4.護られる資格
「シェリー、私は最低だ」
部屋に戻るなり、突然フラムが切り出してきた。彼女が何を思ってそんなことを言い出したのか、なんとなくだけど理由はわかる。何故なら私だってあの時は若干複雑な気持ちになったから。
「……チャチャは私たちを護るために竜核を食べた。どんな結果になるかわからないという恐怖心を押し殺して。でも私は……チャチャが竜核を食べなければ……元の世界に帰れたかもしれないのにって思った」
「フラム……」
「チャチャは自分のことなんて考えてない。チャチャは私たちのことだけを考えて行動してるのに、私は自分が帰ることしか思ってなかった。だから私は最低だ、こんな私がチャチャに護ってもらう資格なんてない」
フラムが静かに話す言葉を私は言葉もなく聞いていた。
彼女の言いたいことはとてもよくわかる。何故なら私もあの時、少なからず同じような思いを抱いていたから。
私は一度元の世界に戻り、そしてもう私の居場所はあの世界には無いということを思い知らされたせいか、フラムのように大きく表情に現れてしまうようなことはなかったと思う。
でもフラムは違う。彼女が帰るための方法をずっと陰で探し続けていたことは知ってる。隠れて調べてたから本人はばれてないと思ってるみたいだけど。
彼女は冒険者でもあると同時に研究者でもある。この世界で知った新たな知識や理論を魔法に活用するということは、魔法研究の道を目指していたフラムにとってはとても魅力的に思えたはず。
でもこの世界には魔法という概念そのものがない。いくら研究してもその成果を見せるのはソウイチさんたちだけ、そしてソウイチさんたちも魔法に詳しくないので、研究成果に対する手応えを感じられなかったはず。
もしこれが元の世界だったのなら、いったいどれほどの賞賛を浴びるだろうと考えれば、それこそ魔法の概念の根底を揺るがすようなものもあると思う。永く続いてきた魔法研究において、賢者フラムの名はさらに高まるのは明らか。
フラムは決して自分のために研究したいとか思ってるわけじゃない。ただ研究者としてのフラムもまた彼女を構成する大事な要素で、その部分が研究に対する気持ちを際立たせてる。自分の研究成果をこのまま埋もれさせたくないという気持ちを。
フラムがパソコンでアニメを視るようになったのもそこに理由があると思う。フラムがアニメを視る時、他のことを一切考えないようにして視ていることがほとんど。それはきっとアニメを視ている時は研究者としてのフラムじゃなく、ただのアニメが好きなフラムになることが出来るからじゃないかと思う。
「チャチャは私のその気持ちを見抜いていた。だから……私はもうチャチャに合わせる顔がない。ううん、この館にいることも許されない」
「何もそこまで……」
「大事な家族に、それも私のことを常に護ってくれている家族に向かってそんな感情を持つなんてあってはいけない。そんな者は護ってもらう資格なんてない」
「フラム……」
とても思い詰めた表情のフラムに言葉が出ない。彼女はいつも私のことを茶化したり、ちょっと変わった言動をすることがあるけど、根はとても素直で真面目だ。だからこんなに苦しんでるんだ、自分の心の片隅に押しやったはずの嫌な感情が面に出てきていることを。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。私は彼女にどんな言葉をかければいいんだろう。誰だってそんな気持ちを持つことはあると思う。実際に私だってそういう気持ちがなかった訳じゃない。ただ私は元の世界に対しての失望のようなものがあったせいで、戻りたいという気持ちが大きくなくなっていただけ。
「フラム、ソウイチさんのところに行きましょう。きっと力になってくれるはずよ」
「でも……チャチャもソウイチの大事な家族……そんなチャチャを傷つけた私を許してくれない……」
「ソウイチさんはそんな狭量な人じゃないわよ。だって私たちのことを婚約者にしてくれたんだから」
ソウイチさんと私たちとの身体の大きさの違いは体格差なんて言葉じゃ言い表せないくらい大きい。本来なら私たちが婚約するということはあり得ないことだけど、ソウイチさんはそのありえないことをしてくれた。
身体のつながりよりも心のつながりを大事に思ってくれたから、ソウイチさんは私たちのことを受け止め、そして受け入れてくれた。心を大事に思ってくれる婚約者なら、きっとフラムの気持ちに対しても真摯に向き合ってくれるはず。
「行こう、フラム。婚約者なんだから、こういうときには頼っていいのよ。もっと弱い自分をさらけ出していいのよ」
「……うん」
力なく項垂れるフラムを促してソウイチさんの部屋へと向かう。確かに難しい問題かもしれない。ソウイチさんでも解決策が出ないかもしれなあい。でもそれでもいいと思う。こうして三人で一緒に悩んで、そして一番良い方法を探すことがお互いの絆を強くしていくはずだから。そうやって強くなった絆は私たちにとってかけがえのないものになっていくはずだから。
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