4。恐怖
「あれ? ソウイチは?」
「ああ、お兄ちゃんなら買い出しに行ったわよ。アタシも色々と頼んでるし。そうそう、またケーキも頼んでおいたから」
「ケーキ? あの美しい細工の食べ物?」
「そうよ、フラム。とっても甘くて美味しいんだから」
「やはりここは素晴らしい世界。甘味がこんなに身近にあるなんて」
昼下がりに居間で寛いでいると、ようやく起きだしたフラムちゃんがお兄ちゃんを探してた。お兄ちゃんは週に一度の町への買い出しだ。野菜は自分のところの野菜やご近所からのもらい物でほぼ賄ってるけど、果物や肉類、魚類なんかはそうはいかない。果物も育ててはいるけど、通年あるって訳じゃないしね。特にシェリーちゃん達が毎食フルーツ食べるし、缶詰のフルーツだけじゃ味気ないもの。
アタシの場合は必要なものは通販で頼んでるけど、それは品物が専門的すぎて東京まで行かないとダメだからで、品質のばらつきがそんなに無いようなものばかりだから自分の目で見なくても何とかなる。そのために品番指定までしてるんだし。
でも生鮮品の目利きに関しては、やっぱり専門職に軍配が上がる。お兄ちゃんだって農家の端くれだから作物の良し悪しはわかるし、肉や魚だって経験からいいものを選べる。そこはアタシがどんなに頑張っても敵わないところだから任せちゃってるんだけどね。
「でもどうしたの? フラムちゃんがお兄ちゃんに用事があるなんて珍しいじゃない。いつもはネットで調べものしてるのに」
「ネットでリョウジュウについて調べてたけど、様々な種類があってよく分からなかった。基本的な構造は理解できたけど、やはり実物を見ないと対策が練られない。ハツミなら見ることができる?」
「ああ、ドラゴン対策ね。悪いけど銃だけはお兄ちゃんがいないとダメなのよ。そもそもアタシが使っていいものじゃないし、とても危険な武器だから」
「あのイノシシを倒した武器ですからね」
「やはりあの毛皮はソウイチが仕留めたものだったのか。あの破壊力は凄まじいものがあるけど、でもあのままだとドラゴンには及ばない」
たぶんあの猪のことを言ってるんだろうけど、あいつを倒す銃でもフラムちゃんには気にかかるところがあるみたい。でもごめんね、モデルガンくらいならアタシでも何とか出来るけど、実銃だけはどうにもできないんだ。そもそもお兄ちゃんの部屋の金庫の鍵を持ってないし。
「どうやったら通用するのかしら?」
「ネットで調べた情報をもとに推測した。速度と貫通力に関しては比類ないものがあるけど、ドラゴンの障壁で減衰させられて本来の威力を発揮できない。ならば打ち出す弾丸に何らかの対処をしたほうが確実と思う」
「相変わらずフラムはすごいわね、もう難しい言葉まで読めるんだから。私なんてまだ漢字でつかえる時があるのに」
フラムちゃんの学習能力はとても高い。流石賢者って呼ばれてるだけのことはあるね。実際にネット検索してても、最近は難しい漢字を教えてくれって頼んでくることがほぼなくなったし、それどころか英語とかもある程度理解してるっぽい。天才っていうのはこういう子のことを言うのかな。シェリーちゃんは努力タイプみたいな感じ。一生懸命頑張って覚えてるけど、フラムちゃんのスピードには敵わない。
「銃に関してはお兄ちゃんが戻ってきてからにすればいいよ。でも危険なものだから気を付けてね」
「大丈夫、もし何かあったら責任とる」
「あははは、何が起こるのかしらね」
「むう……」
何気ない会話、何気ない暮らし、シェリーちゃんとフラムちゃんが来てから、そういったごく当たり前のことがとても楽しい。東京で仕事してた時も確かに楽しかったけど、仕事が終わるまでは地獄のようだった。でも今は全部が楽しい。今まで味わったことのない楽しさが毎日屋を満たしてくれる。
だからこそ、怖い。もしドラゴンがやってきて、倒さなきゃいけなくなったとき、アタシはそれを賛成できるのかな。ドラゴンを倒すということは、二人が元の世界に戻る方法を失うということ。元の世界に戻れないという事実を二人がどうとらえているのかはわからない。
怖い。とにかく怖い。もし二人が絶望して、毎日故郷を思い出して泣いて暮らすようになったら、アタシはどうすればいいんだろう。二人のそんな姿を見せつけられたら、アタシはどうなってしまうんだろう。
何かで気を紛らわせたとしてもそれは一時的なものでしかないし、根本的な解決策にはなってない。シェリーちゃんは色々あってあまり戻ることに執着してないみたいだけど、フラムちゃんはどうなのかが分からない。いつもクールな印象があるからね。
そんな彼女たちが苦しんで、悩んで、それでもどうしようもなくて、帰りたいって懇願されてもアタシたちにはどうすることも出来なくて、それが原因で関係がぎくしゃくしたりなんかしたら、アタシは自分で自分を許せなくなっちゃうかもしれない。
いっそのこと全部を忘れて東京に連れていくことも考えたけど、それは危険すぎる。こんな田舎だから二人はそれなりに伸び伸び暮らしてるけど、都会のマンションなんかに引っ越したら一日中部屋の中にいるしかない。小さな窓から眺める光景だけが外との接点だなんて悲しすぎるでしょ。
アタシは神になんて祈る気は全然ないけど、今だけは祈る。お父さん、お母さん、私の大事な小さな小さな家族が苦しむようなことを起こさないで。お願いだから……
読んでいただいてありがとうございます。




