9.うれしいこと
ソウイチさんに思い切って告白したけど、結果は婚約という形になった。でもこれでも大きな成果よね、だって婚約ということはいずれその、け、結婚するんだから。この寝間着はとても恥ずかしいけど、役に立ったと考えていいよね。だってこれほとんど下着見えちゃってるし、こんなの元の世界の高級娼婦だって着てない。
でもソウイチさんは似合ってるって言ってくれたのがとても嬉しい。ハツミさんが言うには『勝負下着』というものらしいんだけど、私はソウイチさんと勝負なんてするつもりはないのに、この世界はまだわからないことがいっぱい。
でもどちらかというとフラムの寝間着のほうが可愛らしいと思う。何より私たちを守護してくれるチャチャさんを模したのがとても心強く見える。見た目はほぼ下着なんだけど……それもかなり布地が少ないけど……
「シェリー、これで私たちはソウイチの婚約者。これで将来は安泰」
「フラム、それはまだわからないんじゃ……」
フラムが嬉しそうに言うけど、正直なところ未来のことなんてわからない。わからないことだらけの世界でこれからどうしていくのか不安でいっぱいだけど、知らないうちに私の顔も綻んでくる。ソウイチさんが私たちを正式に伴侶として認めてくれたという喜びが隠せない。
「カルアがこのことを知ったら絶対悔しがる」
「駄目よ、そんなこと考えちゃ。カルアだって貴族としての立場があるんだから」
「そして顔を見たこともない相手と結婚させられる。そんなこと私には無理」
フラムの言葉に思い出すのはかつての仲間のこと。貴族の令嬢でありながら武者修行と称して冒険者をしていた私たちのパーティのリーダー。彼女は常々、自分はいずれ家に戻らなきゃいけなくなるって言ってた。それは家のために親の決めた相手に嫁ぐということで、貴族の子女としての彼女の責務であり、私たちの世界では当然のことと思われてる。
「カルアは家のために自分の幸せを諦めている」
「素敵な相手かもしれないわよ?」
「以前カルアが言ってた。お見合いの相手は自分よりもはるか年上の爺さんだったって。フロックスの中流貴族には相手を自由に選ぶ権利なんてない」
「そう……そうよね」
ソウイチさんのふかふかで柔らかい布団に身を預けながら、二人で昔のことを思い出す。ソウイチさんは私たちのための飲み物を準備してくれている。さっきまでは恥ずかしさで体が火照っていたせいか、まわりの温度なんて気づかなかったけど、落ち着いたら寒くなった。なのでソウイチさんの布団に包まって寒さ対策をしているんだけど、とてもふかふかで温かい。これはきっと布団のせいだけじゃないよね。
「ソウイチの匂い……安心する……」
「うん……とても安心する……」
チャチャさんの柔らかな毛に埋もれて眠るのも安心するけど、それとは違った安心感がある。今までの冒険者生活では一度として味わうことのなかった安心感は私たちの心を優しく包み込む。
「シェリー……これからどうする?」
「どうするって……どうしようか」
「夜伽……するの?」
「……ソウイチさんが望むなら……」
「まだ婚約したばかりだろ。そんなこと望むかよ」
フラムと二人で顔を真っ赤にしながら話していると、ソウイチさんが小さなトレイを持って戻ってきた。そこには大きなカップが一つと小さなカップが二つ、そしてお皿が一枚乗っている。
「そんな格好じゃ体が冷えるだろ。ホットミルク作ってきたから飲んで温まってから寝るといい。茶々の分もあるからこっちに来い」
「ワンワン!」
「いい香りです……」
「美味しそう……」
カップの中身は温めたミルク、ほんのり香るのはハチミツの香りかしら。ミルクの香りとハチミツの香りが混ざり合い、甘い香りが心を落ち着かせてくれる。
「ホットミルクは良い眠りをサポートしてくれるらしいからな。後はまぁ……そんな格好じゃ間違いなく風邪ひくだろうし」
「ソウイチはこういうの……嫌い?」
「嫌い……ではないな、うん。もちろんシェリーのもだ」
こんな露出の多い格好だけど、気に入ってもらえたと分かって顔が熱くなる。そして改めて自分の想いを受け止めてもらえたことに心が温かくなる。それはきっとフラムも一緒のはず、だってソウイチさんに頭を撫でられてしおらしくなってるフラムなんて今まで見た事ない。それよりも私も頭を撫でてほしい。
「フラムばかりずるいです、私の頭も撫でてください」
「お、おう、これでいいか?」
「うふふ……」
ソウイチさんの大きな指が私の頭に優しく触れる。決して滑々とはいえない指先だけど、私を傷つけまいとする気持ちが十分すぎるほど伝わってきて、嬉しさのあまり笑みが浮かぶ。いつもと違う状況にちょっと緊張したソウイチさんの姿がとても可愛らしくて、思わず含み笑いが出ちゃった。
ミルクを飲んだ後は、みんなで一緒に寝た。ソウイチさんの枕のとなりにフラムと並んで寝たんだけど、最初はみんなで色々話してたんだけど、ふかふかの布団の誘惑に負けたフラムが最初に寝息を立て始めた。
「なんだかんだ言ってもフラムも緊張してたんだろうな」
「そ、それは当然ですよ。私たちの一大決心だったんですから」
「そうか……なら俺もきちんと受け止めないといけないな」
「はい、これからも宜しくおねがいします」
「ああ、こちらこそな」
フラムが隣で寝ているけど、ソウイチさんと二人きりでのお話はとても嬉しい。それは今までと違って私たちの気持ちを理解してくれたとわかったから、今までよりも嬉しく感じるのかな。だって二人でお話することは今まで何度もあったけど、今見たいな気持ちにはならなかったから。
それからしばらくはとりとめのない話をした。小さいころの話とか、冒険者のころの話とか、嬉しかったこともだけど、それ以上に辛かったこともたくさん話した。ソウイチさんはそれを黙って聞いてくれて、最後にこう言ってくれた。
「ならここでの生活は嬉しいことでいっぱいにしないとな」
「……はい」
その言葉を聞いて、胸がいっぱいになった私は何とか返事をするので精一杯だった。そしてその嬉しい気持ちで満たされたまま、眠りに落ちていった。
読んでいただいてありがとうございます。




