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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
狡猾な襲撃者
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3.告白

「ちょっと待て、お前何言ってんだ?」

「だから仕事辞めてこっちに戻るって言ってんの。東京のマンションも引き払うから」

「シェリーのためにそこまでしなくても……」

「何言ってんの? シェリーちゃんのためならこのくらいどうってこと無いわよ。まあ後押しになったのは間違いないけどね」

「……何かあったのか?」

「ちょっと上司と反りが合わなくてね。後輩も育ってるし、独立もいいかなって思って。今までの取引先からも独立したほうがいいって助言受けてたし」

「……そうか」


 職場環境がどれほど大事かということはよく理解してる。特に人間関係となればかなり重要で、状況によっては職場で孤立しかねない。過去にそれで嫌な経験をした者として、そして兄としてそのことに気付いてやれなかったのは情けない。


「社長と付き合って、職場で彼氏面して仕事をこっちに丸投げしてくるのが嫌になっただけなんだけどさ」


 前言撤回。悪いがそれは俺の守備範囲外だ。もう十年以上彼女がいない俺が助言できることなんてないが、距離をおくことは大事だろう。近すぎて相手の良いところが見えない場合もあるし、もし本当に相手がどうしようもない奴なら即座に離れるべきだと思う。まだ若いんだし、いくらでもやり直しがきくはずだ。


「というわけで、一週間くらいはここにいいるからさ。その間に色々こっちの準備もしておくからお兄ちゃんのパソコン借りたいんだけど……大丈夫、エロ画像探したりしないからさ」

「ば、馬鹿野郎、何言ってんだ!」

「大丈夫、わかってるから。こんな田舎で一人暮らし、それがわかんないような子供じゃないから」


 そう言って初美は自分の持ってきた荷物を開け始めた。どうやら裁縫道具一式を取り出しているようだ。さらに各種生地にボタンなどの小物類、そしてデジカメ。


「さて、それじゃまずはシェリーちゃんの服よね。それずっと着てるんでしょ? 女の子なら着替えが無いと困るんじゃない?」

「は、はい……冒険者としての仕事中は荷物を減らすために下着を二枚くらいしか持ち歩きませんから……」

「でもここは冒険なんてないから安心していいわよ。というわけでお兄ちゃんは畑に行ってて、これからここは女の子だけの部屋になりまーす」

「ワン!」

「茶々もいいわよ、茶々だって女の子だもの」

「ワンワン!」


 知らない間に女性同盟が締結されたようだ。茶々も初美と一緒に俺を睨むが、畑に行く時間なのは間違いないので仕方なく居間を出るべく立ち上がる。初美と茶々がいれば何とかなるだろう。


「……わかったよ、これから畑に行くから腹が減ったら適当に食え。昼前には戻るから」

「あの……すみません……」

「気にすんな、初美も好きなことが出来て楽しそうだしな」

「でも……」

「それに俺がいたら迂闊に着替えも出来ないだろ?」

「……はい」


 シェリーがやや顔を赤らめて頷くのを見てから、水筒と手ぬぐいを準備して畑へと向かう。正直なところ、あのまま居間にいても所在なく座っていることしかできないとは考えていたので、初美が気を利かせてくれたのだろう。なのでここはそれに乗っておくことにする。居間から楽し気な声が聞こえてくるのを聞きながら、軽自動車へと乗り込んだ。




**********



「うーん、大体こんなもんかしら」


 シェリーちゃんの身体のサイズを確認しながら生地に大まかな線を描き込んでいく。本当なら型紙から作りたいけど、まずは当面のものを作らなくちゃいけないからね、型紙は後で起こせばいい。生地はとりあえず木綿を使うつもりだけど、落ち着いたらシルクとかで作ってもいいわね。


「すみませんハツミさん、ここまでしてもらって」

「いいのよ、気にしないで。アタシの好きでやってることなんだし」


 申し訳なさそうな顔をするシェリーちゃん。こんなかわいい子の服を作れるなんて幸せはお金を出したって手に入らないんだから気にしなくていいのに。


「……シェリーちゃんってさ、結構落ち着いてるよね?」

「はい?」

「だってさ、たった一人で全然知らない場所に来てさ、仲間なんていないのに……不安にならないの?」

「……」


 シェリーちゃんを見てて思ったことを聞いてみた。もしアタシが同じ立場だったとして、こんなに落ち着いていられるかどうかわかんない。ううん、絶対に取り乱してる。どうしてシェリーちゃんがこんなに冷静でいられるのかが分からない。シェリーちゃんはしばらく考え込んでから、ゆっくりと話し始めた。


「私も最初は混乱しました。でも……たぶん最初に会ったのがソウイチさんだったからだと思います」

「……お兄ちゃんが?」

「はい。言葉が通じたこともありますが……もし最初に敵意を持った者と遭遇していたら……きっとこんなに冷静じゃなかったんだと思います。物陰に隠れて、いつ捕まるかという恐怖に怯えていたと思います」

「……そっか、お兄ちゃんがいてくれて助かったってことか」

「チャチャさんも優しくしてくれましたし、これなら再び戻るチャンスが来るまで待てるかなって……」


 そうか……シェリーちゃんはいずれ帰るつもりなんだ。でもそんなことが出来るのかな?


「戻るって……そんなこと出来るの?」

「実はこういうことは古くから幾度か確認されているんです。その中に、消息を絶った人が戻ってきたという言い伝えもあります。それに……これでも私冒険者ですから、命の危険を感じたことは何度もあります。それを思えば今の状況は問題にもなりません。ハツミさんも優しいですし……」


 あーもう、可愛いなあ! もじもじしてる姿なんて思わず抱きしめたくなる。実際に抱き締めたら潰れちゃうからやらないけどさ。でもお兄ちゃんが最初に出会った人というのは幸運だったと思う。こんな田舎でご近所との交流も頻繁じゃないし、そもそもお兄ちゃんは東京で人間関係に傷つけられてこっちに帰ってきた人だ。孤独とか不安とかの苦しみはよく理解してる。だからシェリーちゃんの不安とか恐怖を無意識に感じ取ったんだと思う。アタシが最初に出会ってたら、こんな良好な関係作れるかどうかわからない。いきなり動画をネットにあげちゃうと思う。


 シェリーちゃん、この世界はあなたが思ってるほど優しくない。もしそういう人たちにあなたのことが知られたら、帰るどころか命だって危ういと思う。捕まったら研究材料として扱われるかもしれない。珍獣として一生鳥かごの中で過ごすことになるかもしれない。お兄ちゃんがアタシに協力してくれって言ってたのは、環境についてもそうだけど、同性としての存在が精神的安心感を与えることを想定してるのかもしれない。


「この布、とても手触りがいいです!」


 生地を触って嬉しそうにはしゃぐシェリーちゃんを見ながら、改めて心に決める。シェリーちゃん、あなたが帰るその日まで、絶対に護ってみせるからね。


 だから……作った衣装は出来るだけ着てね、画像は心のDドライブに永久保存するから。

読んでいただいてありがとうございます。

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