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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
陰湿な妄執者
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8.追い詰められる男

『この動画は削除されました』

『このアカウントは使用できません』


「くそ! どうしてこんなことになってるんだよ!」


 ネットカフェのブースで一人言葉を吐き捨てる新村。自分の予想では既に動画は拡散し、さらにそれが一流のクリエイターの目に留まり、そしてその動画の作成者と閃絡を取るべく自分のアカウントに何らかのアクションが起こされるはずだった。


 しかし状況に変化はなく、あった変化といえばアクセスした動画サイトくらいのもの。動画は削除され、それを不思議に思いつつも再投稿しようとしたところ、アカウントの凍結により不可能だった。


「まさか初美ちゃんが? いや、いくら初美ちゃんでもそこまで迅速な動きができるはずもないし……」


 新村の知る限り、初美はクリエイターとしての能力は高いが、それ以外のことは苦手だった。それは普段の生活然り、男女関係も然りだ。だからこそ新村などという男の性根も見抜けずに付き合った過去があるのだが。


 その点で言えば新村は初美のことを深く理解していたのだろう。実際に初美だけではこんな迅速な対処を出来なかったのだから。そして初美が動画を隠していたことから、この件で誰かに助けを乞う可能性が低いということもまた読まれていた。


 では一体誰が?

 初美の協力者として考えられるのはかつての社員たちだが、果たして新しい職場に移ったばかりの元社員たちがそこまでの対応ができるとは思えない。新村が考えを巡らせていると、スマートフォンにメールの着信があった。それも三件。


「一つは初美ちゃん、そしてこれは誰だ? あとはタケちゃんか……」


 久方ぶりの初美からのメールに、ようやく初美が自分のもとに帰ってきてくれると独りよがりな考えを抱きながらメールを開き、そして絶句した。そこには恋人関係に戻るような甘い言葉などどこにもなく、無味簡潔な冷たい言葉の羅列があったからだ。


「え? 訴訟? あとは弁護士が? え? なんで?」


 初美からのメールには、今回の動画は初美が独立のために準備していた新シリーズのフィギュアのためのプロモーション動画のプロトタイプで、それを勝手に持ち出したことは窃盗罪にあたること、そしてそれを無断使用したことによる賠償責任についても考えがあるといった内容だった。


 そして二通目の初めて見る送付人は初美から依頼を受けたという弁護士からのもので、内容は初美のメールとほぼ同じ、かろうじて違うのは、訴訟のために今後一切の連絡は自分宛てになり、初美に直接連絡をとってはならない旨が記してあった。


 そこまできてようやく今回の迅速な動きが三通目のメールの差出人である竹松の協力によるものだと理解した。竹松は早くから独立して様々な小道具類を作っており、一部のマニアに有名な男だった。そのせいか自分の名を騙る粗悪なコピー品と戦うことも多く、何度も訴訟に持ち込んで勝利している。


 恐る恐るメールを開くと、そこにはとても簡潔な一文があるだけだった。


『○月×日に俺の事務所に来い』


 余計な言葉のない文章に彼の怒りの度合いを知り、新村は腰を抜かしそうになった。竹松は見た目に反して非常に温厚な人間だが、怒った時には外見以上の凶悪さを見せる。かつていくつもの格闘技を学び、現在も体を鍛え続けている彼の強さは並大抵のものではない。それを知ってか、彼の事務所近辺のガラの悪い連中はその姿を見ると率先して道を開けるという。


 事務所に来い、ということはすなわち一対一での話し合いということだろう。事務所とは銘打っているが、実際は竹松の作業場であり、小道具の仕上げや在庫を置いているだけであり、事務員などいない。注文受けから発送まで全部自分でやっている姿は外見からは想像もできないところではあるが。


 だが作業場といえば危険な道具だらけである。そんな場所に一人で向かうなど自殺行為でしかない。しかし簡潔な一文だからこそ、これに従わなければどうなるかが容易に想像できてしまう。初美が彼に助力を願った時点で、彼の怒りは限界値を軽く超えてしまったのだから。


 新村は竹松が初美に好意を持っていることは知っている。別れた時も相当怒られたが、今回はそんな初美を利用しようとしたのだ、怒りが突き抜けてしまっても当然なのだが。しかし新村に拒否することはできなかった。拒否すれば間違いなく刑事訴訟という手を打ってくるはずであり、これは示談に応じるチャンスでもあったからだ。


「……」


 竹松の指定した期日までまだ一週間あったが、その間新村は全く眠れない日々を過ごしたのだった。



**********



「ねぇ、本当にアタシ行かなくていいの?」

「大丈夫だよ、面倒なことはこっちに任せて。浩二のこともうまく収めるからさ」

「……わかった。頑張ってね」


 なんとなくいい雰囲気になっている自分の妹を見るのは少々恥ずかしくなってくる。しかし今回は竹松君には大変世話になったし、見た目はともかく人間的には問題ないので兄としては応援したいところだ。


 だが彼から作ってほしいと頼まれたものの内容を知った時には正直耳を疑ったが。


「竹松君、本当にそれでいいのか? ものすごく心配なんだが……」

「ええ、これで大丈夫です。浩二はたぶん二度と東京には来れないでしょうけど、その前に少しでもこちらの鬱憤を晴らしたいですし」

「それならいいんだが……くれぐれも『赤い』やつだからな」

「ええ、わかってますよ」


 頼まれていたものを渡すと、彼は満足げに頷いた。これをどうするのかは想像つくが、果たして本当に警察沙汰にならないのか? ただ俺たちは彼が浩二とかいう奴と会う場に立ち会うことができないので、すべてを委ねるしかないのだが。


「任せてください、穏便に済ませて見せますから。それから……これが終わったらお兄さんに相談したいことがあるんですが……」

「……終わったら、な」

「ありがとうございます!」


 突如真剣な表情で言う竹松君。この相談っていうのは……絶対にアレだよな。お義父さん、お嬢さんをください的なやつだよな。うちの場合はお義兄さん、妹さんをくださいになるのか。確かに竹松君はいい奴だが、果たして初美がどう思っているのかが問題だ。


 俺自身は初美が良ければいいと思う。誠実そうだし、頭も切れる。見た目は……慣れれば平気なはずだ。でもいきなり認めるのは負けたような気がするので、一回目は拒否してみたい気になるのはどうしてだろう。


 もしシェリーとフラムをくださいという話なら、即座に追い出すつもりだが。

読んでいただいてありがとうございます。

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