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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
困惑する研究者
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9.お買い物

「……うふふ」

「シェリー、笑い方が気持ち悪い」

「そういうフラムだって顔がにやけてるわよ」


 そんなことを言い合いながら預金通帳を眺めているシェリーとフラム。そこに印字された振込金額の数字を見ては嬉しそうな顔をし、しばらくすると数字を再確認してまた嬉しそうな顔をする、の繰り返しを先ほどから続けている。


「これだけあれば何が買えるかしら」

「これなら好きな本も自由に買える。買いたいものがたくさんありすぎて困る」

「そうね、迷っちゃうわ」


 困るとか言いながらも、その表情には心の底から困っているという色はない。むしろ嬉しさが隠しきれないといった感じにしか見えないのがとても微笑ましい。それだけ彼女たちが得たこの世界での初めての労働の対価は感慨深いものがあるのだろう。そしてその金額にもだ。


 少しだけ通帳を見せてもらったが、その金額は時給換算してもかなり良い額だった。町のコンビニやファミレス、ファストフード店の高校生の時給より確実に多く、初美にしてはかなり頑張ったなと思うとともに、二人のやっていることをしっかりと評価していると感心した。特にシェリーのゴキブリ退治は初美の精神衛生に確かな成果をもたらしたからな。あとモデルになってもらうことで自分の欲求を満たしてくれたということも評価した結果だろう。



「ほらシェリー、この服なんてどう?」

「うーん……確かに可愛いけど、サイズがね……それに服はハツミさんが作ってくれるじゃない」

「なら食べ物はどう? お取り寄せスイーツもこれで買える」

「スイーツ……」


 その後は二人して俺の部屋のノートパソコンで大手通販サイトを楽しそうに眺めていた。最近はこうして俺のパソコンを使うことが多くなった。いつも畳の上に開いたままで置きっぱなしにしてあるので、電源を入れればいつでも使えるのでこっちのほうがいいらしい。俺も暇な時や詳しく天気を知りたい時、調べものをしたい時にしか使わず、最近はもっぱらスマートフォン頼みだから問題がある訳じゃない。見られたくないものもないし。


 女の子が二人でおしゃべりしながら通販サイトを見ている姿はとても絵になる。特にシェリーとフラムはその体のサイズのせいでノートパソコンとの対比が大きく、まるで絵本の挿絵の一ページのようにも思えてくる。


「ソウイチさんは何がいいと思いますか?」

「ん? 自分の好きなものを選べばいいさ、自分たちが働いた対価なんだから遠慮することはないぞ」

「私たちはソウイチに贈り物がしたい。でもソウイチが何が好きなのかわからない」

「俺は……二人が嬉しそうな姿を見てるだけでいいよ。それが何よりのプレゼントだな」

「ソウイチさん……」

「ソウイチ……」


 二人が言葉に詰まりながら俺を見上げてくるが、俺としては二人が稼いだ金なんだから自分のために使ってほしいと思ってる。何かを贈ってくれるという気持ちは嬉しいが、その気持ちだけで充分だ。それに……何だか子供の小遣いを巻き上げてるような気がしてしまうという本音もあるが。


「でも……それじゃ私たちの気持ちが収まりません。こんなにお世話になってるのに……」

「婚約者に贈り物をするのは決して珍しいことじゃない。それにどうしてもソウイチのために使いたいという気持ちは揺らぐことは無い」

「そうか……それなら俺一人が満足するものよりも皆で満足できるものがいいな」

「ワンワン!」

「ああ、もちろん茶々もな」

「なら皆で選ぼう。そのほうが楽しい」

「そうですね、チャチャさんも一緒に見てください」

「ワンッ!」


 部屋の入口付近で寝そべりながらこちらの様子を窺っていた茶々がシェリーに呼ばれてやってくる。茶々が画面に表示されている品物の意味がわかるとは思えないが、二人のそばまで来て一緒に画面を覗き込んでいる。品物を選んでいるというよりも、皆と同じようなことをしているということが嬉しいのかもしれない。茶々も自分が家族の一員だということを理解してるはずだからな。


 だがふと気になることがあった。最近茶々が寝そべっていることが多くなった気がする。いや、間違いなく眠っている時間が多い。茶々はまだそんなに年をとっていないはずなので、老化現象だとは考えにくい。病気かとも考えたが、それにしては起きている時は元気いっぱいだ。今も画面を覗き込んではシェリーとフラムの顔をしきりに舐めているが、その仕草に病気の気配など見つけられない。


「チャチャさん、これなんてどうですか」

「チャチャも大事な家族。だからチャチャも一緒に楽しめるものにしよう」

「ワンッ!」


 嬉しそうに尻尾を振りながら返事をする茶々。いつも通りの元気で可愛い茶々がそこにいる。でもなんだろう、もやもやしたものが心の片隅から払拭することができない。良いことを思い浮かべて気を紛らわしても、まるで壁に残った染みのように、綺麗に拭い去ることができない。


 茶々は大事な大事な家族だ。シェリーやフラムとは別次元の、たった一人でこんな田舎で暮らす俺と一緒にいてくれた、大事な大事な家族だ。だからこそほんの僅かな不安を残したくないのに、どうしても不安が残ってしまう。この不安の原因が一体何なのか、それだけでも判明すれば少しは安心できるんだろうが、それができないのがとても歯がゆい。


 杞憂であればそれでいい。だがもし杞憂が現実のものとなったらどうなるのか。そんな得体の知れない恐怖を完全に払しょくできないまま、楽しそうにパソコンの前に座る二人と一匹の姿を眺めていた。



 

 

読んでいただいてありがとうございます。

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