2.御神木
「うーん、どうしたもんかな……」
届いた荷物を開けてみると、そこには如何にも魔法使いが使うような杖が五本入っていた。同梱されていた手紙によると、そのうちの一本はかなり趣味の世界に走ったものだという説明が書かれていた。いったいあいつは魔法使いにどういう進化を求めているのか三日くらいかけてじっくり聞き出してやりたい衝動に駆られるけど、今はそれどころじゃない。こいつをどうするのかはアタシの仕上げにかかってるんだから。
というのも、目の前にあるのは杖の部分のみ。アタシがイメージした魔女の詳細は伝えてあるから、それを無視したということじゃない。にもかかわらず、杖だけなのはどうしてか?
回答、発動体となる宝玉まではあいつが準備できなかったから。はい正解。初美ちゃん大正解。
じゃない。そんなことしてる場合じゃない。さすがにこの部分に何を使えばいいのかなんて思い浮かばなかったんだろうということは古くからの付き合いでわかってる。その証拠に、しっかりと杖には宝玉を埋め込むスペースが出来てる。
杖の先が大きく曲げられていて、そこに何かをはめ込むような仕上がり。魔法少女の持つステッキのようなものじゃなくて、魔女の持つような杖。魔法少女っぽいフラムちゃんも見てみたいけど、そこは我慢してまずはきちんとしたものを持ってもらおう。
まずは埋め込む宝玉の部分だけど、およそ5ミリくらいの丸いものが入るようになってるけど……たぶんこのままじゃ無理。少し加工しないとね。
「ハツミさん、何してるんですか?」
「うん、フラムちゃんの杖の仕上げをね」
「本当ですか! フラム、あなたの武器が出来上がるわよ!」
アタシの作業に興味を持ったシェリーちゃんに答えれば、慌てた様子でフラムちゃんを呼びに行く。当のフラムちゃんは上掛けに包まった状態で、元気がない様子でノートパソコンでアニメ動画を見てた。
「ハツミ、杖が出来るって本当?」
「うん、最後の調整もあるからフラムちゃんも手伝ってね」
「わかった、なんでも言ってほしい」
さっきまでの暗い表情が一瞬で消えて、その瞳に期待の色を浮かべている。そんな顔で何でもなんて言われたら、良からぬお願いしちゃいそうなアタシがいる。ダメ、それ絶対ダメ。こっちだってクリエイター、喜んでもらえるものを作るまでは自分の欲望はお預け。
「まずは手に取ってみて。しっくりくるものじゃないと、いざという時に自分のことを守れないからね」
「わかった」
フラムちゃんの前に五本の杖を並べると、真剣な表情で一本ずつ手に取って確かめている。普段見せない鋭い目つきは、やはり彼女が数々の危機的状況を潜り抜けてきた猛者だと再認識させる。
「これは……どの杖も魔力の通りがいい。かなら由緒ある樹を使ってる?」
「かなり古い神社の御神木を使ってるらしいわよ。もちろん無断で切ったわけじゃなくて、一昨年の台風で折れたものを譲ってもらったって言ってた。二年間の乾燥を経てるから、歪みも少ないはずだって」
「御神木って神社にある樹ですよね?」
「神を祀る場所……言わば神殿の守護樹。ならばここまで魔力の親和性が高いのも頷けるけど……この一本だけは魔力の通り方が少し違う?」
「あー、それはね、ちょっと細工してあるんだ。どんな細工かは後で教えるから。それでどう? 手にした感触は?」
特殊な細工がしてあるであろう一本を手に取って軽く振り回したり、何かを確かめるように額を押し付けたりしてるフラムちゃん。
「問題ない。というよりもここまで優れた素材はそう簡単に手に入らない」
「良かった。あとは宝玉だね」
使えそうなものはいくつか用意したけど、さらに厳選して絞った……つもりだったんだけど、宝玉の代用にするものを見せたら、早々にダメ出しが入った。
「これとこれは駄目、それからこれも駄目。魔力そのものが通らないから発動体には適さない」
「そっか、やっぱり作り物は駄目なんだね」
フラムちゃんが弾いたのは、樹脂製のものとガラス製のもの。どちらも透明だけど、やっぱり人工物だと使えないみたい。となると残ったのは……
「この四つだけか……人工宝石ばかりだね」
残ったのは人工宝石のルビー。元々は天然宝石の粉を溶かして冷やしたものだからお眼鏡に適ったのかな。さて、ここからはかなり地味な作業だ。
用意したのは小型のコンロと小鍋に入ったお湯、そして小さな万力と膠の接着剤。杖の先端、輪になっている部分は宝玉をそのままはめ込むには輪が小さい。だから湯気に当てて柔らかくしたところで強引に拡げて宝玉をはめこむ。膠の接着剤は補強のための接着に使う。
万力で固定しつつ、湯気を当てて柔らかくなったのを確認してから、少しずつ輪を広げていく。そして宝玉が嵌め込める大きさになったところで宝玉をはめ、密接部分に膠を流し込んでから冷風で冷やす。アタシたちにとってはかなり強度に不安が残る膠だけど、フラムちゃんが使う分には問題ないよね。後は接合部分を膠で補強して……でも補強部分ができるだけ目立たないように……
決して派手ではないし、ゆっくりとした作業が続く。そんなアタシの姿をじっと見つめるシェリーちゃんとフラムちゃん。あまりこういう作業をしているところを見せたくはないんだけど、火を使う作業だから精密機械の多いアタシの部屋じゃできないから仕方ない。
一本ずつ慎重に人工ルビーをはめ込んでいく。これは決してフィギュア用じゃなく、実戦で使われるもの。いつもできるだけ本物に近づけるように作ってるけど、これはまぎれもなく本物になる。私の仕上げた武器にフラムちゃんの命がかかる。そう思うと慎重に慎重をいくら重ねてもやりすぎということはないはず。
こうして四本の杖が出来上がった。外見はアタシの想像どおりのものが出来上がったけど、外見だけじゃ意味がない。そして後は実地訓練を残すのみ、フラムちゃんに実際に魔法を使ってもらおう。
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