1.初めての朝
新章スタートです。
「うわぁ……綺麗ですねぇ……」
「でしょう? 絶対シェリーちゃんに合うと思ったのよね!」
朝の収穫を終えて戻ってみれば、居間から楽しそうな女の子の会話が聞こえてくる。いつもと全く異なる状況に一瞬戸惑ってしまうが、それが初美とシェリーのものだと気付いてほっと一息つく。縁側では二人の会話についていけなくなったであろう茶々が一人で寝ていた。普段は俺と二人きり、こんなに騒がしいことはなかったからな。
「ただいま。もう起きたのか」
「あ、ソウイチさん、見てください! すっごく綺麗なお部屋です!」
「おかえり、お兄ちゃん。これどうかな? シェリーちゃんにだって自分の部屋は必要でしょ」
収穫したものを入れた籠を台所に置いて居間に顔を出せば、初美が持ってきたであろう荷物を二人で楽しそうに広げていた。その中でも一際目を引いたのが大きな箱状のものだった。
「ドールハウスか?」
「うん、昨日見つけてさ。送ってもらった動画からシェリーちゃんのサイズを予想したんだけど、ちょうどいいと思うんだ」
「こんな綺麗なお部屋、お姫様みたいです」
「何言ってるの? アタシの神が住む部屋なんだからこのくらい当然よ! むしろこれでも足りないくらいよ!」
やや血走った目で力説する初美。こいつは自分の好きなことに関してはすぐに自分を見失うから困ったもんだ。社会人になってから少し落ち着いたかと思ったんだが、自分のどストライクなシェリーに会って元に戻ったようだ。だがその反面、その趣味がシェリーの役に立つかもしれないというのは不思議なもんだ。
俺にはよくわからないことばかりなので、とりあえずここは初美に任せて朝食の準備に入る。シェリーにはパンに温野菜、それにフルーツとスクランブルエッグあたりでいいか。俺と初美は卵焼きとみそ汁だな。
採ってきた野菜はスナップエンドウにアブラナ、コマツナ、それとネギ少々。あと間引いた二十日大根だな。卵は昨日鶏小屋から取ってきたのが十個ばかりあるから問題ない。飯は……出がけに炊飯器のスイッチを入れておいたからもう炊けてる。炊きあがった飯の香りが台所いっぱいに広がって、朝の作業を終えて空っぽになった胃を刺激する。いつもなら漬物で飯をかき込んで終わりだが、そんなことをすると初美の逆鱗に触れるのは間違いないので絶対にしない。
手鍋に水を入れて沸騰させてから削り節を一つかみ入れて一煮立ちさせる。もうひとつの鍋を用意して湯を沸かすと、アブラナとコマツナをさと湯遠ししてから湯を捨てる。そこにさっきの出汁を注いで醤油と味醂で味付けして冷ませば出来上がり。さらに出汁の中に二十日大根を刻んだものと自家製味噌を入れればみそ汁の完成。
スナップエンドウは筋を取ってラップをしたら電子レンジでおよそ三十秒加熱、ラップを取って粗熱を取ったらシェリー用に小さく刻む。俺たちのはそのままみそ汁に放り込んでから卵焼きに入る。
俺の卵焼きは所謂出汁巻きではなく、砂糖と塩だけの素朴なもの。でも卵の濃厚さと新鮮さを活かすにはこのくらいで十分。半ばスクランブルエッグのように仕上げると、刻んだネギを散らす。余計な味付けなんてしなくても卵そのものの味で十分おかずになる。あとは昨日と同様にイチゴを小さく切って終わりだ。
「お兄ちゃん、そろそろ出来る?」
「ああ、今終わったところだ」
「なら丁度よかった。この食器使ってくれる?」
突然初美が台所に来て何かを手渡す。俺の手に乗っているそれは小さな小さな食器だった。
「シェリーちゃんの食器よ。最近はドールハウスの小物も充実してるから助かるわ」
「わかった」
渡された食器は小さいながらも細部まで装飾の入ったもの、しかもこういう玩具にありがちな樹脂成型の安物じゃなく、小さいながらも陶器だった。決して安いものじゃなかっただろう、初美にまた無理をさせてしまったな。
シェリー用の朝食を食器に盛り、俺たちの分も取り分けて居間に向かえばシェリーが上機嫌でドールハウスの細部を確かめていた。その顔は幼い頃の初美を思い起こさせるもので、一瞬昔の記憶がよみがえった。まだ両親も健在で、当時は決して裕福と言う訳ではなかったが、母親の手作りのぬいぐるみをもらって喜ぶ幼い初美の笑顔と重なる。
「すごいです! こんなふかふかで立派なベッド初めてです! それにこんな装飾のある部屋なんて王族になった気分です!」
「ふふーん、そのくらいで驚いてたらダメよ? 後でシェリーちゃんに合う服も作るから」
「ハツミさんは服も作れるんですか?」
「当然! アタシの技術はここでシェリーちゃんに作るために磨いたと言っても過言じゃないわ!」
妙に白熱している二人に水を注すのはどうかとは思ったが、せっかく出来たての朝食があるのに冷ましてしまうのはもったいない。なのであえて声をかけさせてもらう。
「朝飯出来たぞ」
「はーい」
「すみません、ソウイチさん」
エキサイトしていた二人は意外にも素直にこちらの言葉に従った。どうやら二人とも空腹だったらしい。二人の腹の音らしき音が聞こえたのは内緒にしておこう。
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