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けんきゅうしゃ

閑話です。

 農機具の置いてある納屋の一角、大きく広げられたブルーシートの上にはドラゴンの残骸の一部が置かれていた。そのうちの一つの肉片を取り上げたフラムが小さく何かを呟くと、その肉片は光を帯び始め、やがて強烈な閃光を放って消えた。後には焼け焦げた肉の破片が残る。


「今のは『灯り』の魔法をこの肉にかけた。肉に含まれるドラゴンの魔力に反応して強烈な光になった。大部分が魔力で構成されているので、魔力がなくなればこんな風になる」

「まさかここまで魔力の割合が多いなんて……」


 フラムの手に残った残骸を見て呟くシェリー。そして二人の様子を遠巻きに見守る宗一と初美。二人とも見たことのない光景に目が釘付けになっていた。それもそのはず、肉片が閃光を放つなどCGでもない限り現実にはありえないことだ。


「すごいな……」

「でしょう? 苦労したんだから、あの服」

「そっちかよ」


 相変わらず目に下に大きな隈を作った初美が自信満々で年齢の割に平坦な胸を張る。というのも今フラムとシェリーが着ている服は魔法とは程遠いものだった。おそらく初美の手作りなのだろうが、その傾倒したチョイスに宗一も言葉が出ない。


 フラムが着ているのは、宗一もかつて東京で働いていた時にその服を何度か見かけたとある女子高のブレザータイプの制服に酷似していた。一方シェリーは膝上のタイトスカートにスーツ、おまけにパンプスまで履いている。二人とも伊達メガネをかけるという徹底ぶりで、さらにお揃いの白衣まで着ている。


「やっぱり研究といえば白衣でしょ。天才少女科学者に敏腕女性科学者ってイメージなんだけど」

「本人たちが嫌がってなければ構わないけどな」


 今までこんな服を着たことが無いにもかかわらず、シェリーもフラムも問題なく着こなしていた。彼女たちも初美の着せ替えの相手に慣れたようで、特段嫌がるような素振りは見せないらしい。実際には初美は本人が嫌がるような服を着せることは無いが、初美の作る服は素材に厳選された高級品を惜しげもなく使うので、フラムもシェリーも実は期待している部分もあったりする。


「やはりドラゴンの血肉には本来持つ以上の力を出させる要因があると考えていい。そしてその親和性は私たちのような同郷の者のほうが高いと思われる」

「きっとカブトさんたちはドラゴンの血の影響で私たちに親和性を感じたんじゃないかと思います。そして知能も高くなったんじゃないかと」

「あのスズメバチはクヌギによって生成された樹液に含まれた力そのものを過剰摂取した結果、凶暴性と攻撃力が増したと思われる。ドラゴンの血肉を扱うには厳重な管理が必要」

「となると俺たちが迂闊に食べる訳にはいかないんだな。間違えて使わないようにしておかないと」


 宗一は二人が調べた結果を聞いて渋い顔をした。というのも冷凍庫の中には骨付き肉の状態になったドラゴンが入っているのだ。切り分けられているうえに、頭部は無く手足や翼の部分は別にしてあるので、これがドラゴンだと言われても誰も気づかないだろうが、気付かないからこそ盗難でもされたら大変なことになる。そもそも佐倉家がこの近辺では最も山奥にあり、誰かが来るようなことは滅多にないのだが。


「それと……あの時のイノシシですけど、あのドラゴンと戦ったのかもしれません」

「毛皮の一部に焼け焦げた痕があった。この世界の生き物に火を吐くものはいない。きっと子供たちを護ろうと戦って、敗れて子供たちを喰われた。頭部に受けた傷とブレスの火傷、そして精神的なショックでおかしくなったのかも」

「あいつか……今思えば異様なほど乳房が張ってたな。その割には子供がいなかったし、あの骨があいつの子供だったのか」


 宗一は思い返す。あの時仕留めた雌の猪の異様なまでの食欲と凶暴性はただの手負いということだけではなく、ドラゴンによる精神的なショックにより変化してしまったものだとすれば、乳飲み子を抱えた雌のような乳房の張りも理解できた。


「あのドラゴンはフェンリルとの戦いで傷ついた身体を癒していた時にイノシシと戦った。もしドラゴンが完全に復活していればあんな火傷くらいでは済まない。あのイノシシすら喰らって、もっと力をつけていたはず。だからあの時倒したのは正しかった」

「でもそのドラゴンに傷を負わせるフェンリルってヤツも相当だな」

「フェンリルは神獣ですから」


 フェンリルと聞いても正直なところ宗一には全くピンと来ない。そういった知識に疎いことも大きいが、それ以前にシェリーとフラムの世界とはもう閉ざされてしまったために、フェンリルのことを今更知ったところで意味がないと思っていた。事実、現在フラムとシェリーが調べているのはドラゴンの血肉を如何にしてこの世界で利用できるかということだった。というのも、やはり竜核クラスでないと再び穴を繋げるくらいの力を出せないというフラムの試算が出ていたからだ。


「ドラゴンの肉も少しなら食べても大丈夫だと思う。分量を間違えなければ滋養強壮に役立つはず、その分量についてはこれからもっと研究する」

「ところでチャチャさんはどうしたんですか?」


 シェリーはいつもなら一番近くで見守ってくれるはずの茶々の姿が見えないことに気付いた。何度も自分たちの窮地を救ってくれた炎のような毛並みの守護獣がいないということに若干の不安を抱くシェリー。


「茶々は今朝から調子が悪いみたいなんだよ。俺のベッドでまだ寝てる」

「珍しいわね、もう年なのかな」

「まだそんな年じゃないぞ、ここ最近色々あったから疲れてるんだろ。たまにはゆっくりさせてやるさ」

「チャチャさんが……私たちももっと強くならなきゃいけませんね」

「うん、チャチャに護ってもらうだけじゃいけない」


 茶々の不調に心配そうな顔をするシェリーとフラム。考えてみれば何度も二人のピンチを救い、さらにドラゴンという未知の生物と戦ったのだ、その体に蓄積した疲労は余程のものになっていたと考えた二人はもっと力をつけようと決意を新たにする。


 ドラゴンも確かに強かったが、この家の近辺に出没する獣もまた強敵である。元々の身体のサイズが違うということもあるが、魔法という概念を持たない獣の身体能力主体の強さは彼女たちにとって驚愕に値するものだった。自分たちのいた世界にひけをとらないくらいに厳しい世界であると実感した二人は、常に切磋琢磨してきた。


 このままではいつまでたっても宗一たちと並び立つことはできない。いつまでも護られ続ける存在にはなりたくない。そんな思いが二人を突き動かす。元の世界に戻る可能性が途轍もなく小さくなった今、彼女たちが優先するのはこの世界でいかに生きていくかということだ。自立した生活など到底無理だが、それならば負担にならないように努力することが大事なのだ。


 元の世界のことを思い出さない日は無い。しかし望んだところで今の彼女たちには実現させる術がない。だが彼女たちにはこの世界には存在するはずのない魔法という概念がある。この世界の知識と魔法という未知の概念の融合という、誰も考えなかったことをやり遂げれば僅かながらも道が開けるかもしれない。そんな思いが彼女たちを突き動かす。


「フラム、チャチャさんの看病に行こう」

「うん、チャチャを元気づける」


 そう言いながら白衣姿の小さな小さな冒険者が走ってゆく。そしてその後ろ姿を見守る宗一と初美。彼女たちの無邪気さは大切な理解者である兄妹の心を温かくするのだった。

次回から新章です。


読んでいただいてありがとうございます。

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