7.ドラゴン
テレビから流れるアニメのエンディングテーマが終わり、次の時間帯のバラエティ番組の軽妙な音楽が流れてくる。いつもであればその番組を皆で食卓を囲みながら眺めているところだ。だが今はそんなことをしている場合じゃない。というか出来る状況じゃない。
居間の穴から出てきたのは紛れもなくドラゴンという表現に相応しい生き物だった。大きさから言えば小学校低学年の子供くらいの高さしかないが、それはあくまでも高さだけのことで、がっしりと太い足に頑強そうな太い腕、たくましい胸板と強靭な四肢を受け止める太い体幹、そしてそこから伸びた長い尾。そこから繰り出される力がどれ程のものなのか、全く想像できない。
はっきり言うと、小学校低学年と同じくらいの体躯の肉食動物と相対した時、丸腰の人間では無傷で勝てる確率は決して高くない。相手は野性の塊であり、本能的にどう攻撃すれば相手を弱らせることが出来るか、そして絶命させることが出来るかを遺伝子レベルで組み込まれている。チワワのような小さな犬くらいなら大丈夫だろうが、柴犬サイズの野良犬ですら十二分に人間を殺傷できる能力を持つ。
「やはり来たか」
「カブトさんの……仇……」
「ソウイチは手を出さないで。こいつは私たちが決着をつけないといけない相手」
「そうです、絶対に……許しません」
シェリーとフラムが静かに立ち上がると、腰につけたマジックポーチから武器を取り出す。シェリーは剣を抜き、フラムは杖を掲げて魔法の準備に取り掛かる。いつもと違う決意の見える表情に若干の不安が生まれる。このままじゃまずい。
「茶々! 二人の援護をしろ! いいな!」
「ワンワン!」
茶々に短く指示を出してから自分の部屋に繋がる襖を開け、その奥にある金庫を開けるべく走り込む。漠然とした指示ではあるが、茶々ならば俺の言葉の真意を理解してくれるはず。
シェリーとフラムがどう考えているのかはわからないが、あのドラゴンからは危険な匂いしかしない。かつて茶々と死闘を繰り広げた次郎の姿を見た時と同じような、いや、あの時よりも危険な雰囲気をひしひしと感じた。二人の魔法の力を信用しない訳ではないが、どうしても心に芽生える不安を拭い去れない。
「くそ……早く開け……」
手が震えて金庫のダイヤルがうまく開けられない。果たしてこいつが通用する相手かどうかすら分からないが、それでもこいつが必要だ。通用しなくてもシェリーたちの援護くらいは出来るだろう。それに……こんな俺でも少しばかり腹に据えかねた。
あのドラゴンと目が合った時、あいつの目がはっきりと語っていた。お前たちなど相手ではない、と。だから俺が部屋を出るときも全く相手にしなかった。吠えながら牽制する茶々にも全く動じることはなかった。魔法を使うことが出来ない奴など敵ではないとでも言うように。そこまで虚仮にされて黙って見ているなんてできない。
「よし、開いた!」
金庫の扉を開けて中からライフルを掴み、弾を一掴みしてポケットに突っ込む。歩きながら弾倉に弾を籠め、慎重に居間に戻ると……そこには恐れていた事態が起こっていた。
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ソウイチさんがチャチャさんに指示を出して自分の部屋に戻っていく。でもドラゴンは彼のことなど一切気にする様子がなくて、チャチャさんの威嚇にもどこ吹く風で私たちのことを凝視している。
「シェリー、準備はいい?」
「ええ、何時でも行けるわ」
フラムの杖に魔力が集まる。私も剣を抜いて魔力を流すと、ドラゴンは明らかに警戒しているようだった。やはり私たちの魔力の高まりが想像以上のものだったみたいで、ソウイチさんやチャチャさんのように魔力を持たない者には興味がないのかもしれない。
「ソウイチたちのことはどうでもいいみたい」
「そうね、でもそのほうが都合がいいわ」
「うん、私たちの手でドラゴンを仕留められるチャンスが来た」
フラムは強気なことを言ってるけど、その声が震えている。でもそれも当然のこと、たった二人でドラゴンを倒すなんて無謀極まりない。いくら私たちが強くなったといっても、ドラゴンを圧倒できるほどまでの力がある訳じゃない。合体魔法を使うことも出来るけど、そんな隙をドラゴンが与えてくれるとも思えない。
ソウイチさんとチャチャさんに興味がないのはむしろありがたい。もし私たちに何かが起こっても、そのまま見逃してもらえるかもしれないから。
「先に行く! 『ファイヤーアロー』」
フラムの杖の先に生まれた無数の光が炎の矢となりドラゴンへと降り注ぐ。まさに雨のように降り注ぐ炎の矢はそのほとんどがドラゴンに命中しているけど、障壁を纏った竜鱗に弾かれて消えていく。
「それならこれはどう? 『ウィンドスラッシュ』」
剣に纏わせた魔力を風に変えて解き放つ。不可視の刃は狙い通りにドラゴンの首へと向かうけど、ドラゴンはその腕で首を防御した。鈍い音とともに竜鱗の一部が砕け、破片が舞う。破片と共に見えるのは小さな雫で、それは剣により増幅された私の魔法がドラゴンの防御を微かに上回った証拠だった。
「やった! フラム、一点集中で行くわよ!」
「わかった、任せて」
今までの私ではドラゴンに傷をつけるなんて出来るはずもなかった。でも今、確かに私の魔法はドラゴンの強固な竜鱗を傷つけた。ほんの小さな、かすり傷程度のものでしかないけど、果たしてこれができる者がどれだけいるだろう。自分の力が確実に増していることを知り、俄然闘志が漲ってくる。フラムにかける声が弾むのが抑えきれない。
拡散型ではなく集中型の魔法に勝機があると見たフラムも次の魔法を準備するべく杖を構える。彼女は私の魔法の実力をよく知っていて、その私がドラゴンを傷つけるほどの魔法を放ったということは、自分ならばもっと大きなダメージを与えることが出来ると思っているのかもしれない。事実、魔法の実力では私はフラムには敵わないけど。
でも、私たちの気分が高揚するのと同じくらい、いやそれ以上にドラゴンは怒り狂っていた。ドラゴンにとって私たちなんて虫けらにも劣る存在で、そんな存在に僅かながらも自分の身体を傷つけられたということは誇りを大きく傷つけられたんだろう。金色の瞳に暴虐の輝きが宿る。
『グアアアァァァ!』
心に湧き上がった怒りの感情を吐きだすが如く、突如ドラゴンが予備動作もなしにブレスを吐きだした。
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