5.凍結
昼食を食べた後、シェリーはチャチャを相手に剣の訓練をしている。チャチャが前足でシェリーに攻撃をしかけると、シェリーはそれを躱して剣を振るう。私が知るかつてのシェリーの剣筋よりもずっと鋭くなった剣はそれでもチャチャの前では意味をなさない。というよりシェリーもチャチャ相手じゃ全然本気になれていない。でも本人たちは嬉しそうだからいいか。
一方の私は再び知識の海へと向かい、私の知りたいことを調べている。主に魔法をさらに強力に、そして新たな魔法を生み出すために利用できるこの世界の概念を探すことだけど、調べれば調べるほど新たな情報が出てきて興味は尽きることがない。
特に私たちの身体ですら極小の、それも目では全く見えないくらい小さな物質の組み合わせにより構成されていると知った時は衝撃的だった。一体何がどうなって私たちの身体を構成しているのかはまだ到達出来ていないけど、それもいずれ調べるつもり。こんなに素晴らしい知識に簡単に触れることができるなんて、この世界は素晴らしい。
「……調べものはひとまず休憩。次は私の希望を……」
膨大な知識を眺めていると、頭の中が混乱してくる。元の世界ではたくさんの書物を紐解いて調べなければならないので、パソコンだけで調べられるこの環境では時間が経つのも忘れてしまう。ハツミからもあまり根詰めないように言われているので、時折こうして休憩をはさむようにしている。といっても休憩中もパソコンを使うんだけど。
「今日の動画は……ちょっとだけ冒険してみよう」
いつもならここでアニメや投稿動画を見るところだけれど、今日はちょっと違う。今回の休憩にもきちんと目的がある。大事な大事な目的が。
「……このバナーをクリックして……おお!」
画面を見ながらポインターを目的のバナーに合わせてクリックすると、画面いっぱいに表示される画像を見て思わず声をあげた。たぶんこんなのは元の世界でも存在しないだろう。この世界があらゆる面で先を行っていることの証だろう。
「おお……これは……なんという……」
思わず言葉が漏れるくらいに、衝撃的な画像だった。肌色の比率の異様に多いその画像には、一組の男女の巨人が一糸纏わぬ姿で抱き合っている姿がある。こんな素晴らしい、いや、けしからんものがこんなにも簡単に見られるなんて、改めて感動すら感じる。
高級娼館に行ってお金を払えば、裸を見せてくれたことはあったけど、行為そのものは絶対に見せてもらえなかった。どれだけこの世界の文化は懐が広いのだろうか。
私は決して遊びでこれを見ている訳じゃない。いつか魔法の研究が進み、ソウイチと私たちの身体を同じくらいにできた時、失敗しないようにするためだ。何を失敗しないようにするかなんて決まってる。愛情を確かめ合う大事な行為のことだ。
こんなことまで調べられると知ったら、元の世界の人たちはどう思うだろうか。特に貴族や王族のような跡継ぎを産むことを重要視される家柄の場合、失敗しないように経産婦をあてがってやり方を教えたりする。うまくいったかどうかを確認することもあると聞く。
でもこうして事前に調べられるのであれば、とても嬉しいだろう。何が悲しくて、最愛の男が他の女を抱くのを許容しなければならないのか。貴族のしきたりなのかもしれないけれど、私は嫌だ。絶対に嫌だ。
「え?……うそ?……こんなことまで?」
画像を次から次へと閲覧していくと、内容はどんどん過激になっていった。私の理解をはるかに超えた画像から目が離せない。世俗的な文化ではあるが、まさかここまで乖離があるとなれば、私もどうしたらいいのかわからない。
「……」
最早言葉を発する余裕もない。ただただ画像に見入っていた。そしてしばらく経った頃、異変が起こった。
「え? 何これ? 私何もしてない」
巨人の男女の画像が表示されていた画面に突然大きくウィンドウが表示される。そこにはいまいち文脈の不自然な文章が表示され、いくら閉じようとしても全く操作を受け付けなかった。
「あれ? 閉じない? え? 何?」
画面に表示された文章をよく読んでみると、こんな内容のことが書かれていた。
『このパソコンはウィルスに感染しました。以下の電話番号まで連絡の後、手数料をお支払いいただけばウィルスを除去します』
「ウィルス? 何それ?」
何が何だかわからない。パソコンを操作しようとしても、全く動かない。文章の表示された画面を閉じることができない。それどころか他の操作も一切受け付けない。
電話をしろと言われても、私には電話をする術がない。手数料を支払えと言われても、この世界のお金を持っていない。でもこのままじゃパソコンは動かない。知識の海に接続することができない。それよりもハツミに貸してもらったパソコンをこんなにしてしまって、合わせる顔が無い。
「どうしよう……ハツミに迷惑かけてしまう……」
ハツミは私たちに対してとても理解がある。服や道具、武器を用意してくれて、生活の場所まで提供してくれた。なのに私たちには何一つとして見返りを求めてこない。ハツミの服を着たりすることはあるけど、それだって私たちは嫌じゃない。むしろ様々なお洒落ができて嬉しいくらいだ。
「うう……どうしよう……怒られる……」
ハツミはとても優しくて、私たちに怒った顔を向けることはない。そんな彼女に迷惑をかけてしまうだろうことが胸を強く締め付ける。賢者なんて呼ばれていても、今の状況を打破することすらできない。そんな自分がとても情けない。情けなくて、でもどうづることもできなくて、涙がこみあげてくるのを止められない。
「うう……うえぇ……ぐす……」
「フラム! どうしたの!」
「ワンワン!」
シェリーが私の泣き声に気付いてチャチャと一緒に駆け寄ってくる。でも私の涙を止めることができない。シェリーでもチャチャでも対処できないような事態に陥ったことが悲しくてたまらない。でも、言わなければならない。だって私のせいなんだから。
「シェリー……ハツミのパソコン、壊しちゃった……」
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