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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
突然の婚約者
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1.桃色の食卓

新章スタートです。

「タケちゃん、ご飯粒ついてるよ」

「ああ、ありがとう、初美ちゃん」


 朝っぱらから食卓の一角が桃色の空間へと変わっている。我が妹ながらこの変貌っぷりは如何なものかと思うが、二人の関係を正式に認めた以上は我慢するしかないのか。もう少し自重しろと言いたいところだが、我が妹の幸せそうな顔を見るとそんなこともできなくなってしまう。シェリーたちのことでもかなり苦労をかけたし、そんな初美が幸せだというのならそこは祝ってやらなきゃいけない。


「ごちそうさまでした。今朝も美味かったです、お兄さん」

「ごちそうさま。タケちゃん、新作の構想があるんだけど、意見もらえる?」

「いいよ、俺の準備ができたら部屋に行くよ」


 仕事の話をしながら部屋を出て行く初美と武君の姿を食べながら見送ると、同じように食べながら見送っていたシェリーが頬を赤らめながらつぶやく。


「ハツミさん、とても幸せそうですね。嬉しさがにじみ出てます。ちょっと羨ましいですね」

「やっぱりシェリーもそう思うか?」

「もちろんですよ、好きな人と一緒に暮らせて、一緒に仕事が出来て、こんな嬉しいことありませんよ。冒険者なんて仕事はいつ命を落とすかわからない仕事ですし、引退しない限りは結婚も難しいですから。中には夫婦で冒険者をしてる人もいますけど、それは極稀なことです」

「私たちの世界では女が自分で結婚相手を決めることは難しい。家柄や一族のしがらみで決められた相手と結婚するのがほとんど、中には一度も会ったことのない相手や自分より二回り三回り年が上の相手と結婚する場合もある」

「大変なんだな……」


 まるで戦国時代の婚姻のように思える。日本でも未だに政略結婚というものが残っているところもあるようだが、シェリーたちの世界ではそれが普通なのだろう。領主やら貴族やらが力を持っている世界では如何にして有力者と血縁関係になるかで自分の家の隆盛が決まるのだから、それも仕方ないことか。子供は家のための道具でしかないというのは悲しいものがあるが、かつての日本でもそれが当たり前の時代があったのだから。


「私は既に家族も親類もいないから自由に相手を決められる。死にかけの爺さんの相手なんてしたくない」

「フラムは一度、貴族の第二夫人にならないかって言われたことがあるんです。でもそのお相手は床から起き上がれないくらいの高齢だったんですよ。未だにそのことを根に持ってて」

「あれは思い出したくない過去の一つ。結局その貴族の息子が私に子を産ませたいからと仕組んだ縁談だった。断って正解だった」

「普通は貴族の縁談を後ろ盾のない平民が断ることはできないんです。でもフラムは既に賢者としての名が通っていましたし、ギルドとしても結婚して引退されるのは都合が悪かったので、穏便に断ることが出来たんです」

「あまりしつこく言い寄るから焼き払ってやろうと思っていた」

「そんなこと言ってたら貴族のほとんどがいなくなっちゃうわね」


 確か以前言っていた。フラムのような魔族やシェリーのようなエルフは魔力の保有量が生まれつき非常に多く、さらに魔法を使う際の親和性が高いという。その特性を自分の一族に取り込みたい連中が狙ってくることも多いらしい。時には無理矢理連れ去って強引に関係を結ぶこともあるという。そういうケースでは子供が生まれると親は捨てられることが多いんだとか。


「望んだ子供が生まれればもう親は用済み、しかもそうやって攫われて子を産んだ母親は自分の故郷でも汚らわしいものとして扱われるのが常。だから私はずっと逃げてきた、シェリーと出会うまでずっと……」

「フラムは幼くして身寄りが無くなりました。そんな女の子を売ってしまおうと考える者は多いんです。フラムは運よく逃げ出すことが出来ましたけど……」

「そんなのは運がいいとは言わない。仲間のところで幸せに暮らすことが本当に運がいいことになるはずだろ」


 シェリーとフラムにとってはそれは受け入れるべき自分の世界の常識なのかもしれない。でも今この場においてその常識は間違ってる。少なくとも今の日本には嫌いな相手と我慢して結婚するというしきたりはない。政略結婚のようなもので結婚相手を選べないことも無い訳じゃないが、それはごく一部の特殊な世界の連中のやることであって、こんな田舎の農家に当てはまるものじゃない。


「この家ではそんなことさせない。もっと自由にしていいんだ。そのためなら何があっても護ってやる、なぁ茶々?」

「ワンワン!」

「ソウイチさん……チャチャさん……」

「……」


 シェリーとフラムが感極まっているが、ここで家族として暮らす以上、悲しむ顔なんて見たくないと思うのはおかしいことじゃないと思う。彼女たちがこの世界でどれだけ不安に苛まれているかを考えれば、少しくらい幸せになったところで問題はないはず、というか幸せにならなきゃいけない。


 かつて初美が言っていた『この世界のことを好きになってほしい』という言葉がそれを表している。この世界の入口である我が家で幸せを感じてもらわなければ、この世界を幸せに感じてもらうことなんてできないのだから。そのための新たな協力者も来てくれたことだし、多少のことなら対処できるはずだ。


「私たちの……自由……」

「自由……好きなように生きる権利……」

「ああ、自分のやりたいことを見つけて生きる権利はシェリーとフラムにだってある。この家で暮らす家族なんだから」

「私たちにも見つけられるでしょうか?」

「私たちはこの世界の住人じゃない、それでも?」

「ああ、もちろんだよ。そのためにはいくらでも協力する」

「……ありがとうございます……ソウイチさん」

「ソウイチ……感謝する……」

「しんみりした空気はここまでにしよう、今日は天気もいいから冬物の葉野菜の種を播くけど、一緒に行くか?」

「はい! お手伝いします!」

「私にかかれば種まきも楽勝」

「そうだな、期待してるよ」


 先日の動画事件で二人は出来るだけ室内に籠っているように言っておいた。二人とも大人しく従ってくれたが、窓の外を眺めてる姿から、かなりストレスをためていたのも確かだ。俺にはこの程度のことしかできないが、少しでも気分転換になってくれるのであればいつでも連れ出すことはできる。冬になればそう簡単に外出は出来ないだろうし、今のうちに外を満喫してもらおう。

読んでいただいてありがとうございます。

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