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目覚める獣

閑話です

 茶々は強い。小型犬のポメラニアンとは思えぬ体躯は既に中型犬と比べても遜色ないどころか勝っているかもしれない大きさで、祖先と言われているサモエドの先祖返りかもしれないと宗一達は考えている。そして身体の大きさに全くそぐわない戦闘力の高さは集落のとある家で飼われているジャーマンシェパードを全く歯牙に掛けないほどである。


 その真価が発揮されたのは、茶々が宗一と共に畑に出ていた時に遭遇した猪の『次郎』を相手にした時だった。自分よりも横幅のある、全身筋肉の塊のような次郎を相手に一歩も退かず、それどころか機敏な動きで翻弄し、さらには次郎の右耳を喰いちぎり退散させるという偉業をやってのけたのだ。室内犬として育てられた茶々がこれをしたことは山の勢力図を大きく変貌させ、今の茶々はこの山の獣の頂点といってもいい強さを持っていた。


 誰もが認めるこの山の主、獣たちの尊敬を一身に集める茶々は自分自身でも己の立場というものを理解していた。宗一の家族として共に暮らしながら大事な畑を見回る。宗一の大事にしている畑に手を出す獣は容赦なく駆逐し、それ以外は自然のままにさせていた。そして一度茶々に敗れた次郎も茶々が山そのものを縄張りとして強く主張しなかったせいか、茶々が大して気にかけていなかった山の秩序を保つような動きを見せるようになった。すべてはうまくいっていた。


 しかしそれを揺るがす事件が起こる。次郎すら手に負えなくなった雌猪の暴走だ。それは宗一の自宅にまで現れ、大事な家族である宗一と、そして新たに家族になった初美とシェリーに危険をもたらした。自分の縄張り、それも聖域と呼んで差し支えない場所に入り込まれ、それを撃退することもできずに結局は宗一の散弾銃に頼ってしまった。山の主としての茶々のプライドはずたずたに引き裂かれていた。


 そしてさらに事件は続く。ドラゴンという異界からの侵入者の出現である。そして今度は聖域中の聖域である部屋の中にまで入り込まれるという失態を犯してしまう。今までに遭遇したことのない異形の獣は自分も含めて家族の皆を危険に晒し、茶々にとっては到底許容できるものではなかった。


 初めて遭遇する異界の獣は、茶々の知り得る如何な獣とも違っていた。鎧のような皮膚は茶々の強靭な牙が通じないばかりか、口から強力な炎のようなものまで吐き出す異形に茶々は戸惑い、そして自身の力の及ばないものの存在に、さらには牽制程度しか出来なかった自分の不甲斐なさに怒りを覚えた。結局のところフラムの魔法と宗一のライフルによりドラゴンは倒れたが、本来ならばその役目は自分が負わなければならなかったもので、それを出来ない無力な自分を許すことなどできなかったのだ。


 どうすれば自分は強くなれるのか、宗一がドラゴンを仕留めるところをすぐそばで見ていた茶々はそればかり考えていた。魔法とライフル、いずれも茶々には手の届かないものであり、高い戦闘能力を持つとはいえ茶々は犬でしかない。人間すら圧倒できると言われている犬ではあるが、それでも敵わない相手が多いのも事実。実際に敵わなかった相手がすぐそばにいたのだから。


 そんな茶々が落ち込みながらドラゴンの死骸を調べていると、不思議なものを見つけた。ドラゴンの首に埋まっている何かを。何かと聞かれれば何なのかなど茶々にはわからない。ただそれが脅威であった存在に力を与えていたものであることは漠然と理解していた。


 どうしてそう思ったのか、それは茶々自身にもわからない。ただ自分の中の何かに突き動かされた。そして茶々はそれを『食べる』という行動をとったのだ。それはシェリーやフラムが『竜核』と呼んでいた、ドラゴンを異界の覇者の一角たらしめている力の源ともいえるもの。


 それが自身ににどんな影響を及ぼすのか、茶々には全くわからなかった。もしかすると自分が自分ではなくなってしまうかもしれない、今の自分からかけ離れた何かになってしまうかもしれないという不安が無かった訳ではない。しかし彼女が味わった無力感はその不安を塗りつぶしてしまうほどに大きかった、それ故にその行動に迷いはなかった。


 次第に自分の中で何かが変わっていく感覚が茶々を襲う。しかし茶々はそれに耐えた。何度も自分を見失いそうになったが、その度に大事な家族のことを思い出して耐えた。ちょっと変だけど大好きな初美のことを思い出して、もし暴走したら自分が止めないといけないと思った。自分の子供、というよりも大事な妹のように思っているシェリーとフラムのことを思い出して、まだまだ危なっかしいので自分が何としても護らなければと思った。そして……自分の大事な大事な家族である宗一のことを思い出して、もっともっと平和で温かい暮らしを続けていきたいと切に思った。自分の中に次々と生まれてくる温かい思いが荒れ狂う強大な何かを抑え込み、ゆっくりと茶々の望む形に作り替えられていく。


 だいじなものを護りたい。だいじな家族を護りたい。だいじな今の暮らしを護りたい。犬である茶々には人間のような野望など微塵もない。ただ自分がとても大事だと思ったものを護るための力が欲しいとだけ願った。大事な家族に悲しい顔をさせないための力が欲しいとだけ願った。


 自分の身体を襲う苦痛にも耐えた。野生の本能でじっと眠って耐えた。そんな自分を気遣い、心配して声をかけてくれる家族の優しさが苦痛に耐えうるだけの力を与えてくれた。大丈夫、自分には優しい家族がいる、そう幾度となく言い聞かせながら、自分に起こる変化にじっと耐えていた。



 そして数日後、茶々は変わった。何がどう変わったのか、それは茶々自身にもよくわかっていない。人語が話せるようになった訳でもなく、見た目が変わった訳ではない。性格も元のままで、自我も以前の茶々のままであり、一体どこが変わったのか理解できていない。


 だが茶々には何をどうすればどうなるのかが何となくわかっていた。ただそれをどうやって確認すればいいのかがわからなかったので、何も行動を起こさなかった。茶々は決して自分の力を誇示しようなどとは思っていないので、力を使う必要がなければいつもの自分のままでいいと動かなかった。だから誰も茶々の変化に気付かなかった。


 そしてついに茶々が自分の力の一端を解放してしまう。とても大事な、小さな小さな妹のシェリーとフラムが自分の稼いだ金で買ってくれたのは自分の大好物の果物である梨、それも極上の香りを放つ超高級品。嬉しさのあまりに自分を抑えきれなくなった茶々は、つい辺りを駆け回ってしまった。あたかも野山を駆け回るが如く、何もない空中を跳ね回ってしまったのだった。


 茶々にはそれがどれほど衝撃的なことかわかっていない。ただ茶々はそれがとても嬉しかった。これならばあの時のような悔しさを感じることはないかもしれない。どんな相手が来ても大事な家族を護ることができるかもしれない。新たに自身の中に目覚めた力は茶々に大いなる自信を与えてくれるものだった。


 だから茶々は思う。自分の新たな力を見た宗一たちは何故不思議な顔をしているんだろう、と。



読んでいただいてありがとうございます。

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