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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
晩夏の蹂躙者
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8.窮地

 雲間から月が照らす中、ソウイチさんが奇妙な鎧を着て蜂の巣に向かっていく。屋根にぶら下がっている巣に届くように、梯子を使って登っていくけど、その体にはあっという間に蜂が群がり始める。


「シェリー、ソウイチは大丈夫だよね?」

「ええ、きっと大丈夫よ」


 ハツミさんの部屋から窓越しに外の様子をうかがう私たち。フラムは無意識のうちに私の手をきつく握りしめていた。それだけこの様子が尋常じゃないことを理解してるという現れだ。


「ソウイチさんは強いんだから」

「それは知ってる。でも……」


 大丈夫だと言い聞かせても、その表情は一向に優れない。でもそれも仕方のないことだと思う。あんな光景は私たちだって見たことがないのだから。


 私たちの世界にも軍隊蜂という凶暴な魔物がいる。大きさは私たちの手のひらくらいの大きさだけど、強力な毒針を武器にして集団で獣を狩ることもある。対処するには生息地を広範囲に焼き払うくらいしか方法はなく、大発生した場合は火魔法の使い手が緊急招集されるくらい危険な魔物だ。


 あのスズメバチという虫はそれ以上に危険だ。大きさだけでも軍隊蜂よりはるかに大きくて、昼間に見たヘビですら餌食になっていた。私たちの何倍もの大きさのヘビですら敵わないんだから、もしあいつらに見つかれば同じ運命を辿ることになる。


「まずいよ、何かおかしい」

「クーン……」


 チャチャさんを抱き上げたハツミさんが不安な表情を隠せないでいる。それを理解したのか、チャチャさんも心細いような声をあげる。何がおかしいの?


「何か気になることでも?」

「さっきお兄ちゃんが煙幕入れたじゃない? 普通ならあれで大人しくなるはずなんだけど、全然勢いが収まらないのはどうしてかなって」

「そういえばそうですね」


 スズメバチは大人しくなるどころか、さっきより勢いを増してるような気がする。ソウイチさんも少し戸惑っているみたいだけど、一体どうしたんだろう。


「エンマクという道具が意味を為してない。蜂たちが犠牲を顧みずに押し出した」

「ちょっと! それってまずいわよ! どうりで蜂が元気なままなはずよ!」

「危険な状況なんですか?」

「危険すぎるわよ!」


 フラムが巣の様子をずっと見ていたらしく、火のついたエンマクを蜂が押し出したなんて信じられない。エンマクは先端が燃えてるから、それに触れれば蜂だって死んでしまうはずなのに。まさか犠牲を伴うような方法を蜂が選んだっていうの?


「やはりあの蜂はおかしい。何か異常をきたしているとしか考えられない」

「でも……だからといって私たちにできることなんて……」

「うそ……落ちた?」


 ハツミさんの呆然とした声。慌てて窓の外を見れば、さっきまで梯子に上っていたソウイチさんの姿がない。よく見れば梯子のそばで仰向けに倒れてた。そして待ちかねたように蜂がその体に群がる。あの鎧のおかげでそう簡単にはダメージを受けないと思うけど、かといってこのままにしておいていいはずがない。


「……お兄ちゃん、何してんの? 何考えてんの?」

「どうしたんですか?」

「殺虫剤を被ろうとしてる。身体についた蜂を取り除こうとしてるんだ……」

「サッチュウザイは毒のはず、そんなことをしたらソウイチの身体は……」

「ただじゃすまないわ。どうしよう、このままじゃ……」


 予想以上に状況は悪い方向に傾いていた。でも私たちに何が出来るの? あの鎧を着たソウイチさんがあんな状態なのに、私たちが出て行ったところで返り討ちに遭うのは目に見えている。チャチャさんが行っても勝てるかどうかわからない。


「シェリー、ソウイチを助けに行こう」

「フラム、私たちには無理だよ……それにソウイチさんが来るなって……」

「シェリー、ソウイチは家族じゃないの?」


 今すぐ助け出したい気持ちはあるけど、あの蜂の恐怖とソウイチさんの「来るな」という言葉が身体を強張らせる。そんな私の心の中を見透かしたかのように、フラムは自分の言葉をぶつけてくる。


「家族を助けに行きたいと思うのは当然のこと。ソウイチは私を家族として受け入れてくれた。なら私は家族としてソウイチを助けに行く。私だけでは無理かもしれないけど、シェリーが手伝ってくれれば出来る」

「え? 私が?」

「そう、私とシェリーが力を合わせてソウイチを助ける。今の私たちになら十分それが出来る」


 私を見るフラムの目には僅かな迷いもない。澄んだ瞳にはソウイチさんを助けるという決意の色が浮かぶ。私の経験上この状態のフラムが間違った選択をしたことがない。あの蜂に対抗できる方法を見つけたとでも言うの?


「フラムちゃん、あの蜂を何とか出来るの?」

「あれは魔物ではなく昆虫、つまりこの世界の物理法則には逆らうことが出来ない。そこを突けば……それにはシェリーの力が必要。精霊の加護を持ち、風魔法に長けたシェリーの力が」

「お願い、シェリーちゃん。お兄ちゃんを助けて!」

「ワンワン!」


 縋るような表情のハツミさんとチャチャさん。思えば二人のこんな表情は見たことがない。それだけ家族であるソウイチさんのことが大事で、とても心配なんだ。大事な家族を助けたいけど、そのための手段がないからこそ、私たちに縋っているんだ。


「わかったわ、フラム。どんな方法でいくの?」

「ハツミに窓を開けてもらう。そして私たちの最大出力の魔法を合わせれば、あいつらを一網打尽にできるはず」


 フラムはソウイチさんの家族として、助けに行くと断言した。でもそれは私も同じ。彼がいてくれなかったら、私たちがこうして再会することも、危険もあるけどそれ以上に充実した生活を送ることなんて出来なかった。なら助けたいと思う気持ちは決して間違ってない。


 ソウイチさんは危険なことをするなって怒るかもしれないけど、私はソウイチさんにも無事でいてほしい。危険なことをしてほしくない。でも……どうしても立ち向かわなきゃいけないことがあるなら、一緒に戦いたかった。力を合わせて解決したかった。


 そして今、彼と共に戦う機会が巡ってきた。なら私たちに出来ることをしよう。フラムがこの世界に来て学んだ知識と私たちの持つ魔法という力を使って、絶対にソウイチさんを助け出して見せる。


 


 

読んでいただいてありがとうございます。

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