7.反撃の狼煙
「まずはこの動画だけど、普通に削除依頼をかけても反映されるまでに時間がかかる。その間に拡散されるのは避けたい。そのための方法はいくつかあるけど、確実な方法を選びたいと思う。それには初美ちゃんにも協力してもらうことが多くなるけど、大丈夫だよね?」
「うん、アタシにできることなら何でもするよ!」
竹松君はこの状況を収束させる方法を既にいくつか考えついてるらしい。見かけは危険極まりない人物のようだが、頭の切れ方は相当なものだ。俺たちが半ばパニックになりかけていた状況をこんな短時間で冷静に分析しているのだから。
「まず、一番迅速に動くのは犯罪行為の動画。こういうことに関してはかなり鋭敏に反応する。その次に来るのは権利の絡んだもの、映画やアニメ、テレビ番組の違法動画なんかもすぐに削除される。今回はこれを利用したいと思うんだ。つまりあの動画は初美ちゃんが仕事用として作った動画だということにするんだよ」
「でもアタシあんな技術力ないよ?」
「そこはお兄さんのスマートフォンのカメラの性能が低いことと撮影技術が高くないことが幸いした。あの動画を加工して、いかにもCGっぽく見せるくらいなら俺でもできる」
そう言いながら竹松君は初美の部屋に向かうと、パソコンで何やら確かめ始めた。どうやらアプリケーションが入っているか確認してるようだが。部屋の隅では初美が脱ぎ散らかした服をまとめて押し入れに放り込んでいる。
「この画像ソフトなら対処できると思う。お兄さん、すみませんがその画像をこのパソコンに送ってもらえますか?」
竹松君の指示に従い動画を添付したメールを送ると、早速そのデータを開いて作業を始めた。ピントもややぼけていて、画質も低い動画が再生される。
「若干背景から浮いたような感じで……下手なCGアニメみたいなイメージで……」
お世辞にもまっとうな仕事をしている人間とは思えない風貌の竹松君だが、初美のパソコンを操るその手は熟練者のそれだった。俺たちが呆然と見ている前で、まるで早回し画像を見るかのように動画が修正されていく。
あたかも背景写真の前にいるかのように周囲から浮き立たせ、さらにシェリーの姿は微妙に肌の質感を変えて作り物らしさを強くする。しかし極端に強くすると投稿された画像との差異が大きくなるので、そのあたりを加味して修正が重ねられていく。
「タケちゃんは何でもできるのよ。アタシも色々教えてもらうこともあるんだから」
「初美ちゃんにそこまで言われると照れるなぁ」
「見た目はどう見ても悪人だけどね」
「ひどいよ、それは……」
なるほど、そういうことか。わざわざ東京から来てくれて、さらにここまでしてくれる竹松君に対しての初美の言い方は兄としてもどうかと思うが、竹松君は全く気にしていない様子だった。普通なら怒るところだろうが、やや目を伏せて話す彼の様子から、おそらく彼は初美に好意を持っていると思う。果たして初美がそれに気づいているかどうかが問題だが。他人のスマートフォンから勝手にデータを抜くような男を彼氏にしていたくらいだからな。
「画像はこれでいいと思う。問題はここから先だ。ところで初美ちゃん、きっとキミのことだからシェリーちゃんのフィギュア、作ってるんでしょ?」
「え……まぁ……うん」
竹松君の言葉にやや躊躇いながらも肯定の返事をする初美。すると自分のデスクの引き出しから数体の小さなフィギュアを取り出した。それをデスクの上に置くと、シェリーが顔を真っ赤にした。
「わ、私こんな破廉恥な服着てないですよ!」
「いや、これはアタシの妄想を形にしたというか、最近のラノベだと大概こんな感じだから……それに微妙に顔とかスタイル変えてるし……」
出てきたのはシェリーに似た小さなエルフのフィギュア。確かにシェリーに瓜二つとまではいかないが、並べて見れば違うとわかるくらいに顔は似ているが、問題はその格好とプロポーションだ。まるでゲームのキャラクターのような露出の激しい服は、どこに防御力があるのかと言いたくなるような軽装で、薄手のタンクトップのような上着にひらひらと風に舞う超ミニスカートに弓矢を持っている。そして強調された胸のあたりもまたどこか漫画チックなアンバランスさを感じさせる。そもそもシェリーのはそこまで大きくないだろう。
一応本人とそっくりにしないところは初美の僅かに残った自制心がきちんと働いたということだろう。とはいえ家族の一員となったシェリーをモデルにフィギュアを作るという思考回路はどうかと思うが。
「ハツミ、私のはないの?」
「フラムちゃんのは今構想を練ってるところ」
「ならいい。シェリーだけモデルになるのは見過ごせない。これで私もモデルデビューする」
「フラム? 何言ってるの?」
妙なところで張り合うフラム。意味が分からないといった様子のシェリーもきつく否定しないので、自分をモデルにして作ってくれたということは少なからず嬉しくもあるんだろう。確かに仕上げも丁寧で、売り出せばすぐに買い手がつくだろう。
「うん、まだ細かな仕上げは終わってないみたいだけど、これならいけるよ。つまり、さっきの動画はこのフィギュアを売るためのプロモーション動画だということにすればいい。となればそれを勝手に持ち出した浩二に対しての使用差し止めはもちろん、動画の盗用で訴訟も起こせる。刑事訴追もできるかもしれない。もちろん動画投稿サイトにはこの件で訴訟を起こす旨の連絡をすればすぐに削除されるし、浩二のアカウントも凍結されるはずだよ」
「でも……弁護士に知り合いなんていないし……」
「そこは俺がいつも頼んでる弁護士に頼むよ。権利関係では俺のところもかなり苦労したからね」
竹松君の話を聞いてようやく理解できた。つまりはあの動画が粗いということを利用して修正して、初美のフィギュアの販促動画にしてしまうということだろう。となれば浩二とかいう初美の元彼は社外秘の情報を勝手に持ち出したということになる。いや、他人のスマートフォンのデータを盗む時点で犯罪だが。
これでこちらの正当性を裏付けることができた。このフィギュアをモデルにしてあの画像を作ったと言えば筋が通るし、まさかそのフィギュアにまでモデルがいるということまで考えがたどり着かないだろう。動画の背景は過疎の進んだ田舎に行けばどこにでもありそうな古民家だし、竹松君の修正のおかげで描き込みの背景画みたいにも見えるし。
「大丈夫ですよ、お兄さん。その弁護士は信頼できる人ですから。それに訴訟についても損害賠償まで求めるつもりはないです。浩二には個人的に痛い目を見てもらいたい気持ちでいっぱいですから。本気で訴訟になったらそんなことできないでしょう?」
「あ、ああ、そうだな」
俺が心配だったのは、訴訟を起こすことで弁護士やら他の人間やらにシェリーとフラムの存在が知られることだった。しかし竹松君の話ではそこまでやるつもりはないという。つまり訴訟を起こすぞという動きを見せることで動画の削除とアカウントの凍結を急がせて、さらに浩二とやらの動きをコントロールするということらしい。
確かに浩二とやらにはきつく灸をすえてやらなければいけない。そいつのおかげで初美はここまで苦しい思いをさせられた。シェリーとフラムにも危険が及ぶかもしれない状況になった。家族として、それは絶対に許せるものじゃない。
「こんな可愛らしい子たちが静かに暮らしてるのを邪魔するような奴は許せませんからね」
「でしょ? タケちゃんもそう思うでしょ?」
「ああ、初美ちゃんが入れ込むのも理解できるよ。それに初美ちゃんにもたくさん迷惑かけて……」
「灸をすえるのはいいんだが、警察沙汰はまずいんじゃないか?」
「警察沙汰になんてしませんよ。穏便に、そして今後一切手出ししないようにしないといけませんから」
そう言いながら不敵に笑う竹松君の顔はどこからどう見ても悪役そのものだった。一度も会ったことはない浩二とかいう初美の元彼のことはどうにも許すことはできないが、やりすぎるようなことはないかと少しばかり同情した。
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