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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
晩夏の蹂躙者
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6.準備

 スズメバチの気配に注意しながら、農機具の置いてある納屋から大量の埃が被った段ボール箱をいくつか運び出して玄関の土間に並べた。封を開けてみれば、去年使ったままの状態で箱の中に押し込まれていた。舞い上がる埃に激しく咳込みながら拡げてみれば、防護服の数か所に小さな穴が開いていた。予想通りとはいえ、いきなり出鼻を挫かれて少し凹む。


 他の箱を調べてみると、蜂用の殺虫剤と硫黄成分多めの煙幕があった。殺虫剤と煙幕の残量は十分すぎるほどで、同梱されていた噴霧器も水を入れて試してみたが問題なさそうだった。こいつが故障していたら話にならないところだったが、最悪の事態は回避できたようだ。


 防護服もかなりの年季が入ったもので、穴が開くのも仕方ない。最新式のものを買えればいいんだが、防護服だってそう簡単に買えるような金額じゃない(少なくとも俺にとっては、だが)。旧式なのでヘルメットの前の部分は目の細い金網だし、生地もゴムのように厚くて通気性も最悪、顔が開いていないのでサウナスーツを着て作業するよりもはるかに過酷だ。ともすればこの穴が開いていれば多少の通気性が確保できると思いがちだが、あいつらはこういうところから入り込むので完全にふさがなければ危険だ。


 ガムテープで補強を、とも考えたが破ける可能性も捨てきれないので、アルミテープを使って補強する。穴をふさいでいくとあまりの穴の多さに出来損ないの宇宙服のようになってしまったが、今更どうすることもできないのでこれで我慢しよう。


「ソウイチ、何をしてる?」

「ん? 蜂退治の準備だな」


 上り框に腰かけて防護服を補強していると、杖を持ったフラムがやってきた。どうやらようやく普段のフラムに戻ったようだが、服がさっきまでとは変わっている。さっきまでは体操着だったが、今は黒を基調にしたチャイナ服のようにも見える服の上から黒の外套のような服を着ている。頭には黒のとんがり帽子まであって、杖と相まって絵本や漫画で一般的に描かれる魔女のようだ。


「さっきまでと服が違うな」

「ハツミが作ってくれた。こんな上質な生地のローブは生まれて初めて着た」


 ややはにかみながらも、全体を見せびらかすようにくるりと回って見せるフラム。初美の手製だけあって仕立てはとても良い出来で、フラム自身もとても気に入っているようだ。


「よく似合ってるじゃないか」

「あ、ありがとう」


 魔導士であるフラムにはとてもイメージが合っている服で、素直にとても似合ってると思ったのでそのまま感想を言ったところ、フラムは珍しく動揺しながら感謝の言葉を口にした。


「あまり服を褒められたことが無いから……」

「そ、そうか……」

「ソウイチ、私にも武器が戻った。これでソウイチたちの役に立つことが出来る。今まで大切にしてもらった恩を返すことが出来る」

「そんなことは気にしなくていいんだよ、俺たちがそうしたいからしただけなんだから」


 フラムは気にしているようだが、俺たちはそんなことを全く気にしていない。むしろ初美は自分の趣味を全開にしてストレス解消してるところもあるし、恩を感じるというのは俺たちだって同じだ。シェリー達がいなかったら俺たち兄妹はここまで打ち解けることもなかったと思う。俺と茶々で寂しい田舎暮らしをしていたはずだし、初美だって社畜のような生活のままだったと思う。


「むしろ俺たちが恩返ししたいくらいだよ」

「でも……ソウイチは私を助けてくれた。なのに私は何もできない。そんな自分が許せない」

「ならフラムがやりたいことをやればいい。前にも言ったじゃないか、家族なんだからそんなことは気にすることないって」

「家族……家族……でも私たちは本当の家族じゃない……」

「一つ屋根の下で暮らしてるんだから家族も同じだろ? 遠慮なんかされるほうが困る。だからあまり思い詰めるな、可愛らしさが台無しだぞ」

「可愛らしい……」


 小さいころテレビで見たアニメの魔女っ子といった感じのフラムを見て、懐かしい感じがした。あれは初美がよく見てたアニメだったか、そのキャラクターの特徴をよく再現した可愛らしい服だ。なのにまた俺たちの役に立つとか言い出して、その可愛らしさも台無しじゃないか。


「危険だからくれぐれも外の様子を伺おうなんて考えるなよ」

「あの蜂は危険。ソウイチでも一筋縄じゃいかない」

「ああ、あの数と凶暴さは苦戦するだろうな」

「違う。うまく言えないけど、根本的に何かが違う気がする」

「根本的? あれはキイロスズメバチだろ? それとも違う種類なのか?」

「そういうことじゃない。あれはキイロスズメバチで間違いない。でも何かが違うように感じる」


 スズメバチについては駆除をするために色々調べたが、あれはどう見てもキイロだ。コガタやワモンとは全く異なるし、外来種のツマアカはもっと高い場所に営巣する。そもそもツマアカはまだ日本では対馬でしか繁殖が確認されていないはずだ。一体フラムが何を感じ取っているのかは本人も表現できないようなので知る由も無いが、彼女なりの知識と経験が何かを教えようとしていることだけはわかる。


「ソウイチ、何かあれば遠慮なく頼ってほしい」

「わかったよ、もしもの時は頼むな」


 さすがにあの大群を見れば不安にもなるというものだ。だが俺の不安が彼女の不安を増幅させているのであれば、ここは無理してでも平静を装わなければいけない。大丈夫、スズメバチはキイロはもちろんオオスズメバチも駆除してきてるんだから、いつも通りにやれば問題ない。


 特に今回は幼虫を目的とした生け捕りではなく殲滅を最優先にしなきゃいけない。というよりも生け捕りなんてしている余裕がない。とにかく殺虫剤を使い切る勢いで撒き散らしていけばいい。未だ不安の表情を隠せないフラムの視線を受けながら、決戦の時である夜に向かって防護服の補修に専念した。

 

 大丈夫、いつもと同じだ。いつもやってることを繰り返せばいい。スズメバチ程度で怖がっていて田舎暮らしができるものか。きっちりと駆除して、シェリーたちが安心して暮らせるようにしてやるさ。

 


 

読んでいただいてありがとうございます。

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