2.フラムの決心
秋晴れの快晴の空の下、十分に堆肥と石灰が鋤き込まれた畑に俺たちは立っていた。護衛の茶々には周囲を警戒してもらい、シェリーとフラムには種の入った小さな袋を手渡す。
「後で間引くから、作った溝に撒いてくれ。終わったら土をかけるから」
「私が土魔法でやる」
「あまり上にかけすぎても発芽しないんだよ。だからそれは俺が調整しながらやるよ」
「むぅ……」
「ダメよフラム、農業についてはソウイチさんのほうが詳しいんだから。ここは種まきのお手伝いをしっかりやりましょう」
「……わかった」
これから蒔こうとしてるのは『正月菜』という葉野菜で、東海地方でよく栽培されている漬菜の一種で、コマツナの仲間だ。その名の通り、正月の雑煮に使われることが多いが、コマツナに比べると改良が進んでいないので色も緑色が薄く日持ちがしない。ただし食感が柔らかいので正月には一部地域で高値で取引される野菜だ。
実は冬の間のうちの畑の主力作物だったりする。大きな畑で大規模に作れるなら一般的なコマツナでもいいが、直売所での販売と中心に考えているのでこういう珍しい作物のほうが売れやすい。零細農家が生きていくにはこうした隙間を狙っていくしかない。ハウスで育てているイチゴもそのための試作ではあるが、こっちはまだまだ出荷できる量を確保できない。最近ではシェリーとフラムのために作ってるような感じだが。
「大きく育つといいわね」
「大丈夫、私たちが蒔く種だから」
「その自信はどこから来るのよ」
楽しそうに種を溝に蒔いていくシェリーとフラム。育苗の時のような点蒔きではなく、間引きを前提とした条蒔きに最初こそ戸惑っていたが、次第にコツを掴んだようで順調に作業は進んでいく。二人が種を蒔いた後から薄く土をかけるという作業を繰り返す。小さな二人の作業が終わるのを待ってからなので時間はかかるが、急がなきゃいけない理由もないので問題ない。こんないい天気の下、のんびり作業をするのもたまにはいいかもしれない。
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「今日は疲れた……」
「フラムは引き籠ってばかりだからよ、もう少し外で活動しないと」
「私は研究者、肉体労働は専門外」
「研究にはフィールドワークだってあるでしょ? それに元の世界に戻る方法が見つかればまた冒険者にならなきゃいけないんだし、冒険者じゃなくても自分の身は自分で護らなきゃいけないのよ」
「……それは困る」
ハツミさんと一緒にお風呂に入った後、自分の部屋で寛いでいるとフラムがやってきてベッドに身を預ける。最近はこうして一緒のベッドで寝ることも多くなった。最果ての森にいた頃はいつも一つのベッドを二人で使っていたから、少し懐かしく感じるけど、フラムもやっぱり人恋しいのかな。
やっぱりハツミさんの影響が大きいのかもしれない。ハツミさんはタケシさんと一緒にいられてとても嬉しそうで、幸せな雰囲気は私も羨ましく思えてくる。やっぱり女の子なんだし、好きな人と一緒になりたい気持ちはある。
元の世界では結婚なんて全然考えてなかったけど、この世界に来てそういう生活もいいなって思えるようになってきた。テレビでは毎日のように恋愛関係の番組が流れてて、演劇も恋愛を題材にしたものが多くて、そういうことに興味が湧くようになったのはこの世界にも慣れたっていうことなのかな。気になる相手は……まだ内緒だけど。
「私は元の世界に戻りたい気持ちもあるけど、戻りたくない気持ちもある。まだこちらの世界でたくさんの知識を得たいと思ってる」
「でも戻らなきゃいけないってなったらどうするの? 私たちにはこの世界に留まる理由が無いじゃない」
ふとフラムが言い出したことは私も思ってたことだった。この世界は厳しいけど、でもこの館の人たちはとても優しくて、とても温かくて、ずっとここにいたいと思ってしまう。迫害されたり狙われたりすることが多くていつも気を緩めることが出来なかった昔を思えば、ここでは周囲の危険を気にすることなくぐっすり眠れる。チャチャさんがいるおかげで、ソウイチさんとハツミさんが用意してくれたふかふかのベッドで心地よい眠りに身を任せていられる。
心地よい部屋、美味しい食事、綺麗な服、快適な暮らし、そのどれもが元の世界にはないものばかり。本当ならずっとこの世界にいたいけど、もしどうしても戻らなきゃいけなくなったら、私たちにここに戻るだけの強い理由がない。ソウイチさんは優しいから戻れるまでは家族でいようって言ってくれたけど、戻れる時になったらどうなっちゃうかはわからない。
「この世界に留まる理由があれば問題ない?」
「たぶんそうだと思うけど、でも私たちにここに留まる理由があるの? ハツミさんの人形作りのモデル? ゴキブリ討伐?」
「それだけじゃ理由としては弱い。私たちがここにいなきゃいけないと誰もが理解できるもっと大きな理由がいる」
フラムはそう言って黙り込んだ。誰もが理解できる大きな理由……私たちがここにいても不思議に思われない理由……元の世界の人たちにもはっきりと理解できる理由……そんなのあるのかな?
「何? 私の顔に何かついてるの?」
「いや、シェリーはどのくらいこの世界に留まりたいと思ってるのかなって」
「私は……」
「私は元の世界に頼れる者はいない。カルアやバドも仲間だけど、私のことを護ってくれるかどうかはわからない。里の人間に売られた私はもう帰る場所がない。だから……私はこの世界に留まりたい」
フラムの言葉を聞いて私は言葉が出なかった。確かにフラムには身寄りがなく、里の人たちに売られそうになったところを逃げ出して私のところに来た。そんな過去があるから、自分の身を守れるようにと必死になって魔法の勉強をした。おかげで賢者って呼ばれるほどになったけど、そんな彼女がここでは護られる側になった。優しい人たちが彼女を受け止めて、自分らしくあることを許してくれた。だからなのかもしれない、今のフラムは私と出会った頃のような弱弱しさはないけれど、自分の帰れる場所を探しているように、救いの手を求めているように見える。
「……決めた」
「え? 何を?」
「先にこの世界に来たシェリーには申し訳ないけど、私はもう決めた」
「だから何を?」
いきなりフラムが真剣な表情で言うけど、一体何を決めたというの? こんな真剣な表情は冒険者だった頃にも滅多に見たことが無いけど、彼女がそれくらいに強い決意を持つことって何なのかしら。そしてフラムは私の目をまっすぐに見ながら衝撃的な言葉を放ってきた。
「私はソウイチの嫁になる」
個人的な事情で今秋いっぱい投稿が難しい状況です。出来るだけ頑張ってみますがもしかすると数日更新が出来ない可能性がありますので申し訳ありませんがご了承ください。
読んでいただいてありがとうございます。




