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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
覚醒する守護者
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2.落ち込む獣

 フラムの口にした言葉に思わず俺は言葉を失っていた。シェリーとフラムが元の世界に帰れるかもしれない鍵となっていた竜核を茶々が食べてしまったなんて、俺は二人にどんな言葉で詫びればいいのか。


 言われて思い出してみれば、確かにそんな素振り見せていた。俺がドラゴンを仕留めた後、茶々はしきりにドラゴンの死骸の匂いを嗅いでいた。あれは珍しいから匂いの確認をしていたものだとばかり思っていたが、きっとあのときに食べていたんだろう。


「最近チャチャが居眠りすることが多かったのは、竜核が体に馴染むのを待っていたのかもしれない」

「竜核が馴染むと……どうなるんだ?」


 何とか言葉を絞り出してフラムに問う。まさか茶々があのドラゴンのようなバケモノになってしまうのか? 今見た限りでは特段外見の変化はないようだが、これからもっとバケモノのように変わっていくのだろうか?


「竜核は滅多に出回る物じゃないので私も詳しいことはわからない。以前見た古い文献では砂粒ほどの大きさの竜核を飲み込んで大きな魔力を得たとか、不治の病が治ったとかあったけど、あのドラゴンの竜核なら私たちの身体くらいの大きさはあったはず。そんなものを全部食べたなんて前例はどこにもない」

「私もその文献は読んだことがありますけど、その竜核は病気と高齢で弱って死んだドラゴンのものだそうです。当然竜核に宿る力も大部分が失われていたはずです。でもチャチャさんが食べたのは全盛期のドラゴンのものです。それがどんな影響をもたらすのかまでは……」

「ここから先は誰にもわからないってことか……」


 俺たちが不安の色を露わにして見ている中、相変わらず茶々はお座りして尻尾を振っている。あたかも自分がこんなことまで出来るようになったと言わんばかりだが、こちらとしてはそれどころじゃない。竜核なんて得体の知れないものを食べて死んだらどうするつもりだったんだ?


「茶々! 駄目だろ、そんな変なもの食べたら!」

「クーン……」


 山を一緒に歩いていて落ちてる果物を食べることはよくある。だが今回のはそれとは訳が違う。腐っているから駄目だとかそんなレベルの話じゃない。今後そういうことをさせないためにもかなりきつめに叱ると、茶々は尻尾を振るのをやめてうなだれてしまった。潤んだ瞳で上目遣いにこちらを見てくるが、ここは言わなければならないところだ。


 俺だってこんなことは言いたくない。しかし茶々は自分のしでかしたことがどんなに危険なことかを理解していない。それをしっかりと教えて今後させないようにするためにも、今は叱っておかなければならない。


「ソウイチ、チャチャをそんなに叱らないで」

「クーン……」


 さらに続けようとした言葉を遮ったのはフラムだった。フラムはうなだれる茶々の身体に優しく触れながら、涙を瞳いっぱいに溜めながら言う。


「チャチャはみんなを護りたいって思った末にこの行動をとった。ドラゴンに敵わなかった自分の弱さが嫌だったから、こういう手段を選んだ。やり方は間違っているかもしれないけど、チャチャの思いは本物。だからそんなに怒らないで、もし今後何か変化があったときには、私も解明に全力を尽くすから……」

「ソウイチさん、私からもお願いします。チャチャさんはとても賢いですから、自分が大事な家族を護れないということを許せなかったんだと思います。私たちだってソウイチさんたちを護ることが出来なかったとしたら、きっと同じように悔しくて自分を許せないでしょうから……」


 フラムに次いでシェリーも茶々に寄り添って前足の毛を優しく撫でながら言う。言われてみれば確かにその通りだと思う。あの時は皆で力を合わせてドラゴンを撃破したが、もし力及ばずに負けていたらどうなっていただろうか。シェリーとフラムを目の前で貪り食われる様を見せつけられていただろうか。それとも俺たちが先に餌食になっていただろうか。


 だがどちらにせよそれは望む結果ではない。その時に持つ感情は、きっと全力を出し切ったなんて清々しいものではないはずだ。あの時ああしていれば、こうしていれば、自分にもっと力があれば、そんな後悔の念しか浮かんでこないだろう。


 犬だからそこまでの感情は持たないだろうなんて推測はしない。茶々は俺と家族として暮らしているせいか、こちらの言葉や行動をよく理解している。そんな賢い茶々が自分の無力さを感じないはずがない。


 自分の縄張りを荒らされ、さらには自分の住む家にまで入り込まれて、撃退するどころか自分は注意を引く程度のことしか出来ないという体たらくはこの近辺の獣の頂点である茶々のプライドをずたずたに引き裂いてしまったのかもしれない。


 どうしても力が欲しい。家族を護れるだけの力が欲しい。何者にも負けない強い力が欲しい。そう切に願った茶々の前に突然現れた大きな力の源は、茶々に悩むことを許さなかったのだろう。いや、きっと茶々自ら悩むという過程を拒否したのかもしれない。本能的にそれが自分に大きな力を与えてくれるものだと察知して、俺たちが危険だと言って止めるであろうことも理解した上で、即座に実行に移したのだろう。


「茶々、お前も俺たちのことを第一に考えていてくれたんだな……」

「クーン……」

「でもな、それと同じくらいに俺たちもお前のことを考えていることを忘れないでくれ。お前に何かあったら皆が悲しむ」

「ワンッ!」


 しょげる茶々の頭をやや乱暴に撫でながら言うと、茶々は表情を明るくして一声吠えた。もう食べてしまったものはどうしようもないので、これから先のことを考えればいい。竜核が茶々に与えた影響もきちんと把握しておかなければならない。そのためにはドラゴンについて詳しいフラムとシェリーの力を借りなきゃいけないな。

読んでいただいてありがとうございます。

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