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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
幕間11 
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タケちゃんの思い

閑話です。

 秋の気配も深まり紅葉も多くみられるようになった山の木々の間を軽快なリズムで走り抜けるトレーニングウェア姿の男。はちきれんばかりの筋肉はウェアの上からでもはっきりと視認でき、丸坊主頭と相まって一般人が近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、今ここに彼の姿を忌避するような人間はいない。そもそも近辺に人の生活の気配すらない。


「ワンワン!」

「え? そっち? うん、わかった」


 男の先を走り、時折振り向いて道案内をするのはオレンジ色のしなやかな獣毛を揺らしながら走るポメラニアン。しかしその大きさは一般的に知られているポメラニアンに比べればはるかに大きいのだが。そのポメラニアンは周囲を警戒しながらも、男がついてこれるスピードを見極めながら走っている。日課の走り込みをしたいと言い出した竹松のためにと、道案内と護衛がわりにと宗一が茶々をつけてくれたのだ。


 舗装された道から外れ、踏み固められた土の林道へと足を踏み入れれば、近くに沢があるせいか、頬を撫でる風はひんやりと冷たく感じる。都会の排気ガスと喧騒から解き放たれたような解放感は年甲斐もなく心を高揚させる。まるで子供の頃の冒険心が蘇ってきたかのようだった。


「茶々ちゃん、少し休憩していいかな」

「ワン!」


 竹松は先導する茶々に一言声をかけて路傍の大きめの石に腰を下ろす。顔からは大量の汗が流れ、全身からは湯気が立ち昇るほどだが、決して悪い気分ではない。東京の雑多な街並みを走るのがルーチンワークだったが、全く変わり映えのしない光景は半ば苦痛になりつつあった。だがここの景色は一つとして同じものはない。季節によって風景は変わり、それこそ明日になればまた今日と違う風景へと変貌を見せる。竹松とて東京出身ではないが、ここまで田舎に来たことなどツーリングで時折立ち寄る程度でしかなかった。しかしバイクから見る流れる風景と、実際に自分の足で走って体感する風景では全く別物だと実感した。


「ワンワン!」

「ん? これ食べられるのか?」


 休憩する竹松を催促するかのように吠える茶々。それに従いついていけば、淡い紫色の果実がぶら下がっている。その一つを手に取れば、甘い香りが漂ってくる。元々甘党の竹松にとっては抗いがたい誘惑であるが、流石に都会暮らしも長く、地方出身とはいえ田舎出身ではない彼にはすぐに手を付ける勇気が出ない。


「ワンワン!」

「わかったよ、食べるよ……」


 躊躇う竹松をさらに催促するように吠える茶々に負け、渋々割って中身を一口食べた竹松は言葉を失った。スイーツのような作られた濃密な甘みではないが、爽やかな自然の甘味が疲労した身体に優しく染み込んでゆく。大自然の力により生み出された天然の甘味は、この山に生きる動物たちに優しい恵みとなっているということを実感し、さらには人間もその動物の一種類でしかないということも再認識した。


「ワンワン!」

「茶々ちゃんも食べるかい?」

「ワンッ!」


 食べかけを渡せば種などお構いなしに食べ始める茶々。本来は動物好きなのだろう、竹松はそんな様子を微笑みながら眺めていた。ようやく一息ついた彼はここ最近自分が遭遇した事態を改めて思い返す。


 きっかけは好きな女の異変を感じて駆けつけたことから始まった。よく言えば緑の豊富な場所、悪く言えば何もないド田舎に帰った彼女のところにいたのは小さな小さな女の子たち。妖精や小人という伝承がそのまま形になったかのような存在に、初美がどうして取り乱したのかを瞬時に理解した。


 世界中のどこを探してもこんな小さな種族はいない。体が小さいと言われている種族はいるが、それでも子供より少し大きいくらいの大きさだ。掌に乗るくらいに小さい種族なんて発見されたことがない。


 しかも魔法というおとぎ話の世界のものを見た時に確信した。この存在は何としても秘匿しなければならない、と。古来から呪術や占術、ひいては黒魔術のようなものなど魔術に関するものは数多く残されているが、超常を引き起こす程のものを見た経験はない。だが何もないところに火が、水が、氷が生まれ、身体についた軽微な傷が瞬く間に治っていく様を見せられた時は何度も自分の目を疑ったものだ。しかしそれが現実のものだとわかれば彼女たちの存在の危うさがより強く感じる。


 彼女たちの存在を明らかにすれば、技術の革新は留まるところを知らないだろう。化石燃料や原子力のような環境に影響を及ぼすエネルギーではなく、環境に優しいエネルギー。そして医学に飛躍的な進歩を促すであろう治癒魔法の存在。この世界のことを考えれば公表すべきであるが、そうなれば彼女たちには自由などなくなる。それどころか捕らわれて実験動物のような扱い、もし死んだとしてもその死体すら使い回される。


 さらにその影響は初美たちにも及ぶだろう。好きな女がそんな目に遭うのを誰が望んでいるだろうか、当然ながら竹松もその気持ちが強く、そのために彼女たちを護る決心をしたのだ。何より自分の作った武器を心の底から喜んでくれたあの笑顔を穢すような真似は製作者として絶対にあってはならないという気持ちが強かった。


 初美も宗一も彼女たちを護ろうとしている。ならば自分もその力になりたい、その気持ちが彼を動かした。もちろんそこには初美に対して格好いいところを見せたかったという一面もあったが。


「ん? これはキノコ? おお、こんなにたくさん!」


 ふと目を落とせば足元にたくさんのキノコがあった。キノコが自生しているところなど見たことの無い竹松は、これを持ち帰れば皆が喜ぶだろうと思った竹松は興奮のあまり時間も忘れてキノコを集めるのだった。



**********



「あ、こんなところにいた。何してるの、タケちゃん」

「え? 初美ちゃん? どうしてこんなところに? 結構走ったと思うんだけど」

「何言ってんの? この辺りはアタシの遊び場だったんだから、どこをどう通れば早いか全部わかってんの」


 かなりの距離を走ったはずの竹松だったが、初美は林道ではなく藪の中から現れたことに驚きを隠せなかった。まさか鍛えた自分よりも過酷なルートを使い、それでも息を切らしていない初美が現れたのだから無理はない。しかし高校時代までこの地で育った初美にとっては大袈裟なことではなく、東京暮らしで鈍った身体もここ数ヶ月の田舎暮らしによりかつての体力を取り戻していた。そもそも高校までの野生児のような生活で培った体力があったからこそ、完全にブラックだった会社でも仕事を続けるタフネスさを見せていたのだから。


「ほら初美ちゃん、キノコキノコ」


 嬉しそうに収穫したキノコを見せる竹松だが、それを見た初美はこめかみを押さえて小さく首を振る。呆れ半分といった表情に困惑を隠せない竹松だったが、そんな姿を見た初美は表情を和らげた。


「タケちゃんは素人だから仕方ないけど、それ全部毒キノコだから。特にその赤いヤツは食べたら死んじゃうやつだから」

「え? 綺麗だなって思って……でもほら、こっちのは地味だし無毒じゃないの?」

「派手が有毒、地味が無毒は迷信だからね。アタシんちは貧乏だったから山のキノコは大事なおかずだったのよ。だからこの山のキノコの種類は大体頭に入ってるの。アタシでもわからないヤツはパスするけどね。ほらこれが食べられるやつ。野生のナメコだから美味しいよ」


 一生懸命探しまわった竹松に対して、いとも簡単に天然のナメコを見つけた初美。キノコは種類によって生える場所が限られてくるので、初美にとってはそこを重点的に見ているだけなのだが、そんなことを知らない竹松は尊敬半分、自分の不甲斐なさ半分の表情で初美の姿を見ていた。


「……タケちゃんはこういう場所で暮らした経験がないから仕方ないよ、元気出して」

「初美ちゃん……」

「そのかわりアタシの知らないこと沢山知ってるじゃない。今回もそのおかげで助かったんだし。それにさ、タケちゃんの気持ちはちゃんとわかってるから。だから……浩二みたいな男に引っかかった馬鹿な女だけど、それでも好きになってくれる?」

「もちろんだよ! ずっと好きだったんだから!」

「……ありがとう。家にはお兄ちゃんもシェリーちゃんたちもいるから、あからさまにイチャイチャすることはできないけどさ……こういう場所ならいいでしょ。ほら行こ、これでお兄ちゃんに何か作ってもらおう」

「うん!」


 初美が手を差し出し、それを握りしめる竹松。怖い外見とは裏腹にとても内気で女性に奥手な竹松の姿を優しい表情で見守る初美。山の中の獣道のような道を二人で仲良く手を繋いで歩く姿を、後ろから歩く茶々がとても嬉しそうに尻尾を振りながら見つめていた。

初美はもう田舎育ちの勘を取り戻しています。


次話から新章です。


読んでいただいてありがとうございます。

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