2.銀級冒険者
「美味しいー! 美味しいです!」
「相変わらずお兄ちゃんの作るごはんは美味しいね。ほぼ家でとれたものだから新鮮だし」
「卵は昨日のだけどな」
いつもは一人分の料理しか並ばない座卓に三人分?の料理が並ぶ光景は新鮮さがある。これだけ喜んでもらえるというのは作り甲斐があるというもの。
「卵! この国は素晴らしい国なんですね、卵なんて簡単に食べられませんよ? 私もこんなに美味しい卵食べたことないです」
「卵なら普通に売ってるだろ? うちは鶏たちが産んでくれたやつだけどな」
「お兄ちゃん、シェリーちゃんのいた場所じゃ卵はきっと貴重品なのよ。養鶏なんて考え方もないだろうし」
あまりにもシェリーが驚くので理解に苦しんでいたが、初美が助け船を出してくれた。養鶏が無かったら……そりゃ卵も貴重品になるな。巣を探すことから始めなきゃならないし、鶏のようなサイズの卵を産むかどうかもわからないからな。
「ヨウケイ? 何ですか、それ?」
「卵や肉の為に鶏を育てることだよ。大きなところだと万の単位で飼育してる」
「ほえー、すごいですねぇ。私のところでそんなことしたら魔獣に襲われるか盗まれるかしますよ。ここは平和な国なんですね」
「平和……うーん、まぁ平和っていえば平和だな」
都会に出れば違うんだろうが、少なくともこの近辺は平和そのものだ。時折イタチが家禽を狙うこともあるが、うちは茶々のおかげで無事だしな。聞けば聞くほどシェリーのいた場所が心配になってくる。よくそんな場所で生き延びてこれたな。
「シェリーちゃん……そんな危険なところでよく生き延びてこれたわね……」
「私これでも冒険者ですよ? アキレア王国のギルドではそこそこ名の通った銀級冒険者ですからね」
「冒険者! ギルド! 本当にあるんだ!」
俺の心情を代弁する初美の言葉に反応するシェリーだが、シェリーの言った単語に大きく反応した初美は飯粒を噴き出さんばかりに声をあげる。実際に数粒飛んだが、茶々が黙々と片付けている。俺にはさっぱりわからないが、初美の琴線に触れる言葉だったらしい。
「ファンタジーのお約束のギルド! 冒険者! そして魔法! 夢にまで見たラノベの世界がここに!」
「あ、あの、ハツミさん?」
「ねーねー、アタシでも魔法って使えるのかな?」
「あ、それは無理だと思います」
「え……」
興奮していた初美だが、シェリーにあっさりと返されてがっくりと落ち込んでいる。そりゃそうだろ、魔法なんて使ったことない奴が使えるはずがないんだから。
「魔法というのは魔力を感じるところから始まるんです。今ハツミさんのまわりにも魔力はありますけど、それを感じ取れますか?」
「……わかんない。ていうか魔力あるの? ここに?」
「はい、それを感じ取れるかどうかは生まれつきのものです。この国の方々は元々魔力を感じ取れないのでしょう」
「そ、そんな……私の魔法少女の夢が……」
二十代半ばで少女はないだろ。魔法少女ってのがどんなものかはわからないけど、初美が少女の格好をしたところで怪しい風俗店だ、犯罪臭しかしない。あまりの落ち込みぶりにシェリーがおろおろしてるから、そろそろ現実に戻ってこい。
「ところでさ、シェリーちゃんって……やっぱりエルフ?」
「はい、そうですよ」
「エルフキターーーーーーー!」
「ひっ!」
「ワンワン!」
落ち込んだ状態からのハイテンションに驚くシェリー。それどころか茶々まで驚いて抗議の声を上げている。相変わらず感情の起伏の激しい奴だ、ただ昔より起伏の激しさが増したような気もするが。
「落ち着け初美、皆びっくりしてるだろ」
「これが落ち着いていられる訳ないでしょ? エルフなのよ、エルフ! 森の妖精エルフ! やっぱり野菜とかしか食べないの?」
「いえ……肉大好きですけど……」
「どうして! どうしてなの! やっぱりエルフはスレンダーで菜食主義じゃなきゃ……」
「どうした?」
突然黙り込むと、じっとシェリーを見ていた初美だったが、やがて自分とシェリーを何度も見比べて大きく肩を落とす。主に見ていたのはシェリーと自分の胸元。
「シェリーちゃんの裏切者! どうしてエルフなのにスレンダーじゃないのよ!」
「あの……ハツミさん?」
「あー、放っておけ。しばらく経てば復活するだろうから」
初美の胸元は起伏がない。たぶん小学生の頃から変化は無いはずだ。中学時代はそれほど気にしてなかったようだが、高校生になってからしきりに牛乳を飲んだりしていた。その効果が現れた様子はなかったが。
一方シェリーの胸元には起伏がある。身体のサイズが小さいので起伏も小さいが、俺たちと同じくらいの身体の大きさになったのならかなりのボリュームを持った起伏になることは間違いない。
「……いいわ、もうアタシのことは諦めた。アタシはこれからシェリーちゃんをどれだけ綺麗に着飾らせるかを目指すわ! そのためにも色々と知らなきゃいけないことがあるわ。色々とね……」
「は、はは……お手柔らかに……」
復活した初美が獲物を狙う獣のような目でシェリーを見るが、当のシェリーはそこに何らかの異様な雰囲気を感じ取ったらしく、若干顔を引きつらせている。まぁ俺としてはシェリーの生活面のサポートをしてもらえるのは有難いが、こいつもいずれ東京に戻らなきゃならないはず。その間にどれだけ準備出来るかだな。
「あ、そうだ。お兄ちゃん、アタシ会社辞めるから、アタシの部屋使うよ」
「自分の部屋だから好きにすれば……何だって?」
何気なく初美が放った一言は、決して軽々しく言っていい言葉じゃなかった。
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