6.儀式
「儀式? それは魔法的なもの? もしかして従属の契約?」
「ソウイチさんは儀式魔法が使えるんですか?」
「そんなものじゃない、まあとにかく見てろ。茶々、おいで」
「クーン……」
困惑の表情を見せるシェリーとフラムをよそに茶々を呼ぶと。俺の前にやってきてお座りをする。その姿勢のまま俺のことをじっと見ているので、目をそらさないようにしながら茶々の顔を左右から抑え込む。
「茶々、お前大人げないぞ。フラムだって本気で思ってわけないって知ってるくせに」
「クーン……」
「保護者を気取るなら少しくらいのことは気にするな。ていうかお前、俺と二人きりだった頃にこんな殊勝な素振り見せたか?」
「クーン……」
目を逸らさせないように顔を押さえつけて至近距離から言うと、茶々も申し訳なさそうに啼く。茶々だってそのくらいの分別はつくし、そこまで引きずったりすることもない。ただどうしていいのかわからなくなっただけだ。俺への対応と同じじゃいけないと自分なりに考えた末のことなんだろう。俺との対応の違いにちょっとばかりもやっとしたが、そういうことも含めて綺麗さっぱり洗い流すのがこれからする儀式の目的だ。
「……こいつめ!」
「ワフ?」
お座りしている茶々の身体をがっちりとつかむと、そのまま横倒しに寝かせる。そして間髪入れずに腹から胸にかけての柔らかい毛をわしゃわしゃと乱暴に撫でる。一体なにが起こるのかと見守っていたシェリーとフラムをそのままにして、寝そべる茶々の毛をさらに乱暴に撫でる。
「お前みたいな奴はこうしてやる。ていうか俺に対してもそのくらい殊勝になれ」
「ワフ! ワフ!」
悶絶するように身をよじる茶々だが、そこに怒りの表情はない。それどころか手を止めると自分から仰向けに腹を見せてもっとやれと催促してくる始末。当然ながら俺もそこで手を止めるつもりは毛頭ないので、さらに勢いよく腹の毛を乱暴に撫でる。
「あ、あの……ソウイチさん?」
「ほら、フラムも来て撫でてやれ。これが仲直りの儀式だ」
「え……でも……」
「茶々だってフラムにもやってほしいだろ?」
「ワフ!」
これが我が家、というよりも俺と茶々の間だけの儀式だ。喧嘩をするということはお互いの理解が足りていないということで、それならどうすれば理解を深められるかといえば触れあうしかない。特に言葉が話せない者どうしならば、触れあうことでしかお互いの気持ちは伝わらない。
決して本気で怒っている訳ではない。もしこれが本気で怒るべきことなら茶々だってもっと毅然とした態度を見せる。そうなっていないのは、怒るというよりもお互いの心に残ったわだかまりをどうにかしたいと考えているからだ。
腹を見せるという行為は上下関係の現れだとか、負けた犬がすることだとか言うやつもいるだろうが、俺と茶々の関係においてそれはない。茶々が腹を見せるのは心を許している証であり、そんな茶々をこちらもしっかりと受け止めてやるからこそ、信頼関係がもっと強くなる。
「……チャチャ。これでいい?」
「ワフ! ワフ!」
「そんなに弱くちゃ足りないとさ。もっと乱暴にやっても平気だ」
「……チャチャー!」
最初こそおっかなびっくりといった感じで撫でていたフラムだが、茶々からの催促に覚悟を決めたのか、半ばダイブするような形で前進を使って茶々の毛を撫でる。撫でるというよりも茶々の毛におぼれているようにも見えるが、茶々はそれが気に入ったようで嬉しそうに身をよじっている。
「チャチャ、ごめんね。大好きなチャチャに悲しい思いをさせてごめんね」
「ワフ!」
「チャチャ! チャチャ!」
「ワフワフ!」
「あ、あの……ソウイチさん。私も……その……」
「もちろん参加していいぞ。な、茶々?」
「ワフ!」
「……チャチャさーん!」
フラムの様子を見ていたシェリーが我慢できなくなったのか、フラムの後を追うように茶々へとダイブする。当然のごとく茶々は拒絶などするはずもなく、フラムとシェリーのされるがままになっている。
茶々だって決して考えなしに竜核を食べた訳じゃない。きっとそれをすることで二人のためになると考えての行動だ。ならその行動の根本となる気持ちはしっかりと受け止めてやらなきゃいけない。でなければ、その気持ちが間違っているという結果に行き着きかねない。その考えが悪いのではなく、その行動が間違いなんだと理解させるのが大事なんだ。
「チャチャ-!」
「チャチャさーん!」
「ワフ! ワフ!」
もはや儀式というよりも一緒に戯れているようにしか見えない……というよりも戯れていると言ったほうが正しいような状況になっている。でもこれでいい。ペットとして飼うのであれば厳しく躾けることが優先されるんだろうが、それは人間とペットとしての関係であって、家族の関係ではないと俺は想っている。
家族ならば触れあってわかり合えばいい。お互いの理解を深めていけばいい。お互いに嫌なことをするのではなく、お互いに嬉しいことを共有することでもっと理解を深めていけばいい。少なくとも俺たちはそうやって絆を結んできたんだから。
三人のじゃれ合う姿を眺めながら、たぶん二人はもう大丈夫だという予感とともに、まだまだ何かあるんじゃないかという予感もまた俺の心に生まれてきていた。
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