9.合わせ技
「力を合わせるのはいいんだけど、本当に大丈夫なの? 飛行型の魔物には風魔法が効きにくいのはフラムも知ってるでしょ?」
「あいつらは異常な行動をとってはいるけど、基本行動は他のスズメバチと同じ。羽で羽ばたいて空を飛ぶ。飛行型の魔物は羽根や翼に特有の魔力を展開して飛ぶから風魔法を相殺しやすい。でもあいつらの飛行は物理的なもの。ならば魔法で起こした風でも十分に影響を受けるはず」
フラムはあのスズメバチに対して冷静に分析してた。言われてみればあの鉢からは魔法を阻害するような魔力は感じられない。魔族という種族の特性により魔力には敏感なフラムがそう判断してるんだから信憑性は高いと思う。
「まずシェリーに使ってもらいたい魔法がある。それは……」
フラムの説明を黙って聞いている。ううん、黙って聞くことしかできないって言ったほうが正しい。魔法に関する知識は彼女のほうが圧倒的に多いから、私が知らないことも知ってるはず。
「風魔法の『ウィンドストーム』を使ってほしい。威力は強めに設定したものを、ソウイチを中心に」
「それはいいんだけど、ソウイチさんは大丈夫なんでしょうね?」
「心配いらない。『ウィンドストーム』は蜂を討伐する事前段階だから。本命はその後」
なるほど、『ウィンドストーム』で蜂をソウイチさんから引きはがして集めるつもりなのね。これならソウイチさんの無事を最優先に考えることができる。でもその後はどうするんだろう、『ウィンドストーム』自体は攻撃力もそんなに高くないし、空を飛べる蜂なら飛ばされても大きなダメージにならないと思うんだけど。
「蜂をソウイチから引きはがして集めた後、『ファイヤーウォール』を『ウィンドストーム』の中に放つ」
「そう、それなら確実ね……ってそんなことしたらソウイチさんもダメージ受けるじゃないの! 何を考えてるのよ!」
「心配いらない。そこはこの世界の物理法則を利用する」
フラムが自分の考えを説明してくれるけど、実はあまり理解できていなかったりする。パソコンで調べた様々な知識をもとに考えたものらしく、これがうまくいけば新たな魔法とするらしい。でもフラム、うまくいくことが絶対条件だってわかってるわよね?
「大丈夫、私を信じて。ソウイチを助けたい気持ちは私も一緒だから」
「わかったわ」
これ以上ここで話していても状況が好転するわけじゃない。ならすぐに行動しないと。昼間は窓の外からこちらの様子をうかがっていた蜂たちも今はソウイチさんのところに集まってる。つまり今この場には蜂はいない。やるなら今しかない。
「ハツミさん、窓を開けてください!」
「気を付けてね!」
窓が開いて生温かい風が頬を撫でると、ありえない現状に背筋が凍る。倒れているソウイチさんの姿を覆い隠すのはすべて蜂、白い鎧を食い破ろうとさらに集結していて、私たちに気付く様子はない。大丈夫かどうかを確認している余裕もない。
「風よ、我が願いに応えて……」
剣を抜き、体の正面に構えて魔力を通す。いつものゴキブリ討伐で使う魔力量が小さな欠片に感じるくらいの膨大な魔力が剣に宿り、増幅されていく。剣から漏れ出した魔力に反応するように、私の周囲で風が動き始める。
明るい緑色の光を宿した刃はその輝きをさらに増し続け、眩い輝きが剣から解き放たれた時、私の魔法は完成した。つむじ風を起こす魔法『ウィンドストーム』、だけど今放った魔法は私の知るそれとは全く違った。
本来の『ウィンドストーム』は目くらましのようなもの、風の力で砂や枯れ葉を舞わせて敵を攪乱するためのもの。でも今放った魔法はソウイチさんを中心にして猛烈な風が渦を巻く。まるでテレビで見た竜巻のように、ソウイチさんに群がっていた蜂を引きはがし、風の渦へと吸い上げていく。
凄まじい威力だけど、『ウィンドストーム』自体に殺傷能力はほとんどない。魔法が途切れれば、吸い上げられた蜂は再び戻ってくるのは分かり切ってること。だから私の役目はここまで。このまま魔法を維持し続けるだけ。後は……
「頼んだわよ、フラム!」
「任せて」
背後から聞こえる、親友の自信に満ちた声はいつにも増して力強く、とても心強く感じられた。
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シェリーの『ウィンドストーム』が発動した。しかしその威力は私の見立てを遥かに超えていた。シェリーの持つ剣が緑色に輝きを放っているので、あの剣がシェリーの魔力を増幅しているのだろう。そしてソウイチの危機という状況が彼女の魔力を無意識に底上げしているのかもしれない。
でもそれは当然のこと、大事な家族の危機に力を発揮しなくてどうする。シェリーの魔法は瞬く間に蜂をソウイチから引きはがし、次々に風の渦へと吸い上げる。それだけじゃなく、蜂の巣の一部も破壊して中から兵隊たちを吸い上げ続ける。予想していたことではあるけど、ここまで強力なものになるとは……
でもこれで私の描いたものに近づいた。最優先にすべきソウイチの安全はまず確保された。あのまま蜂に群がられていたら何も対処できなかったが、ソウイチの身に危険が及ぶことが無くなれば、後はあの蜂を始末すればいい。
「ソウイチ! 伏せて!」
もしソウイチが立ち上がっていたのなら、計算が狂ってしまう。いや、間違いなくソウイチの身に危険が及ぶ。だからソウイチには伏せていてほしい。そうすればこの魔法ですべてを終わらせられる。
「炎よ、我が意により生まれし炎よ……」
杖を掲げて魔力を流せば、杖と内部に仕込まれた刃、そして宝玉の三つの相乗効果により爆発的に魔力が増幅される。荒れ狂うような魔力の奔流だけど、杖は全く危なげなく制御させてくれる。この杖の秘めたる力の一端を実感する。
ここまで魔力を増幅させるようなアイテムを見たことがない。経験したことのない魔力の増幅に、こんな事態であるにもかかわらず心が高揚する。この杖なら、今なら私の魔道はさらなる高みに行くことができる。
「その力を我が前に示せ『ファイヤーウォール』」
杖の先端から迸る魔力が狙った場所へと飛んでゆく。行き着いた場所は旋風の中心、ソウイチが倒れている少し上の空間。小さな種火のような炎が生まれ、次の瞬間には巨大な炎へと変化する。旋風の中に広がっていく炎は、風によって動きを阻害されて宙を舞っている蜂を次々と飲み込んでゆく。
「フラム! あれじゃソウイチさんにも影響があるでしょ!」
「心配ない、炎も熱も下にはいかない。だからソウイチは安全」
「どうしてわかるのよ!」
「この世界の法則、炎は決して下にはいかない。そして旋風により常に風は上に向かうから熱風もない。そして……さらなる効果は……すぐにわかる」
知識の海で知った情報、炎は下には行かないということと、もう一つの情報によってこの魔法を思いついた。もう一つの情報とは、炎は上に向かって空気の流れを作るということ。炎により上向きの加速をつけられた風はさらに強さを増し、風によって新しい空気を供給され続ける炎もその強さを増す。もうはや旋風そのものが炎となり、天空を駆け上っていくような錯覚さえ覚える。
「す、すごい……これ、シェリーちゃんとフラムちゃんの魔法なの?」
「私もこんな風になるなんて思ってませんでした……」
ハツミとシェリーが信じられないという様子で呟く。それもそのはず、私たちの世界では魔法を重ね掛けするなんて誰もしたことが無いのだから。でもこの世界で知識の海に触れることで、合わせる魔法の種類と合わせ方で様々な変化をもたらすことができると知った。
物事には必ず従わなければならない法則があり、それを利用することで魔法の威力を飛躍的に上げることが出来る。もっともっと研究すれば、より魔道の真理へと近づけるかもしれない。ううん、そんなことより、大事な家族を守るための新たな力を得られるかもしれない。
炎の旋風は飲み込んだ蜂を残さず灰燼へと変え、やがて役目を終えたとばかりに夜の空へ上っていき、やがて消えてなくなった。もう周囲には飛んでいる蜂の気配もない。私は、いや、私たちはソウイチを助けることが出来た。大事な家族を護ることができた。今まで生きてきて、魔法が上手くいってこんなに嬉しく思ったことはない。
「もう蜂はいない、ソウイチのところに行こう」
「うん!」
「茶々、二人を乗せていってあげなさい」
「ワンワン!」
ハツミがチャチャに指示を出して、私たちを背中に乗せると、チャチャは揺れが大きくならないようにゆっくりとソウイチのところへと歩き出した。向かう先ではソウイチが鎧のヘルメットを脱ぎながら身体を起こすのが見えた。よかった、特段大きなダメージを受けてはいないみたいだ。
「ソウイチさん!」
「ソウイチ!」
「シェリー、フラム、お前たちのおかげで助かった。今のは二人がやったんだろ?」
「はい、無我夢中で……」
「私の計算通りだった」
ソウイチが私たちに向かって頭を下げる。でもソウイチの顔には安堵の色は見えない。それどころかまだ何かを警戒しているようだ。蜂も全滅したし、一体何があるというのか?
「悪いがまだ終わりじゃない。肝心なことを残してる」
真剣な表情で言うソウイチ。どうやらまだ戦いは終わっていないらしい。
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