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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
恐るべき乱入者
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11.HOT

「ちょ! 何よこれ! 何なのよ!」

「初美! 来るな!」


 初美がドラゴンを見てパニック状態になっているがそれも当然のことだと思う。まさかこんな生物がいるなんて思ってもいなかっただろうからな。だがそんなことよりも今は初美の安全のほうが先だ。今すぐに台所に戻れば間に合う。


「茶々! 気を引け!」

「ワンワン!」


 茶々も初美にドラゴンの意識が向かないように、先ほどにも増して大きく吠える。しかしドラゴンは新しく見つけた無力な存在に視線を定めてしまった。この場において最も攻撃手段を持たない者、そこがお互いにとっての分水嶺であることは皆が知るところ。当然ドラゴンだってわかっている。


 ドラゴンにどこまでの知性があるのかは分からないが、初美を人質に取られれば俺たちは動きが取れない。その後にどんなことになるかなんて想像もしたくない。せめて奴のブレスさえ封じることができれば、何とか打開できると思うんだが……


「ちょっとお兄ちゃん! 何よこれ!」

「いいから戻ってろ! 入ってくるな!」


 混乱しながらも台所に戻ろうとする初美。しかしドラゴンは初美に定めた視線を外そうとしない。この場を支配できる絶好のチャンスを逃すまいと、長い首を巡らせて初美を執拗に追う。俺たちの常識からかけ離れた生き物はどこまでも初美を狙うつもりらしい。


「やばい! 避けろ!」

「え? 何?」


 ドラゴンの首が初美に向かって固定し、その口を大きく開く。あれは間違いなくブレスの前兆、自分を脅かす攻撃手段を持たないと認識した相手には、威力を抑える必要もないということか。どこまでもふざけた奴だが、今は初美を何とか助けないと。


 面倒くさいことは一切考えずにドラゴンに向けてタックルをかまそうと一歩踏み出す。しかしそれより速く俺の足元を駆け抜けてゆくオレンジの獣。ドラゴンの横を駆け抜け、初美の背後に回り込んだ茶々は四肢を踏ん張ってドリフトばりに体の向きを変えると、初美の膝裏めがけて飛び掛かった。


「きゃあっ!」


 いわゆる『膝カックン』である。しかしその効果は劇的で、バランスを崩した初美は後ろに倒れ込んだ。床に頭をぶつけないように茶々はしっかりとクッションの役目を果たしていた。我が家族ながら機転の速さに感心する。後は俺がドラゴンをどうにかすれば……


 と、初美が倒れ込みながら中華鍋を手放した。そこにはぐつぐつと煮えたぎる『中華あん』があるはずだったんだが……なぜそんなに赤い? 赤の絵の具をそのまま煮込んだかのような、鮮やかで目に痛い赤。というか本当に目が痛い。


「シェリー、フラム、目をつぶれ! それから初美! 何でこんなに赤いんだよ!」

「えっとね、豆板醤にタバスコ、ハバネロパウダーにデスソースを入れたんだ。アタシの大好きな激辛あんかけだよ」

「そんなもん入れんじゃねぇ! 変なところでオリジナリティ出すな!」


 恐れていたことが現実になった。初美の激辛好きは昔からで、家族の誰もそれについていけなかった。何しろ一食でタバスコ一瓶使い切る勢いだからな。よくあれで彼氏がいたと感心するところだが、今はそれどころじゃない。


 不自然な体勢で手放された中華鍋は反転し、放物線を描いて落ちてゆく。妙に時間の流れがゆっくりと感じられ、鍋から飛び出た赤い液体は尋常ではない粘度で飛び散ることを許さない。水溶き片栗粉の入れすぎだ。


 そして自由落下を続ける赤い物体の先には、今まさに初美に対してブレスを吐こうとしていたドラゴンの顔。両目を見開き、その顎を極限まで広げたドラゴンの顔面に。


 べちゃり


 およそ液体が当たったとは思えない音。そして一瞬おいて、ドラゴンが絶叫した。


『ギャアアアァァァァ!』


 今までの威嚇の意味をこめた声とは明らかに一線を画す悲痛な叫びは俺の背筋を凍らせた。それは間違いなく恐怖からくるもの、しかしドラゴンそのものへの恐怖からではない。あの赤い物体を顔面に浴びるという行為に対して感じた恐怖からだった。


 赤い物体とは別に、所々に飛び散っている透き通った液体はきっと油だろう。となれば油で表面をコーティングされた赤い物体の内部の温度は相当なもののはず。それ以上にあの赤い物体を赤く見せている要因、大量に投入された辛みを出す調味料が齎す地獄のような刺激はまともな人間なら摂取しようなどと考えない。


 それをドラゴンは無防備に顔面にかぶった。しかも過度のトロミは液体をまとわりつかせ、そう簡単には取れない。ドラゴンは目と鼻と口にまともにあの液体を受け、必死に両腕で取ろうとしているが何の意味も為していない。


 ドラゴンはこんな方法で反撃されるなど全く考えていなかっただろう。そもそも俺だってそんなこと考えない。誰が好き好んでタバスコやらハバネロやらが入ったものを目に入れるか。そういったものは目に入れちゃいけないって説明書にも書いてあるだろう。


『ギャォォ! ギャォォ!』


 自分の手ではどうにもならないと考えたのか、ドラゴンは畳に顔を擦り付け始めた。やめろ、そんなことをしたら畳表を替えなきゃいけなくなるだろうが。


 赤い液体を取り除くことに必死なドラゴンは、もうここにいる皆のことなど考えていないように見えた。これは奴をここから出すチャンスじゃないか? とすれば即行動だ。


 構えていたライフルを背中に背負い、蹲るドラゴンの背中をホールドして担ぎ上げる。翼が使えなくなっていることも功を奏して、いとも簡単に持ち上げることができた。そしてそのまま勢いをつけるべく居間を走り抜け、縁側がら大きくジャンプした。


 跳躍した先にあるのは庭の敷石。死んだ爺さんがどこぞで見つけてきたという花崗岩の敷石はとても硬く、子供のころはよく団栗などをここで砕いて遊んだものだ。そして今、どういう因果かドラゴンを叩きつける羽目になろうとは誰が考えるだろうか。


 俺の体重とドラゴンの体重、そして助走をつけてジャンプした勢いが加わり、渾身のジャンピングパワーボムは無防備なドラゴンの頭をこれでもかと言わんばかりに叩きつけた。



 

激辛あんかけを人にかけてはいけません。


読んでいただいてありがとうございます。

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