1.波乱の幕開け
新章開始です。
でもちょっと短いです。
「お前、こんなところで飲んでていいのかよ。会社もなくなって余裕なんて無いはずだろ?」
「会社が無くても僕には大したことじゃないさ」
小洒落たバーのカウンターで酒を飲む二人の男。一人はスマートというよりも貧相という表現がしっくりくる男、もう一人は筋肉質でがっしりとした体つき、格闘家と言われても誰も違和感を感じない体に丸刈りという威圧感のある風体だが、お互いに着ているのが一昔前のアニメのキャラクターTシャツというアンバランスさが周囲から完全に浮いている。しかしそんな周囲からの視線には慣れているようで、彼らを見て何かを囁きあう客たちにも全く動じていない。
「そんなことばかり言ってて会社潰したのは誰だよ。初美ちゃんにあれだけ苦労かけさせといて」
「あれは仕事上の付き合いだったんだよ。初美ちゃんは……いずれ戻ってくるさ」
「ずいぶん自信あるじゃないか。初美ちゃんは実家に帰ったぞ、もう東京に戻ってくるつもりはないみたいだし」
「ああ、それで僕の電話に出ないのか。フリーになったって聞いてたけど」
「順調らしい。元々実力あったんだし、客受けもいいし当然だな」
痩せた男は不機嫌な顔をしながらグラスをあおる。高い度数の酒が一息で飲み干されていく。この男の名は新村浩二、かつて初美が在籍していた会社の代表だった男であり、一時的にではあるが恋人関係にあった男である。とはいえ半ば初美に愛想をつかされるような形で終わったが。もう一人の男は新村の自信がどこから来るのか全く分からなかった。
この男の知る限り、新村の技術は決して低くはないが、かといって突出するものがあるかと言われればそうでもない。むしろ有能なスタッフをマネジメントすることに長けていたが、社長という地位を勘違いしたがために会社をつぶしたのだ。そんな新村がどうしてこんなに自信があるのかがわからない。
初美が戻ってくると信じているようだが、果たしてあれだけはっきりと愛想をつかされてなぜここまで言い切れるのか、これがただのバカであれば安心するところだが、この男が知る限り新村という男は完全なバカではない。多少知恵の回るバカだからこそ、問題を起こしたときが厄介なのだ。この男とは長い付き合いだからこそ、昔から迷惑をかけられ続けたのだ。そんな新村が自信を持つなどこの男には嫌な予感しかしなかった。
「ま、いずれ僕のところに戻ってくるのは間違いないからな」
「どこからそんな自信が出てくるんだよ」
「こっちには秘密兵器があるからね」
自信の源を探られると、小さな笑みを浮かべて躱す新村。決して醜い顔をしている訳ではないが、何かを含んだ新村の笑みはどこか不気味さを感じさせる。長い付き合いの男でさえ薄気味悪いものを感じるくらいだから、相当な気味の悪さである。
「……一応言っておくが、初美ちゃんを泣かせるようなことしたらお前でも許さないからな」
「あ、ああ、わかってるさ」
はちきれんばかりにパンプアップした筋肉の鎧を着た丸坊主の男に凄まれて、思わず身を小さくする新村。しかしそれでも本心から怯えていない様子に、男は脳裏によぎる不安を洗い流すかのように、グラスの中身を飲み干した。新村がこういう薄気味悪い笑みを浮かべるときはロクなことが起きないという過去の思い出したくない記憶を洗い流すかのように、強い酒を喉に流し込んだ。
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それから数日後、突然無料動画サイトに一つの動画がアップされた。ほんの十秒ほどのその動画は、アップされるとしばらくして大きな反響を呼んだ。画像は粗く、毎日雲霞の如くアップされる動画にくらべれば見劣りするレベルのものではあったが、そこに映った存在は目の肥えた閲覧者にとっては驚愕だったのだ。
『これ作りもの? だとしたら凄い技術』
『CGじゃね? でもどこが作ったん?』
『作り物に決まってるでしょ、サイズが違う』
その動画には様々なコメントが書き込まれた。ほとんどはCGだと受け止められていたが、それはそれでその技術力の高さが賞賛された。しかもコメントはさらに数を増していった。
『なにこれかわいい』
『フィギュア? クレイアニメみたい』
中にはそこに映っていた存在そのものを賞賛するコメントも見受けられた。そしてコメントもどんどん増えていく。
『あの耳、ちょっと変わってない?』
『エルフ耳かわいい』
『綺麗な金髪』
大量のコメントで動画が塗り潰される中、金髪の小さなエルフは満面の笑みで巨大なイチゴをかじっていた。自分がどれだけ大きな反響をもたらしているかなど全く気にも留めずに……
読んでいただいてありがとうございます。




