3.ルビー
しっかりと握った杖にゆっくりと魔力を通す。魔導士の必需品である杖を使い始めるときに行う儀式のようなもので、これをしなければ自分の魔力との親和性を高められない。
杖に広がる細い血管のような、魔力の通り道を確認しながらの作業。でもこの杖はまるで乾いた大地が雨水を吸収するかのように私の魔力を吸い上げ、全体に浸透させていく。とても魔力との親和性の高い、魔導士にとってはこれ以上ないような杖だ。だからもう……失敗はできない。
杖全体に広がった魔力経路が馴染んだことを確認するように、さらに魔力を流していく。魔力が杖の中を駆け巡り、取り付けられた宝玉に向かって収束していく。本来ならばこの魔力経路を利用して魔法陣を組み上げていくけれど、今は実験段階だから純粋に高めて凝縮させた魔力だけを流していく。
「お願い……このまま……」
宝玉に向かって大きな魔力が流れていく感触が杖を通して伝わってくる。魔力が流れるにつれて宝玉の紅い輝きがより強くなる。そしてその輝きがより一層強くなった瞬間……
「!」
宝玉全体に小さなヒビが入り、そして粉々に砕け散った。理由はわかってる、これは魔力の高まりに宝玉が耐えられなかったせいだ。
「フラム、大丈夫? ケガは無い?」
「私は大丈夫……でも杖が……」
宝玉が爆ぜた衝撃で、杖も使い物にならなくなった。大事な杖を四本も無駄にしてしまった。
「杖くらいまた作ってもらえばいいわよ。それよりもフラムちゃんにケガがないことのほうが重要よ」
「私のほうは問題ない」
「……問題は杖じゃなくて宝玉か。宝玉に適した素材ってどんなものが多いの?」
「あまり人の手が加わっていないものが好んで使われる。以前私が使っていた杖には、最果ての森の奥地で採掘した水晶をそのままつけていた」
「そっか……天然ものがいいのか……」
そう言って考え込んでしまうハツミ。私だって自分の言ったことがどれだけ難しいことかよく理解している。そもそも魔法の概念のない世界で魔法の杖を作るということがどれだけ難しいか。であれば多少の手加減をして、うまくいったふりをするべきじゃなかったのかとも思うけど、それはハツミに対しての侮辱でしかない。ハツミが真剣に向き合ってくれているのなら、私も真摯に向き合うべきだ。
「ちょっと待ってて」
「……わかった」
そう言い残して自分の部屋に戻っていくハツミ。私の杖を作ってくれているというのに、何も貢献できない自分が情けない……
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「確かこの辺にあったはず……あ、あった」
部屋に戻って作業机の引き出しの奥を探すと、お目当てのものが見つかった。最初のボーナスで両親にプレゼントしようと思ってたら、最初のボーナスなんだから自分の記念になるものを買いなさいって言われて買ったんだけど、今この家にフラムちゃんの言っていた条件をクリアできるものはこれしかない。自分の記念に、ということであればフラムちゃんの杖になることは十分に記念になると思う。
こんなものを自分で買うなんて、女としてはどうなんだろうって思わなくもない。アタシと同じくらいの年齢で結婚してる人はたくさんいるし、彼氏からのプレゼントだなんて見せびらかされたこともあった。アイツはそんなものは全然くれなかったけどさ。
まずい、余計な黒歴史を思い出しそうになる前に作業に戻ろう。これならたぶんうまくいくと思うから。
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「これは……今までの宝玉とは比べ物にならない」
戻ってきたハツミが見せてくれた宝玉は、さっきまでの宝玉全部と比べても段違いの順応性があることは、触れるまでもなかった。透き通った紅い宝玉は見ただけでも魔力が渦巻いているのがわかる。ハツミはこれがどれほどすごいことか理解しているの?
こんなのダンジョンの最下層でも稀に発見されるかどうかの代物だ。この宝玉なら私の魔力をどれほど注ぎ込んでも、どれだけ複雑精緻な魔法陣を組み上げようとも、容易く受け止めてくれるだろう。
「じゃあ最後の一本に取り付けるね」
「ハツミ、この杖には何か仕掛けがしてある?」
「やっぱり分かるか……真ん中あたりを持って捻ってみて」
「こう? ……こ、これは!」
ハツミの言う通りに杖の真ん中あたりを握って捻ってみると、杖は真ん中からずれるように動く。そのまま捻り続けると、杖は上下二つに分かれた。そしてそこから現れたのは……妖しい輝きを見せる、独特な模様の浮かび上がった刃。これは杖の下半分を柄にしたショートスピア?
「フラムちゃんだってもしもの時に自衛手段は必要でしょ? ナイフとか取り出す余裕が無い時にどうかなって。ま、これはアタシの発案じゃないんだけどね」
「フラム、この刃は私の剣と同質のものよ。とても魔力の通りがいいの」
「なるほど、この杖に感じた違和感はこれだったのか」
シェリーの剣が魔力を増幅させる力を持ってることは話に聞いていたけど、その剣と同じものが内臓されてるとなれば、この杖も魔力を増幅させる力があるかもしれない。
「仕込み杖なんて時代劇みたいだから、もし駄目だったら叩き返すつもりだったのよ。でもこうやって持ってみると、意外と使い勝手良さそうね」
「発動体を片手に持ちながら、この短槍で牽制もできる。実戦での配慮がなされた素晴らしい杖」
「じゃあこのルビーを取り付けちゃおうか」
ハツミが杖の先端部分に宝玉を取り付けてくれる。最後の一本、これが駄目ならどうしようもないけれど、不思議と今は失敗するイメージが思い浮かばない。神の力により護られた樹から作られた杖、魔力を増幅させる剣、そしてこのルビーという宝玉、この組み合わせがうまくいかないはずがない。もしこれで駄目なら、それは私にこの杖を使う資格が無かったということ。
「よし、これでいいでしょ。試してみて」
「フラム、頑張って」
「大丈夫、任せて」
杖を捧げ持つようにして魔力を流せば、先ほどまでの杖とは段違いの魔力の親和性を強く感じる。抵抗感なく魔力が流れ、あたかも川に水が流れるかのような、それがごく自然な姿であるかのような錯覚さえ覚える。この杖は私が使っていた杖よりもはるかに上位の杖だ。こんな杖を使って失敗なんてするはずがない。
流した魔力が内臓された剣により何倍にも増幅され、ルビーへと流れ込んでいくのがわかる。そしてルビーはそんな魔力の奔流をそのまま受け止める。さっきまでの宝玉なら砕け散っていた魔力量ですら、このルビーにとっては欠片ほどでしかないらしい。増幅した魔力を流し続けているのに、ルビーはうっすらと輝く程度だ。
「どう?」
「まだいける。いけるところまで行く」
ハツミが不安そうに聞いてくるけど、この杖のポテンシャルは私の予想を超えていた。これなら今まで魔法陣を構築することも難しかった高位魔法も使えるかもしれない。
「フラム、その魔法は……」
「大丈夫、この杖なら出来る」
私の魔力の流れから、どんな魔法を組み上げようとしてるのかを察したシェリーが止めようとするけど、ここで止めるつもりはない。むしろこの杖の可能性がどれほどのものかを確かめてみたい。その一念でルビーに流れ込む魔力を使って魔法陣を構築すると、ルビーの赤い輝きが次第に強くなる。
「ハツミさん! 窓を開けてください!」
「わ、わかった!」
ハツミが窓を開けたので、庭にある岩に照準を合わせる。今まで一度も上手くいかなかった魔法だけど、この杖なら出来る。この魔法があればドラゴンにだって負けない。
『フレア・キャノン』
呪文を唱えて杖を翳せば、ルビーの周囲にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。魔法陣は重なり合い、複層式の魔法陣へと変化する。そして幾重にも重なった魔法陣の中心から放たれるのは、目も眩むような輝く赤い光の筋。光はまっすぐに庭に置かれた岩へと当たり、小さく何かが焼けるような音とともに小さな穴を開けた。
出来た。今まで何度も魔法陣構築の段階で止まっていた魔法が出来た。この杖のおかげで私の魔法がまた一歩先に進んだ。
「……今のビームみたいなの、フラムちゃんの魔法なの?」
「たぶんそうだと思いますけど……私も実験段階で失敗してるところしか見た事ないので……」
「ハツミ、ありがとう。この杖のおかげで私の魔法をもっと磨くことができる」
素晴らしい杖、そして膨大な知識、これがあれば私の魔道研究もさらなる高みに行くだろう。これまで実現できずに涙を呑んで封印した魔法だって使えるようになるかもしれない。そう思うと、まるで子供の頃に戻ったかのように心が躍る。ここは自分の夢が叶うおとぎ話の世界のようにすら思えてくる。
これで魔道研究には光明が見えた。後は……アニメを見ながら考えよう。でも勘違いしないでもらいたい、これはあくまで新しい魔法のヒントをつかむためのものであり、決して遊びじゃないのだから……
読んでいただいてありがとうございます。




