10.膠着状態
居間に戻った俺の目に飛び込んできたのは、ほんの数分離れた間に大きく様相の変わった戦況だった。泣きながらも怒りの形相を崩さないフラムとそんなフラムを必死に宥めるシェリー。ドラゴンの後ろで必死に吠える茶々、そしてドラゴンの周囲に散らばるカブトムシとクワガタムシの残骸らしきもの。
室内を見回せば、壁の所々に焦げた穴が開いている。おそらくあれはドラゴンのブレスとかいうものによるものだろう。あんなものが直撃すれば俺たちだってただではすまない。シェリーやフラムだったら間違いなく即死だろう。
この状況を見て把握できなければ、余程の間抜けとしか言いようがない。ミヤマさんたちはドラゴンに食われたのだろう、フラムたちを護ろうとして。壱号たちへのシェリーの愛情もなかなかのものだったが、フラムのミヤマさんへの愛情ははっきりとわかるものだった。面倒を見ているときの顔は綻び、上に乗って移動しているときはとても誇らしげだった。だからフラムがここまで取り乱すのも納得がいく。
「大丈夫か!」
「ソウイチさん! フラムを止めてください!」
「フラム、下がれ! 一旦落ち着け! このままじゃあいつの思う壺だ!」
「ソウイチ……わかった……」
渋々引き下がるフラム。ドラゴンが直接攻撃に出たということは、いつものやり方が効かなくて戦い方を変えたということ。はっきり言ってこのままだといずれ最悪の結末が訪れていただろう。そうならないためにもフラム達には距離をとっておいてもらいたい。
そしてドラゴンは何故か攻撃の手を止めて俺を見ていた。さっき部屋を出るときには俺に構う様子もなかったが、今は探るような目つきで見られて少々気持ち悪い。
「どうして動かないんだ?」
「それはきっとソウイチの持つライフルを警戒している。アイツは本能的にライフルが殺傷能力の高い武器だと認識している。だから迂闊に動けない」
「ならすぐにそれで攻撃しましょう!」
「そういう訳にはいかないんだよ、シェリー」
ライフルの準備をしている間、少し考えてみた。果たしてフラムの術式を施した弾丸で障壁を破ったとして、そのままドラゴンの鱗を貫通するかどうか、と。貫通してくれればそれでいいかもしれないが、もし跳弾が発生した場合、誰かに当たる可能性だってある。
それにもし貫通したとして、ドラゴンの背後には台所がある。ドラゴンの体を貫通したり、あるいは外したりすればライフル弾は台所に向かう。そして今、台所では初美が料理中だ。こんなことに初美を巻き込むつもりはない。となれば、貫通しても外しても問題ない場所にドラゴンを移動させてからの射撃が必須だ。しかしどうやって奴を移動させる?
「危ない!」
「おわっ!」
突然ドラゴンが放った光は俺の目の前で弾けて消えた。消えた後には複雑精緻な光の紋様が浮かんでいる。これはもしや……
「ソウイチ、油断はいけない。でもこの程度なら私の防御魔法で防げる。今のうちに攻撃を」
「だからここじゃ危険なんだよ! もしお前たちに怪我でもされたら、いや、それこそ命を落とされたら、俺はどうすればいい!」
「……まずはあいつを別な場所に動かさないとダメということですね」
「でも直接攻撃しようにもアイツにはブレスがある。それを封じないとこのままの状態が続く」
三人で話している間にもドラゴンはブレスを吐く。幸いにもフラムの防御魔法のおかげで周囲に被害は出ていない。畳やら襖やら、可燃物が多いので正直言って気が気じゃない。あのブレスを止めないと、こちらの攻撃に移れない。フラムの魔力がどこまで持つかはわからないが、永遠に魔法が使えるなんて都合のいいことは無いはずだ。フラムとていずれ力尽きる。その前に打開策を見つけなければいけない。
「ワンワン! ワンワン!」
茶々も状況を把握したのか、ドラゴンに向かって吠えたり、尻尾を噛んだりしながら外へと誘導しようと試みるが、ドラゴンは意にも介さずにこちらに向かってブレスを吐き続ける。どうあっても俺たちに攻撃の機会を与えないつもりだろう。八畳間で対峙する俺とドラゴン、ほんの数歩踏み込めば手が届くのに、その数歩がやけに遠い。
「やはりチャチャでは攻撃手段が乏しい。ドラゴンを仕留めるには喉元しかない」
「喉元には何があるんだ?」
「ドラゴンの急所と言われている喉元には竜核と呼ばれる力の源があると言われています。それを失えばドラゴンは死にます」
「ならそれを打ち砕かなきゃいけないってことか」
弱点がわかったところで、こちらが動けなければ意味がない。このままジリ貧になる前に、何かきっかけでもあればいいんだが……今俺たちに出来ることは何だろうか。茶々に注意を引いてもらってるうちにタックルかまして庭まで押し出すか? いや、茶々の身体能力ならブレスの兆候で躱すこともできるだろうが、俺程度の運動神経では不可能だ。まともにブレスを喰らう可能性が高い。
かといってフラムやシェリーでは決定的な攻撃力に欠ける。強力な魔法ならば対抗できるんだろうが、必然的に長い集中が必要になるらしく、そんな隙をドラゴンが見逃してくれるとは思えない。やはり庭まで移動させてからライフルを使うしかないか。しかし移動させる手段が無い。いつまで経っても堂々巡りで埒があかない。
「出来たわよ! 何大騒ぎしてんのよ!」
突然台所に繋がる戸が開けられ、中華鍋を持った初美が現れた。
埒は開いた。思う限り最悪の形で。
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