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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
真紅の侵略者
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10.実食

「ソウイチさん、もう食べられる頃ですよね?」

「もう三日経った、早く料理しよう」


 裏の流し場に置かれたタライの中でひしめき合うザリガニ。井戸水で絶食と泥抜きをしたせいか、鮮やかな赤色に変化したザリガニを見ながら、もう待ちきれないとばかりに催促してくるシェリーとフラム。三日間はこうして流水に晒してやらないといけないと何度も説明したにもかかわらず、毎日眺めて催促してきた。


「デビルクラブってとても美味しいんですよ」

「討伐した者にのみ味わうことを許される禁断の味」


 どうやら彼女たちの世界にいるザリガニらしき生き物はとても美味しいらしい。アメリカザリガニの味は確かだし、北海道などで最近猛烈な勢いで増殖しているウチダザリガニもとても美味らしいので、同類の生き物が美味いのも理解できる。


「いい感じだな。じゃあ料理するか」


 簡易コンロを持ち出して大鍋を乗せると、ザリガニを放り込んで大量の酒を振りかける。かなり大雑把な酒蒸しといった感じだが、あくまでこれは下拵えであって料理じゃない。とはいえ途中で味見という名のつまみ食いはするつもりだが。


 俺の個人的な見解ではあるが、海老や蟹の類は茹でるよりも蒸すほうが美味いと思っている。茹でると肉の旨みがお湯に流れ出てしまうからだと考えているが、実際に細かく調べたわけじゃないので断言はできないが。


 淡水の生き物なので、寄生虫を死滅させるためにも若干長めに蒸し上げる。蓋を開ければ海老に酷似したいい香りが鼻腔をくすぐる。既にザリガニはこれでもかと言わんばかりに真っ赤に変化している。


「とりあえず味見……うん、美味い」


 小さめのものを一尾、味見と称して食べてみる。殻を剥いた身は海老そのもので、何も言われずに出されたら海老だと信じてしまうかもしれない。若干の臭みが残っているようにも感じられるが、そのあたりは料理でカバーするとしよう。


「はふはふ……美味しい……」

「これはデビルクラブよりも上かもしれない」


 小さくちぎった身を手渡すと、その味に納得してくれたようだ。だがこんなもので満足してもらっては困る。鍋ごと台所に持ち込み、殻を剥いて身を細かくほぐす。この時にしっかりと背ワタの部分は取り除いておくのが大事だ。


 細かく刻んだ玉ねぎと人参と混ぜたら、作り置きしておいたベシャメルソースと混ぜ、チーズとスライスした茹で卵を乗せてオーブンで焼けば、ザリガニのグラタンの完成だ。


 だが今回はこれだけじゃ終わらない。ベシャメルソースにザリガニ、玉ねぎ、人参、ピーマンを刻んだものを混ぜて冷蔵庫で冷やし、固くなったところで衣をつけて揚げる。これでザリガニのクリームコロッケの出来上がりだ。

 どちらもミルクの味が強い料理だが、ミルクはザリガニの生臭さを消すために使った。入れた野菜も香りの強いものにして生臭さを抑える補助をさせている。


「うわー、懐かしい。お母さんが作ってくれたよね」


 匂いにつられて台所にやってきた初美が懐かしそうな顔をする。子供の頃にこんな料理が出てくれば、ご馳走以外の何物でもないだろう。特に貧しかった我が家では、ザリガニが捕れる季節だけのお楽しみだった。さらにはエビチリならぬザリチリにザリフライ

などを追加し、使いきれなかった分は冷凍して保存しておく。正直言って簡単に食べきれるような量じゃなかった。



「これがソウイチさんのお母様の料理……」

「素晴らしすぎて食べる手が止まらない」


 夕食時の皆の反応は上々だった。自分でもかなりいい具合に出来たものだと感心してしまう。一人暮らしの時は料理をすることは義務であり、何の感情もなく栄養補給のためだと完全に割り切っていたが、今は食べてもらえるのがとても嬉しい。できることなら初美にも花嫁修業の一環として手伝ってほしかったんだが、あいつはあいつなりに忙しいので無理強いすることできないしな。



**********



「ソウイチ、これが本当に植物に良いの?」

「ああ、これを混ぜておけば、土が良い方向に傾いてくれるはずだ」


 フラムとシェリーが見ている前で、細かくすり潰したザリガニの殻を畑の土に混ぜ込んでいく。


「こうすれば微生物が活発化する。それが巡り巡って植物の生育に良い結果をもたらすんだ」

「こういう考え方は私たちの世界にはありませんでした」

「うん、とても興味深い」


 フラムに彼女たちの世界の農業について聞けば、野菜は魔力を与えて育てるそうだ。考え方としては、即効性のある化成肥料のような使い方なのかもしれない。とするとこのザリガニの殻は有機肥料だ。ミネラルたっぷりで、作物を丈夫にさせてくれる。カニ殻を肥料に使う農家も多いが、元手がかからないのがとても良い。


 初美の思い付きが実現した水遊びではあったが、とりあえず皆堪能したようで何よりだ。ただ、シェリーとフラムが頻繁にザリガニ釣りをせがむようになってしまった。どうやらザリガニの味がお気に召したようで、フラムは殻を使って魔法の研究をしているらしい。あまり危険なことは慎んでほしいが、研究に熱中した時のフラムにはいくら注意しても耳に入らない。


「まぁいいか……」


 自分自身に言い聞かせるようにしながら、スマートフォンの画面に目を向ける。他人には絶対に見せることのできない、とても大事な写真が待ち受けになっている。シェリーとフラムが茶々と一緒に水遊びしている写真は、きっと俺の大事なものの一つになっていくんだろう。

ザリガニは寄生虫がいることが多いので、完全に加熱してから食べましょう。そしてその辺の側溝にいるザリガニは食べるのは危険です。流通している食用のザリガニは水のきれいな場所にいるものをさらに清水で飼育、泥吐きさせたものです。


この章はこれで終わりです。次回は閑話となります。


読んでいただいてありがとうございます。



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