してくれていないのかな。まだ怒ってるから私の嫌がることをしてるのかな。
「チャチャ、あの時のことは謝る。だからここから出よう」
「ワン! ワン!」
私が言ってもチャチャは動こうとせず、しきりに後ろを振り返りながら私に吠える。この行動は何度か見た記憶がある。確かソウイチに向かって、何かがあると教える時の行動だ。とするとチャチャの後ろには何があるの?
「チャチャ、後ろに何かあるの?」
「ワン!」
その通りだと言わんばかりに、一際嬉しそうに吠えるチャチャ。チャチャのそばに寄ってみると、普段とはちょっと違う感じがした。これは……
「チャチャ……ドラゴンの魔力を感じる。もしかして竜核の力?」
「ワフ?」
チャチャには自分の身体から出ている魔力のことなんてわからないらしく、不思議そうな声をあげる。でも私にはわかる。二度も遭遇したあの魔力を忘れるはずがない。そしてチャチャからは大きく変質してしまっているけど、ドラゴンの魔力の名残のようなものが混ざった魔力が確かに感じられる。
「チャチャ……ここで何をして……」
チャチャに問いかけようとして、私は言葉が出なくなった。
こんなことあるはずない。ありえない。だってあの時にその可能性は潰えたはずだから。なのにどうしてここにこれがあるの?
もしかしてチャチャがこれを? でもチャチャにはその方法なんてわからないはず。何がどうしてこうなってるのかが全くわからない。
「……とりあえず……シェリーを呼んでくる。チャチャは待ってて」
「ワン!」
考えを纏めようにも全く纏まらないので、とりあえずシェリーに協力してもらうために穴を出る。振り返って見れば、チャチャが嬉しそうに尻尾を振ってこちらを見ていた。そしてその背後には、もう二度と見ることがないと思っていた、世界をつなげるゲートらしきものが漆黒の口を開いていた。
読んでいただいてありがとうございます。




