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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
困惑する研究者
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2.溢れる幸せ

「フラムを置いてきてよかったのか? 茶々がいるとはいえ、一人きりにして大丈夫か?」

「心配ありませんよ、フラムならきっとパソコンに夢中になってますから」

「ああ、初美のお下がりを貰ったんだったな。ということはやっぱりネット閲覧か?」

「ええ、知りたいことがすぐに調べられるのがとても気に入ったらしいです。私ももう少しニホンゴが堪能だったらいいんですけど……」

「それは暮らしていくうちに自然に覚えていくものだから安心しろ。シェリーだってもう平仮名と片仮名はマスターしただろ?」

「でもフラムみたいに漢字や外国語も覚えたいです」


 ソウイチさんの胸ポケットに入った状態でソウイチさんと言葉を交わす。フラムのことは出がけに起こしたからたぶん大丈夫だと思うけど、やっぱりソウイチさんも婚約者のことは気になるのかしら。そういう私も最近はソウイチさんの作業着の胸ポケットが定位置になってるけど。ここなら何かあってもすぐに中に隠れることが出来るし、何よりも距離が近いのがとても嬉しい。


 フラムはもうパソコンを自在に操れるくらいにはこの世界の言葉を使いこなせるようになってる。私はまだこの国の初歩的な言葉しかわからないけど、フラムと私では言葉を覚えるスピードが違いすぎるし、そこで焦っても仕方ないと思ってる。ソウイチさんも自分のペースで覚えればいいって言ってくれてるし。


「シェリー達は他の人達と関わり合う必要がないからそこまで急がなくてもいいさ。それでもって言うのなら、まずは読みを優先したほうがいいかもな。文字を書く機会はないと思うが、読む機会は多いはずだから」

「そうですね、テレビを見ていても漢字が読めなくて困ることがありますし」


 テレビを見ていて、中の人たちが話している言葉は聞き取れるけど、画面に描かれている言葉が読めないことがあるのはちょっと困る。平仮名や片仮名部分だけ読んでも意味がわからないし、かといって他の人に聞くのもちょっと恥ずかしいし……


「そんなときは遠慮なく聞いてくれ。誰もシェリーが漢字を読めないことを責めたりしないさ。言っただろ、少しずつ覚えていけばいいんだよ」

「……はい」


 ソウイチさんはそんな私でも無理に背伸びしなくてもいいと言ってくれている。私は私らしく、そう言ってくれてるのがわかってとても嬉しくなってくる。元の世界にいた頃はこんな優しい言葉をかけられたことは数えるほどしかなかったと思う。誰もが生きるのに精一杯で、特にエルフの私は迫害されたり狙われたりすることが多かったから、いつも気を抜くことが出来なかった。優しい言葉の裏側には常に何らかの思惑がつきまとい、古くからの知人の言葉以外は常に疑っていた。


 でも今は違う。ソウイチさんの言葉は私に対しての思いやりが感じられる。私が傷つかないように、苦しまないようにと言葉を選んでくれる。常に私のことを支えてくれていると実感させてくれる。正式に婚約者になったことで、今まで気負っていたところが無くなり、ソウイチさんの優しい心がより強く感じられるようになった。そしてハツミさんやタケシさん、チャチャさん、さらにはフラムの私に向ける優しさも感じ取れるようになった。


 たくさんの優しさが私の寂しさを温かく包み込んで溶かしてくれる。別の世界に来たという心細さで傷ついた心を癒してくれる。私がこんな優しい気持ちになれるなんて、元の世界では考えられなかった。本当は心の底から望んでいたことだけど、それを表立って望めば必ず心無い連中の食い物にされてしまうので、絶対に表に出すことができなかった。


 まさか私が婚約するなんて、それも違う世界でなんて、誰がそんなことを予想できるのかしら。そもそも私自身が予想できないことなのに。知り合いの冒険者が結婚して引退なんて話を聞くことがあって、実際に当人たちにも話を聞いたことがあるけど、とても幸せそうな笑顔をしていたのを憶えてる。一体何がそんなに幸せなんだろうと不思議に思ったものだけど、今ならその気持ちをはっきりと理解できる。何故なら私も気が付けば笑顔になっているのだから。


「でもまぁ……いつまでもフラムを一人きりにしておくわけにはいかないな。早く終わらせて帰ろう」

「そうですね……でも、ソウイチさんは私と二人きりは嫌なんですか?」

「あ……いや……嫌じゃないが……」

「うふふ……」


 フラムもソウイチさんの婚約者だし、そうなることは私も受け入れているんだけど、それでも二人きりになりたいと思うのは悪いことじゃないわよね。だってフラムが来る前まではソウイチさんとの時間は私が独占していたんだから。でもこういうことを言うのは意地悪だってことは私もわかってる。わかってはいるんだけど、やっぱりきちんと気持ちを言葉に表してほしいとも思っちゃう。


 こうしてちょっとだけ意地悪なことを言えるようになったのも、彼が婚約者になったことで私の心の支えになってくれたから。きちんと私の気持ちに向かい合ってくれた人がいてくれたから、こうして自分の気持ちを素直に出すことも出来るようになった。そして何より……ソウイチさんのちょっと困ったような顔がとても可愛らしくて私のお気に入りだから、こんなすぐ近くで見ることができるのがとても嬉しかったりする。だからソウイチさんには申し訳ないけど、時々意地悪なこと言うかもしれないから許してね。


 あとフラムにはこのことは絶対に内緒にしないとね。このソウイチさんの表情は私だけの密かな楽しみなんだから。

読んでいただいてありがとうございます。

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