8.報酬
フラムが壊した(と本人は思っていた)パソコンはよくある遠隔操作ウィルスを使った振り込め詐欺の一種だった。当然ながら表示されたメッセージに従ったところでパソコンが解除されるということは少なく、大概は金を送ったところで何の変化もない。ただ問題は他のパソコンに何らかの影響が出てるんじゃないかということだが。
「初美、他の機器は大丈夫なのか? 入り込まれてないか?」
「あー、ちょっと待ってね……あ、ウィルススキャンに引っかかってるからたぶん入り込まれてるわね」
「それは平気なのか?」
ウィルスが入り込んだというのに初美は平然としている。俺はパソコン類は一般的な知識しかなく、初美のほうがはるかに知識も豊富なので何か対策をしてあるんだろう。それに今は竹松君だっている。彼はこういった方面にも強いって聞いたことがあるので、彼ならきっと万全の対策をしているのだろう。
「このサーバーとパソコンはダミーなのよ。本命はがっちりガードしてるから大丈夫。タケちゃんが組んでくれたシステムはそう簡単に突破できないんだから」
「それならいいんだ。ところで彼は?」
「納屋で炉の準備してるよ。いよいよ本格的にここで小物の鍛造するんだって」
「今日出かけたのはその一環か?」
「ううん、今日はちょっと違うことで町まで行ってたんだ。シェリーちゃん、フラムちゃん、ちょっと来てくれる?」
「はい、何でしょうか?」
「何? ハツミ?」
初美が自分の鞄の中を漁るように何かを探しているところへ、シェリーとフラムがやってきた。二人とも何事かといった様子だが、初美のにやけた表情にさっきのパソコンの件ではないことを察したのか、心なしか安心しているようにも見える。初美は鞄の中から小さな封筒を取り出すと、その中身を二人の前に差し出した。
「二人に渡したいものがあります。これは二人に受け取る権利が、いや、これは私が二人に絶対に渡さなきゃいけない義務があるモノよ。だから安心して受け取って欲しいの」
「これは……何ですか?」
「これは本? それにしては薄い……まさか私たちを題材にした同人誌?」
「違うわよ」
初美が二人に差し出したものは、俺たち社会人経験のある者なら一度は必ず見たことがあるであろうもので、決して同人誌などというものじゃない。だがこれはある意味生きていく上で必要になるものだと思う。果たして二人にこれが絶対に必要なのかどうかはわからないが、決してあって困るものではない。問題は二人がこれを使えるかどうか、だが。
「これはあなたたちの預金通帳よ、名義は私だけどね。ここには二人がこれまで労働したぶんを金額に換算したお金が振り込まれてます。そしてこれからも労働の対価としてここに振り込みます。これは正式なビジネスの話、だから二人は安心して受け取ってね。というか受け取ってもらわなきゃアタシが困る。アタシ自身がブラック企業の経営者になっちゃうから」
「なるほど、それで朝から出かけてたのか」
二人の前にあるのはこのあたりでは有名な地方銀行の預金通帳。ファンシーな絵柄が通帳にはそぐわないが、二人にはそんなことは関係ないようだ。まさか自分たちに報酬が出るなんて思ってもいなかったんだろう。
「ハツミさん、私たち何もしてませんよ?」
「いつも面倒みてもらってる側なのに……」
「何言ってるの、シェリーちゃんもフラムちゃんもゴキブリ退治してくれたじゃない。それにアタシの作った服のモデル料だってある。さらにこれから売り出す新しいフィギュアのモデルもしてもらうんだし、二人にはこれを堂々と受け取る権利があるのよ」
「俺がどうこう口を出すつもりは無いが、初美がそこまで言うんだから素直に貰っておけ。シェリーもフラムも欲しいものくらいあるだろ? 小遣いを貰ったとでも思えばいいさ」
「そうそう、シェリーちゃんもフラムちゃんも頑張ってるんだし、それに見合う対価は貰って当然なんだから」
二人は未だ目の前に置かれた通帳をじっと眺めている。そして徐に口を開いたのはフラムだ。
「ハツミ……気持ちはありがたいけど、私たちにこれは何の意味もない。これが何をするものかは理解している。『銀行』という場所に行って預けてあるお金を引き出すためのもの。だけど……私たちは銀行に行って預金を引き出す手段がない。それどころかこの館から自由に出ることもできない。そんな危険を日常的に冒すことはできない」
「そうです、私たちは他の巨人たちに見つかる訳にはいかないですから」
フラムとシェリーの言うことは尤もだ。まさか二人が通帳を持って行って預金を下すなんて出来るはずもない。だとすればこれは無用の長物で、ただ初美の自己満足ということになりそうだが、ここまで用意するあいつのことだ、これで終わりということはないだろう。きっちろ対応策を考えてきたはずだ。
「そう言われるだろうと思って対策は考えてあるわ。これを見てちょうだい」
「これは……なんですか?」
「何かの書類?」
初美が見せたものは二人には理解できないものだろう。だが俺は知っている。俺も以前この類の書類を書いたことがあるからな。だがこれなら二人でも貰ったお金を自由に使うことができる。初美にしてはなかなか良い考えだ。
「これはクレジットカードの申込書類よ。この通帳の口座を引き落とし先にしておけば買い物だって出来るんだから」
「でも私たちは外に出られませんし……」
「待ってシェリー……そうか、ハツミはそこまで私たちのことを考えてくれていた。これなら私たちでも買い物ができる。これなら『ネット通販』が利用できる」
「そう、クレジットカードならネット通販が使えるし、配達してくれるから買い物に出る必要もない。二人だってお買い物したいでしょ?」
「私が……お買い物……」
「ハツミ……ありがとう、これなら私も買い物ができる。これで勝つる。欲しかったアニメの限定DVDボックスだって手に入れられる」
「そうよ! でもフラムちゃん、限定DVDボックスだけは許可できないわ」
自分の趣味のものを買えると知って喜色を浮かべたフラムだったが、即座に初美からダメ出しが入った。一体何が駄目なんだ? 自分の労働の対価なんだから、好きなものに浸かってもいいだろう。そこまで制限する権利はいくら初美でもないはずだ。ここは兄としてきっちり言っておかないといけない。しかし……
「だってそれはもうアタシが購入予定だから! それも観賞用、保存用、配布用の3セット! もちろん配布用はフラムちゃん用だから!」
「ハツミ! 愛してる!」
「アタシもよ、フラムちゃん!」
初美の手にひしと抱きつくフラムと、その体を優しく包み込む初美。その様子を呆気にとられて見ている俺とシェリー。だがこれでシェリーも自分の好きなものを買い物することができる。フラムと一緒に通販サイトを見ながら買い物を楽しんでもらいたいものだ。
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