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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
困惑する研究者
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6.さ……ぎ……?

 突然泣き出したフラムに驚いて駆け寄ってみると、フラムはハツミさんから借りていたパソコンを壊しちゃったって言ってた。画面を見ると、私にはまだ読めない文字が並び、危険を訴えるような赤い色が目に付く。


「ぐす……お金払わないと……直らないって……」

「お金なんて……私たちには無理よ……」


 私たちはこの館から出られないので、当然だけどお金を使うこともない。必要なものはソウイチさんとハツミさんが用意してくれるから不便に感じたこともなかった。だからお金を持っていなくても不安になることはなかった。


「直さないと……ダメよね」

「こんな大事なものを壊したって知れたら……追い出されるかも……」

「そんなこと……」


 そんなことない、と言おうとしたけど言葉が続かなかった。このパソコンは知識の海につながる大事な魔道具、元の世界ではそんな魔道具があれば国宝級の扱いをされる。そんなものを壊したなんて知れたら……私たちはどうなるんだろう。


「何とかして私たちで直さないと……」

「でもどうやって直すの? 私はパソコンの使い方をまだ知らないのよ? 使い方はフラムのほうが詳しいし、そんなあなたが対処できないものをどうやって……ソウイチさんにい聞いてみる?」

「ダメ、ソウイチにも怒られる。婚約解消されるかもしれない」

「そ……そんな……」


 ソウイチさんなら何か対処法を知ってるかもしれないと思ったけど、こんな貴重なものを壊したと知れたらフラムの言う通り絶対に怒るはず。もしかしたら婚約を破棄されて追い出されてしまうかもしれない。


 でもお金なんて持ってないし、稼ぐ当てもない。そんな私たちにどんな手立てがあるというの? 元の世界なら冒険者ギルドに常に出されている薬草採取の依頼を請ければ少しくらいならお金を稼げるし、運よく緊急依頼が入れば纏まったお金が入るかもしれない。だけどここにはギルドなんてない。薬草の需要もなければ緊急依頼なんてものもない。


 緊急依頼があるとすれば、それはソウイチさんみたいな人に入ってくるものだと思う。となれば相手はあのイノシシのような巨大な獣。私たちだけで対処できる相手じゃない。フラムがいるから二人での合わせ技も出来なくはないけど、スズメバチのように炎が効きやすい相手とは限らない。イタチのような敏捷な獣が相手では魔法すら躱されることだってあるんだから。


 そうなると私たちがお金を稼ぐ方法なんてどこにもない。だけどフラムが壊したからといって私だけ知らん顔なんてできるはずもない。だって私たちはこの世界で二人っきりなんだから。


「もうすぐハツミさんたちが戻ってくるわ、お昼には戻るって言ってたから」

「……どうしよう……時間がない……」

「とりあえずソウイチさんに相談しましょう。何か方法を知ってるかもしれないし」

「うん……」


 落ち込むフラムを宥めながら、ソウイチさんに相談しようと館の中を探すけど、ソウイチさんの姿はどこにも見当たらない。午後からは畑には行かないって言ってたのに。


「ワンワン!」

「チャチャさん、ソウイチさんの居場所を知ってるの?」

「ワンッ!」


 チャチャさんは一声吠えると勢いよく外へと走り出した。元気に吠える声が館の裏手のほうに移動していくと、ソウイチさんの声が聞こえる。私たちは一人で外を出歩くことはできないので、チャチャさんの存在がとても心強い。


「どうした茶々? 何があった?」

「ワンッ! ワンワンっ!」


 チャチャさんの吠え方がいつもと違うように聞こえる。必死に訴えかけるような声にソウイチさんが敏感に反応する。吠え方の違いでその意味がわかるなんて、やっぱりソウイチさんとチャチャさんは深い絆で結ばれているんだと改めて思った。できることなら私たちもそんな関係になりたいな……って今はそれどころじゃない。


「どうした? またイタチでも出たか? って何でフラムが泣いてるんだ?」

「あの……実は……」


 チャチャさんの様子を見て私たちに何かが起こったのだと察したソウイチさんは泣いているフラムを見て状況を飲み込めていないようだった。でもフラムは泣いていて説明できる状態じゃなかったので、私が説明することにした。



**********



「……ということなんですよ」

「なるほど、大筋のところはわかった」


 私の説明を聞いた後、ずっと同じ画像を表示し続けているパソコンの画面を見て合点がいったような顔を見せるソウイチさん。でもその顔には焦りのようなものも、高価なものを壊したことを責めるようなものも感じられない。なんとなくだけど、この状況がいずれ来ることを事前に知っていたようにも見えるんだけど、私の気のせいなのかな。


「とりあえずLANケーブルは抜いておいて……後は初美に任せたほうがいいな」

「ハツミに怒られる……どうしよう、ソウイチ……」

「大丈夫だ、このくらいのことで怒るようなことはないさ」

「……本当? お金を払わないと駄目って……」

「私たちに払えるお金なんてありませんし……」


 私にはこの画面に表示されている文字がわからないので、いったいいくら払えばいいのかがわからない。でもフラムが途方にくれるほどだから、決して安いものじゃないんだと思う。それがハツミさんに払わせてしまうことがとても心苦しい。それが原因で怒られることがとても悲しい。ソウイチさんは大丈夫だって言ってくれてるけど……


「そこに書かれてることは信じなくていいぞ、それは詐欺だから」

「サギ……ですか?」

「ああ、だから金を払う必要はどこにもない。パソコンのほうも……ちょうど帰ってきたな、初美に任せておけば心配ない」


 ソウイチさんが庭のほうから聞こえる魔獣の咆哮のような音に耳を傾けながらそう言った。サギ……って何だろう。確かこの世界にいる鳥がそんな名前だったような……この世界の鳥はあんなことが出来るくらいに知能が高いのかな?


 そんなことを考えている私の耳にハツミさんのいつもの陽気な声が聞こえてきた。


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