10.新たな同居人
会話多めです。
「と言う訳で、今回の件は終息していくでしょう」
「PR動画の閲覧数も伸びてるし、コメントでもあの動画がプロトタイプだって方向になってるから大丈夫でしょ」
竹松君が帰ってから一週間後、再び竹松君は我が家にやってきた。バイクに積んである荷物がちょっと大きいのが気になるところだが、まずは一連の報告を聞いてからでもいいだろう。
「あいつは実家に連れていかれました。あいつの姉が引き取りに来て、そのまま強制連行です」
「あー、あのお姉さんたちね。あの二人じゃ浩二もどうしようもないわね」
「知ってるのか、初美?」
「うん、アタシの出品したフィギュアをいつも買ってくれるお得意様だし、一度即売会で会ったこともあるよ。いつも浩二は尻に敷かれてたから簡単には戻ってこれないでしょ。元々浩二の家は代々続く名家だし、きっと跡を継ぐためにお見合いとかさせられるだろうね」
「ああ、初美ちゃんに迷惑かけたことをすごく怒ってたから、もう東京に出てくることは難しいだろうな。元々東京で成功できなきゃ実家に帰るって約束で上京したんだし、仕方ないさ。それが嫌ならもっと社長業に専念して会社を潰さなけりゃ良かったんだからな」
「それもそうね」
竹松君の話によれば、動画投稿サイトの運営も今回の動画が盗難にあったものであり、権利が絡む社外秘扱いのものだというこちらの主張を全面的に認めたので、複製されたものも含めて見つけ次第削除してくれるとのこと。そして張本人である浩二という奴はかなり精神的にも肉体的にもダメージを受けた状態で怖いお姉さんたちによって実家に連れ戻されたそうだ。
竹松君と初美に共通認識ではもう戻ってくることは難しいということなので、竹松君の言う通り事態は終息して、しばらくすれば話題にも上らなくなるだろうとのこと。これでシェリーたちのことが大きく広まることは防げたが、問題はまだ残ってる。俺の視線に気づいたのか、竹松君が俺の方に向き直って姿勢を正す。こういったところは彼が常識人であることを再認識させてくれる。
「お兄さん、お話があるんですが……俺をここに住まわせてもらえませんか?」
「アタシからもお願い、お兄ちゃん。タケちゃんはシェリーちゃんやフラムちゃんに対しての理解もあるし、色々な知識も経験もあるから助けになってくれると思う」
「二人の武器の手入れもありますし、それに秘密を知ってる人間がそばにいるほうが精神的に安心すると思います」
「確かにそうだが……仕事はどうするんだ?」
俺としては竹松君の人となりはここ数日である程度理解したつもりだ。シェリーとフラムの存在を知った時はさすがに驚いた表情を見せていたが、初美と同様に彼女たちの持つ危うさを理解してくれている。何より初美が彼を信頼していることが大きい。そしてうちの最強の番犬である茶々が彼に対して敵意を見せていないということもある。今も彼のそばでしきりに匂いを嗅いでいるが、吠えたり噛んだりするようなこともない。
「仕事についてなんだけどさ、あの使ってない納屋をタケちゃんの作業場にしたいんだけど……」
「今までは鍛冶関連の作業は近所の工場に出向いてたんです。事務所はほとんど倉庫みたいな扱いでしたし、拠点を別にしても問題ないと思いまして……ネットの環境も整っているようですし」
「ね、お願い。設備の設置とかはアタシたちでやるから……」
「……そういう訳にもいかないだろ? 鍛冶やるなら冷却や研ぎに水場もいるだろうし、裏山の湧き水を引いといてやるよ」
「お兄ちゃん、それじゃ……」
「ああ、今回のことじゃ世話になりっぱなしだしな。このくらいのことは構わないよ。お前がいいって言うなら俺は構わない」
「アタシは……まぁあれだけど……ありがとね」
「すみません、お世話になります」
こんな田舎に来たいなんて奇特なヤツはそういないし、彼なら初美の手助けはもちろんのこと、シェリー達のことも助けになってくれると思う。問題は本人たちの意向だけだが……
「私も構いませんよ、むしろこんな腕のいい職人さんが来てくれたらとても心強いです。よろしくお願いしますね、タケシさん」
「タケシの知る技術はとても興味深い。新たな知識を得る機会を失うことはできない」
「ワンワン!」
茶々も含めて異論は無いようだ。食費については今更一人くらい増えたところでどうってことはない。むしろ俺がいない間の我が家を護ってくれる男手が増えることは喜ばしいことだ。そして男っ気の無かった我が妹の貰い手になってくれるかもしれない男を兄として逃がすことはできないからな。
こうして我が家にとても心強い協力者が増えることになった。彼の見た目なら不審者も逃げ出すことだろう。
**********
「これはどこに運べばいい?」
「すみません、手伝ってもらって。そっちの壁際にお願いします」
「湧き水は引いておいたが、これで大丈夫か? 一応飲み水にも出来る水だ」
「はい、ありがとうございます。十分すぎるほどですよ」
簡易的な流し場を作って裏山から引いた湧き水を常に流れるようにしてある。とはいえ流量は多くないので水ガメに溜める形だが。溢れた水は溝を作って道路の側溝へと流れるようにした。これなら常に綺麗な水を飲むことができる。
竹松君は俺が許可を出すとすぐに荷物を運び込んできた。様々な道具類や材料類がほとんどで、パソコンの類はどうするかと思っていたら初美の部屋からケーブルを伸ばすとのことだ。ちなみに納屋に寝泊まりさせる訳にもいかないので、客用に空けておいた部屋を使ってもらうことにした。隣の部屋にしたのは……まぁ若い二人に配慮してのことが大きいが。
「とりあえずこれで何とか終わりました。これからよろしくお願いします、お兄さん」
「ああ、こちらこそよろしく」
「タケちゃん、サーバーどうする? アタシのと共有する?」
「ちょっとすいません。ああ、初美ちゃんのサーバーだけだと負担が大きすぎるから俺のをメインにしよう。初美ちゃんのはセキュリティ用のダミーにしようかと思う」
「それじゃ構成を考え直さなきゃね」
一通り荷物を運びこみ終わると、初美が武君に声をかける。話の内容だとパソコン関連の話らしいが、さすがにサーバーまで絡む話だと俺にも理解が追いつかない。サラリーマン時代は自分で使っていたパソコンの設定くらいはやっていたが、システム構築となれば話は別だ。
「ソウイチさん、ハツミさんとタケシさんは一体何の話をしてるんですか? 私には内容が全く分からないんですけど……」
「心配するな、俺もわからない。パソコン関連の話だということはわかるが、高度すぎてな」
「パソコン関連……ということは知識の海へのアクセスに関わること?」
「そうだな、フラムの大好きなインターネット関連の話もあるだろうな」
「やはりタケシは頼りになる。早々にハツミと一緒になるべき。そうなればもっと私の知識が深まる」
「ソウイチさんも認めてるんですよね、二人のことは」
「まあな」
専門的な会話を続ける初美と武君の姿を遠巻きに見つめる俺たち。シェリーとフラムもまた武君の初美への気持ちを理解しているようだ。初美も満更でもないようで、このままいってくれればいいと思う。両親に初美の花嫁姿を見せられなかったのが悔やむところだが、こればかりはどうすることもできないので仕方ないと諦めよう。俺のことは……まぁこんな田舎の農家に嫁いでくれる奇特な女性がいれば考えもするが。
「……ソウイチさんはそういう相手はいないんですか?」
「ソウイチはこの館の主人、縁談はいくらでもあるはず」
「そううまくいかないのがこの世界なんだよ」
不思議そうな顔をする二人だが、はるか昔なら土地持ちの家主への縁談なんて掃いて捨てるほど来るんだろうが、生憎今は結婚相手も自由に選択できる時代だ。畑仕事に理解のない女性ではまず合わないと思うし、盆と正月くらいしか休みもないような生活スタイルを強要することもできないだろう。それが元で不和になるなんて馬鹿馬鹿しい。
とにかく今は大事な妹の幸せへの第一歩を喜ぶとしよう。きっとこれから二人とも忙しくなるはずだから。
これでこの章は終わりです。閑話を数話挟むかもしれません。
読んでいただいてありがとうございます。




