4.ぬくもり
「ただいま、フラム。ちゃんと留守番できた?」
「シェリー、私を舐めないでほしい。私にとって留守番など寝ててもできる」
「チャチャさんもお疲れ様。フラムの面倒みてくれてありがとうございます」
「ワンワン!」
ソウイチさんと一緒に戻ると、玄関までフラムとチャチャさんが出迎えてくれた。
「不在者票か……宅配業者が来たらしいな。見つかったりしなかったか? 最近の運転手は再配達が嫌だから家の中を覗いたりするんだよな」
「中を見られたけど、人形のふりをしていたから大丈夫。ハツミの部屋には似たような人形がたくさんあるから平気だった」
「それならいいが……一度苦情を入れた方がいいかもな。どう考えても不審者だし、不法侵入になりかねない」
ソウイチさんはぶつぶつと独り言を言いながら台所へと入っていった。これから昼食の準備らしいけど、私たちには手伝いできないのがちょっと悔しい。身体の大きさが違いすぎるから当然なんだけど、それでもいつも頼りきりになっているのは心苦しい。ソウイチさんにそれを言うといつも『気にするな』って言ってくれるけどね。
「……で、フラムは何をしているの?」
「チャチャのお腹の感触を楽しんでる。今日は少し肌寒いからとても温かい」
「チャチャさん、すみません。フラムが迷惑かけて」
「ワンワン!」
「チャチャは平気だって言ってる。だからシェリーも堪能するといい」
「もう……」
フラムの言葉に合わせるようにチャチャさんが吠える。居間で寝そべるチャチャさんのお腹の部分の柔らかい毛に埋もれながら、フラムが満足気に目を閉じている。私も何度か寝かせてもらったことがあるけど、とてもふわふわで、とても温かくて、思わず居眠りしちゃいたくなる。フラムがこんな状態になるのも十分理解できる。
「チャチャは私たちにとっての神獣。こうしていれば私たちにチャチャの加護が得られる」
「そんなはずないでしょう……でも、ちょっとだけ……」
フラムの気持ちよさそうな顔を見ていると、私までその誘惑に負けそうになる。危険がいっぱいの元の世界ではこんな風に脱力できることなんて無かったから、この平和な場所でなら……少しだけならいいよね?
チャチャさんのお腹の毛に身体を預けると、柔らかな感触とチャチャさんの温もりがはっきりと感じられる。とても温かくて、とても力強くて、とても優しくて、思わず瞼が重くなる。少しだけ、少しだけだからと自分に言い聞かせながら感触を堪能しているうちに、私の意識は温もりに包まれて薄れていった。
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「おーい、そろそろ食事の時間……なんだ、寝てるのか」
そろそろ昼食が出来上がるので、居間に声をかけると誰一人として返事をしない。不思議に思って覗いてみると、寝そべる茶々の柔らかいお腹の毛に埋もれるようにしてシェリーとフラムが寝入っていた。茶々は起きてはいたが、二人を起こさないように配慮して返事をしなかったようで、相変わらずの賢さを見せてくれる。
「いいよ、茶々。そのままそのまま」
首をもたげてこちらの様子を伺う茶々だが、俺の言葉を聞いて再び横になる。シェリーとフラムは熟睡しているようで、全く起きてくる気配がない。茶々の毛に埋もれたまま、静かに寝息を立てている。思わずその可愛らしい寝顔に見入ってしまうが、ここで初美ならカメラを探して大騒ぎしているところだろう。
二人の寝顔を見ながら、自分に起こった変化を顧みる。シェリーが初めてこの家にやってきた時、実をいうとどうしていいかわからなかった。全くの未知の生命体に対してどう接していのかがわからず、とりあえず初美にヘルプを頼んだが、あいつはあいつでかなり振り切っているので参考にはならなかったが。
でも時間をかけて接していくうちに、身体のサイズは違うがそれ以外は俺たちとほぼ同じだということに気付いた。抱く感情も、その表現方法も、俺たちと何ら変わりはなかった。言葉が通じるということが最大の幸運だったと思う。もしこれで言葉も通じないとなれば、ここまで友好的な関係を築けたかどうか怪しいところだ。
最初こそお互いにぎこちない関係だったが、今ではあの頃を思い出すことすら難しい。色々と忘れられない出来事が多くて記憶が上書きされているのかもしれない。特にドラゴン退治とか。
仕方ないこととはいえ、ドラゴンを退治したことで二人が元の世界に帰る可能性がなくなった。文字通りその引き金を引いた俺には二人をきちんと面倒見る責任があるんだと思う。だが決して二人と婚約したのは責任からのものではないということを強く主張しておこう。この二人ともっと一緒にいたい、その想いがあったから婚約という形で自分の気持ちを表したのだから。
「うーん……もう食べられません……」
「……この監督は神、第二期を期待する……」
「どんな夢を見ているんだか……」
ふと聞こえた二人の寝言に思わず頬が緩む。こんな気持ちになったのは今まで生きてきて全く記憶にない。茶々と二人きりの頃には味わえなかった温もりのある心地よさを噛みしめながら、時間を忘れて二人の寝顔を眺めていた。
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