2.鳥?
「宗ちゃん、昨夜何かしてたのか? やけに明るかったぞ?」
渡邊さんのところに指定された苗を納品したとき、そんなことを言われた。昨夜ということはあの蜂退治のことか。まさか本当のことを言う訳にはいかないので、少しばかり言葉を濁しておこうか。
「初美の本やら不用品やらを纏めて燃やしたんだけど、どうも塗料の類が入ってたらしくて予想以上に火が大きくなったんだよ」
「そうか、そんならいいんだけどよ。宗ちゃんのとこには猟銃もあるんだし、気を付けてくれな」
「ああ、心配かけてすまないな」
やはりあの火柱は見られてたか。とはいえ渡邊さんのところからは森ひとつ隔ててるからはっきりと視認はできていないはず。でも今後フラムが魔法の研究で火を使うようなことがあれば不審に思われる可能性がある。出来るだけ夜には火を使う魔法を使わないでもらうように頼んでおくか。
「そう言えば知ってるか? 宗ちゃんの家のあたりは昔はでかい鳥を見た奴もいるんだよ、死んだ婆さんも見たって言ってたぞ。昔の事だからたぶんワシかタカじゃないかと思うけどな」
「鳥……ねぇ……もしかしたらクジャクあたりかもしれないな。最近野生化したのが多いって聞くし」
「ま、鳥くらいなら問題ないだろうよ。これが熊なら大騒動だけどな」
「注意しておくよ。熊なら茶々が匂いでわかるだろうし」
「そうだな。でも念のために注意は怠るなよ?」
正直言ってその話は初耳だった。親父もお袋もその話をしたことがなかったし、もしかすると知らなかった可能性も……いや、それは無いな。親父だって狩猟と猟銃所持の資格を持ってたんだし、この集落では他に猟銃の資格を持ってる奴がいたという話も聞かない。大型の獣が出たとなれば必ず親父のところに話が来たはず。知らないはずがない。
「そもそも渡邊さんの婆さんって俺らが生まれるより前に死んでるだろ。そんな昔ならオオタカあたりがいてもおかしくないだろ?」
「それがなぁ、当時は婆さんが大騒ぎしてな、あれは鳥じゃねぇって。でもどこ探してもそんなのいなくてな、ボケが進んだせいじゃねぇかって言ってたんだよ」
「そんなデカいやつがいるのかよ。オオタカどころかイヌワシじゃねえのか」
「さあな、昔のことだからな。それよりも火の不始末で山火事なんてのは勘弁してくれよ?」
「ああ、わかったよ」
思いっきり釘を刺された。まさかこの年になって火の取り扱いで小言を言われることになるとは思わなかった……
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「でかい鳥、ね……」
自宅へ戻る車の中、渡邊さんが話していたことを反芻するが、正直なところどう捉えていいのかがわからない。でかい鳥といってすぐに思い浮かぶのは猛禽の類だが、かつてのこの辺りなら頻繁に目撃されていてもおかしくない。だがそういう鳥を見た程度で大騒ぎするようなことか? それとも本当に大きな鳥だったのか?
渡邊さんの婆さんが生きていた頃の話なので、それを確認する方法が無いのは仕方ない。三十年以上も前の話だし、親父もお袋もそんなことは一言も言っていなかったから、見間違いの可能性が高いと思う。痴呆の入った年寄りの言っていたことなので、飛行機あたりと見間違えたのかもしれない。
……いや、いくらなんでもそれはないんじゃないか?
飛行機を鳥と間違えるなんて少なくとも昭和後半に生きた人ならあるはずもない。太平洋戦争を経験しているから米軍の爆撃機はもちろん、日本軍の航空機だって頻繁に飛行していたはず、それを鳥だなんて思いこむほうが不自然だろう。
そもそも『でかい』という表現がどのくらいの大きさなのかがわからない。明確な比較対象がいないので、あくまでも個人の感覚でしかない。小さな魚しか見たことのない者は大ぶりのカツオなどを見て大きいと思うだろうが、巨大なマグロなどを見慣れている者であれば小さいと感じるだろうし、もしかしたら単純に鷲や鷹を見て率直に大きいと感じたのかもしれない。
「そうだよな、そんなことがあるはずないよな」
ふと頭に浮かんだ考えを即座に否定する。今までならこんな考えに至ることなんて絶対に無かったと断言できるが、少なくとも今はそこまで強く否定できない自分がいる。常識という決められた道を大きく外れた存在を容認してしまった俺がいる。
シェリーやフラムの存在は常識では説明できない。そして彼女たちが俺の家にやってきた理由……巨大な翼を持った、彼女たちの世界の覇者の一角。ドラゴンという存在もまた常識では説明できない。
巨大な鳥、と言われて真っ先に頭に浮かんだのがドラゴンについてだった。話を聞けば、やはりアニメやゲームにあるようなドラゴンの造形に近いようで、その強さを語る彼女たちの顔は青ざめていた。そんなものが堂々とこの近辺を飛び回っていたなんて想像したくもない。
だが……もし渡辺さんの婆さんが見たのが本当にドラゴンだったのなら、やはりあの居間に開いた穴から出てきたのだろう。こんな田舎だから空き巣なんて来るはずもなく、昼間は玄関も窓も開け放していることが多い。その隙にあの穴を使っているとしたら……
そんなことがあるはずない、そう願いたい、だが実際にはあるはずのないことが起こっている以上、楽観的な考えは持つべきじゃない。
最悪の場合、銃を使うことになるが、果たしてドラゴンに銃が効くだろうか。散弾銃では難しいかもしれないし、ライフルならどうだろうか。ドラゴンの強さをもっと詳しく知っておく必要がある。
以前なら日中は不在にしていたので危険性も少なかったのかもしれない。だが今は違う。常に家に誰かがいる。そんなときにもし出現したら……
最悪の想定が頭に浮かび、ついアクセルを踏む足に力が籠る。早く家に帰って対策をとらなければならない。何もなければそれでいい、しかし何かが起こってしまってからでは遅いんだ。それで大事なものを失ってしまうなんてことはあってはならないのだから……
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