11.異質
深夜、ベッドから起きだして床の上に置いたままのノートパソコンのスイッチを入れる。今日は初美も早くに寝入り、シェリーは壱号たちと夜の見回りの最中だ。
画面にいつも使っている知識の海への入口が現れ、就寝中のハツミを起こさないように配慮しながら、静かにキーボードを杖で押して必要な文字を入力していく。
「これと……これと……うん、これでいい」
エンターキーを押して数秒、入力した単語についての情報が画面いっぱいに表示される。画面をスクロールさせながら一つ一つ読んでいくけど、どれも私が望んでいるものじゃない。そのどれもがゲームやアニメの類の情報であり、とても食指をそそられるが断腸の思いで次なる情報へと移る。
いつもならここで脱線してアニメの動画サイトに移動しているところだけど、今日はそんなことをする気分じゃない。何故こんな気分になっているのか、それはつい先ほど起こった出来事によるものだ。
ソウイチを護るために破壊したキイロスズメバチの巣の中にいたのは女王蜂。キイロスズメバチという種族にもかかわらず、その大きさは同じ種の女王蜂どころか、もっと巨躯の蜂の女王よりも大きかった。そして明らかに私たちから子供を護ろうという意志を持ち、蛹を庇うようにしながら威嚇した。それだけならまだかろうじて突然変異として片付けていたかもしれない。
あの時、私たちを威嚇してきた女王蜂。あの女王蜂から微かにドラゴンの気配を感じた。おそらくシェリーは気付いていないと思う。そのくらい微かな気配は、ドラゴンがいたという形跡というよりも残滓と表現したほうがしっくりくるかもしれない。だから今こうして調べている。この世界においてのドラゴンについての情報を。
「コモドドラゴン……これは私の求めるドラゴンとは別の生態の生き物だから違う。とすればドラゴンは現存していない?」
いくつもの情報を読むけど、これといって手掛かりになるようなものはない。それでも手掛かりになりそうな情報を求めて探し続ける。どうしてこんなに真剣に調べているのか、それはあの女王蜂の異常さとドラゴンの気配が結びついているような気がしてならないから。
ドラゴンの気配がある、ということはドラゴンの存在があるということ。しかしこの世界に元々ドラゴンが棲息しているのならあのいようなことがあっても不思議じゃない。しかしソウイチはあんなに巨大なスズメバチを見たことが無いという。それはこの世界にはあの気配を持つ竜種が存在しないことを指し示す。
「ジークフリートの伝説? ……なるほど、そういう可能性もあるかもしれない」
目に留まったのは、この世界のとある国の英雄叙事詩の主人公の逸話。悪竜を討伐した際、魔力の籠った血を浴びたために身体が変質して不死となった英雄の話。この世界にまだドラゴンがいるかどうかは分からないが、もしあの蜂が魔力の籠った血、もしくはそれに準ずるものの影響を受けたのなら、あの時感じた気配にも説明がつく。変質したのであれば、あの巨体と凶暴性も納得できる。
「もしかしてミヤマさんも?」
シェリーの従える壱号、弐号、参号、そして私の騎獣のミヤマさん。調べた結果、どちらも本来はあんなに大きくないらしい。でもどうすればあのドラゴンに血を流させることができるのか、それがわからない。ミヤマさんは確かに好戦的なところもあるけど、ドラゴンに血を流させるほどの傷を負わせられるとは考えにくい。
私がこの世界に来る直前に遭遇したドラゴンはあの穴が開くと同時に現れた。そして私が先に穴を使おうとしたことに激昂した。となれば本来ここに来るのはドラゴンだったと考えることは出来ないか。ドラゴンは過去に何度もここに来ており、そして何らかの怪我を負ったドラゴンの体液によりあの蜂や壱号たち、そしてミヤマさんにも変化が起こったと。
「まだ推測でしかないけど、きっとドラゴンは近いうちにここにやってくる……」
ドラゴンの体液を摂取したらどうなるかなんて記録は私が知る限り残っていなかった。そもそも手負いのドラゴンの傍に近づくなど命を捨てるような無謀な行為であり、誰もそんなことを試そうとはしていなかったのだから。
でもそれよりもドラゴンがここに来るかもしれないということの方が優先事項だ。もしあのドラゴンがここに現れたら、あの蜂なんて比べ物にならない被害が出るはず。それだけは絶対に阻止しないといけない。
「もっと色々な情報を得て、魔法を強化しなくては……明日から……」
もっと私の魔法にも磨きをかけて、ドラゴンが来ても問題ないくらいに力をつけなければいけない。そう心に言い聞かせながら、いつものブックマークへとポインターを動かした。そう、明日から本気で頑張る。
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「ふう……」
防護服の後片付けに少々手間取ったせいで、ちょっと遅めの入浴になった。浴槽に身体を預けつつ、今日の出来事を振り返って大きく一息ついた。いつもはスズメバチ駆除は単独ではやらない。渡邊さんたちと共同で行い、最低でも三人以上いた。しかしシェリー達のことが知れるとまずいので一人でやったんだが、まさかあんなことになるとは思わなかった。
正直なところ、命の危険すら感じた。あの猪と対峙した時だってあんな恐怖は無かった。シェリーとフラムがいてくれなかったらと思うと寒気すら感じる。いくらシェリーたちのことを隠さなきゃいけないからといって、独りで対処すべきじゃなかったな。ただ女王が護っていた蛹は羽化が近かったので、誰かに頼んでいたら巣別れしていたかもしれないと考えると対処してよかったのかもしれない。
フラムはあの女王蜂に何かを感じ取っていたみたいだが、それが何なのかは結局触れずじまいだった。もしかすると俺たちには理解できない何かがあるんだろうか。
「ソウイチさん、身体の具合はどうですか?」
突然声をかけられて入口のほうを見れば、風呂場の擦りガラス越しに茶々の姿が見えた。そういえば今はシェリーの見回りの時間だったな。
「どこにも異常らしきものはないな。シェリーも見回りご苦労さん」
「いえ、私にはこのくらいしかできませんから」
「何言ってるんだ、シェリーがいなかったらヤバかった。本当に助かったよ、ありがとう」
「そ、そんな……でも無事で本当に良かったです」
茶々の陰に隠れて姿を見ることは出来ないが、きっといつものようにはにかんだ笑顔を浮かべていることだろう。
「そういえばフラムはどうした?」
「何か調べものがあるとかで……」
「そうか……改めてフラムにもきちんと礼を言わないといけないな」
「はい、きっと喜びますよ。じゃあ私はまだ見回りが残っているので」
「茶々もしっかり頼むぞ」
「ワン!」
ガラス越しに茶々に言えば、当然だとばかりに一声吠えられた。結局あの後バタバタしていたので、まともにフラムにも礼を言えていなかったので、何か彼女の好きなものでも食事のときに追加してやろうか。
結局あの蜂がどうしてあんな変化を見せたのか、原因はわからなかった。あそこまで育ったとすれば、昨日今日のこととは考えにくく、おそらく去年の秋の巣別れの頃まで遡らなければわからないだろう。その頃にはシェリーたちも来ていないので、彼女たちが原因ではないことは明らかだ。
思えばあの猪といい、今回の蜂といい、明らかに尋常ではない行動を取っていた。もっと言えばカブトさんたちだってそうだ。明らかに知能があると思える行動、どう成長すればカブトムシがあんな能力を持つというのか。
だが何があってもきっと乗り越えていけるんじゃないかと思えてくるのは、シェリーやフラムが俺たちのことを家族として受け入れてくれたからだと思う。家族としての信頼関係が出来始めているから、彼女たちも存分に魔法を使おうという気持ちになったのだろう。
「大丈夫……何があっても大丈夫だ……」
若干引っかかるのは女王蜂を仕留めたフラムの何ともいえない表情。だがきっと大丈夫だろう、家族が力を合わせれば対処できるはずだ。
これでこの章は終わりです。次回は閑話の予定です。
読んでいただいてありがとうございます。




