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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
陰湿な妄執者
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3.元凶

 初美が動画を見る数日前、都内のインターネットカフェに自前のHDDを接続している一人の痩せぎすの男の姿があった。傍から見れば薄気味悪い、というか不気味と言ったほうがしっくりくる笑みを浮かべているが、個室であることが幸いして誰の目にも留まることはない。


「くふふふふ……こいつがあれば……僕はまだやれる……」


 不気味さをさらに後押しする含み笑いをするが、周囲のブースではほとんどがヘッドフォンをつけているのだろう、どこからもそれを糾弾する声はあがらない。保存した動画を投稿する作業を続けながらも、男の哄笑は止まらない。


 男の名は新村浩二、初美の勤めていた会社の元社長であり元彼だった男。しかし会社は倒産して本人も自己破産。家財道具のほとんどは会社名義のもので、なおかつ住まいも会社の社宅扱いにしていたために、必要最低限のを持って家を出ることになってしまったのだ。今はこうしてインターネットカフェを転々としながら、手元に残していた僅かな蓄えを切り崩していた。


 その動画に気付いたのは、初美が退職する少し前に、昼休みに会社に置き忘れていたスマートフォンを見つけて、後々何かのネタになるだろうと思ってコピーしておいたデータを確認した時のことだった。スマートフォンはロックがかかっていたが、この男は自分の知る初美の性格から設定してあるパスワードを割り出し、ロックを解除していたのだ。


 元々は二人で撮ったイチャラブ写真でもあればそれを元によりを戻す、もしくは金をせびることができればくらいの考えだったが、その動画を見た時に考えが変わった。どう見ても実写としか思えないCG技術、そして登場しているキャラクターの造形の秀逸さ、新村の知る限りでは日本国内はおろか世界でも通用するレベルのものである。


「この技術の高さは見る奴が見ればすぐにわかる。まさか初美ちゃんがこんな技術を持ってたなんて初耳だったけど、これなら世界でも絶対に通用する。そして僕のマネージメントでハリウッドデビューだ!」


 自分がこれを目指して腕を磨くのではなく、初美を利用しようとするその性根は彼女が聞いたら激怒しそうなものだが、今の新村にはそんなことにも気づかない。何しろ全てを失ったと思ったら、予想外のところから金づるが現れたのだ。これで初美がハリウッドの映像制作会社から声がかかれば、新村はそのマネジメントをして美味い汁を吸うことができる。となれば収入も日本で小さなデザイン会社を営んでいた頃とは比べ物にならないだろう。


「そして僕は初美ちゃんを見出した者としてセレブの仲間入りだ!」


 無断でスマートフォンのデータをコピーし、あまつさえ勝手に動画投稿する。そこには初美の了解などあるはずもなく、元々愛想を尽かされて別れた初美が新村のマネジメントを受けるなどあり得ないことなのだが、既に自分の世界に入っている新村にはそれすらわからない。


「これでよし……あとはSNSで拡散しておこう」


 元々誰も関心を持っていなかった投稿者の、久方ぶりの投稿にすぐさまアクセスされるはずもない。なので新村はSNSを使って拡散することにした。それでもある程度時間がかかると理解した新村は、残り少ない金を握りしめて夜の街へ繰り出した。




**********



「初美ちゃん? ちょっ、何、どうしたの?」


 スマートフォンからは無情にも通話を切られた音。丸坊主の筋骨隆々の男は何が起こっているのか理解できなかった。この男こそ初美の言っていた『タケちゃん』であり、初美と新村の共通の知人である。彼は新村と酒を飲んだ後、新村の自信に満ちた様子から何かを察して色々と検索した結果、動画という手段に思い至り、新村の作ったアカウントを探したのだ。


 そこで見つけた動画に彼は驚愕した。どう見ても実写にしか見えないキャラクター、滑らかで自然な動き、にもかかわらず周囲との違和感はゼロ、アマチュアが趣味本位で作れるレベルを遥かに超えている。新村の技術は彼も認めてはいたが、まさかここまでのものだとは思わなかったからだ。


 この出来ならばあの自信も理解できた。見る者が見ればこのCGのクオリティの高さはすぐにわかる。そして動画投稿サイトという媒体は世界中で閲覧されている。常に新たな技術を求めている映像業界からすればまさに金の卵であり、それこそハリウッドからのオファーだって現実味を帯びてくる。いくら別れたとはいえ、初美も見知った人間のこれだけの仕事を見れば印象も変わるだろうと考えて連絡したのだが、それが裏目に出るなんて想像もしていなかった。


「……何があったんだよ、初美ちゃん」


 いつもの飄々とした初美の声ではない、切羽詰まった声に心の中に不安が広がる。一緒に創作活動をしていた仲間であり、アニメやゲーム等のサブカルチャーを愛する同好の士であり、決して少なからず特別な感情を抱いている相手の異変に胸騒ぎが収まらない。実家に戻ったという話は聞いていたが、ネットで調べてみれば周囲に隣接する隣家などなく、もし悩みがあったとしても相談できる相手がいるとは思えない。ましてやあの変わりようはその悩みを理解できる者がいるかどうかすら怪しい。


「……行くか」


 彼はそばに置いてあった紙を手に取る。かつて初美宛に荷物を送った時の伝票だが、そこには当然だが住所が書いてある。住所は今彼がいる場所から優に二百キロ以上は離れており、電車も地方のローカル線の無人駅のような駅からかなり離れている。簡単に行こうと思いついても行ける場所ではない。しかし彼は黒のジーンズにアニメキャラのロングTシャツという格好の上から黒の革ジャンを着込み、部屋を出る。


 向かった先には大型バイク、海外製で黒いタンクにはモノトーンで模様が描かれている。近くで見ればそれが彼のお気に入りのアニメキャラであるとわかるが、丸坊主の筋肉男が黒の革ジャン姿でバイクに乗る姿はヤバい筋の人間にしか見えない。


 サングラスをかけてヘルメットを被るとエンジンをかける。これから向かうのは決して楽しいツーリングではない。大事な大事な友人であり、できることならば友人以上の関係を築きたいと思っている女性の窮地を救いに行くのだ。事と次第によっては長年の付き合いの友人と敵対することすら厭わない、そんな覚悟のにじみ出た背中はバイクの爆音とともに小さくなっていった。

読んでいただいてありがとうございます。

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