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巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者  作者: 黒六
真紅の侵略者
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5.秘密の

「お兄ちゃーん、準備できたー?」

「ワンワン!」


 玄関から初美と茶々の催促する声が聞こえてくる。今日は朝から夏の日差しが照り付け、水遊びにはうってつけということで急遽行くことになったので、早朝から弁当作りに奔走する羽目になった。といっても大したものを作った訳ではなく、あくまでもある材料で作っただけだが。


 弁当と飲み物を氷とともにクーラーボックスに詰め込み、身支度を整えて玄関に向かえば既に皆が待っていた。初美は珍しくジーンズに薄手の長そでシャツという格好で、いつもの半袖ハーフパンツ姿でないことに安心した。よく漫画で見られる半袖ハーフパンツの探検家の描写だが、肌を露出させると虫や植物にかぶれたり、蛭にやられたりする。都会に染まったかと思っていたが、やはりそこは山育ちの基本知識を忘れていないということか。


「ソウイチさん、お手伝いできなくてすみません」

「ソウイチ、今日の昼食を楽しみにしている」


 初美の肩には既に身支度を整えたシェリーとフラムがいる。シェリーは長めの薄いグリーンの長袖ワンピースに麦わら帽子のような帽子を、フラムはブルーデニムっぽい生地のオーバーオールにレモン色のTシャツっぽい服、黒のキャップをかぶっている。シェリーはバカンスに向かう女の子、フラムは夏休みに街に遊びに行く子供のような印象だ。


「ど、どうですか? 似合ってますか?」

「ああ、似合ってるよ」


 薄いグリーンの服にかかる、腰まである長い金髪が夏の日差しに輝いている。まるでおとぎ話の中から飛び出してきた妖精のように可愛らしく見える。まぁ存在そのものがおとぎ話のようなものだが。


「ソウイチ、私に見惚れるのは必然。やはりこのような服では私の魅力を封じることはできない」

「あ、ああ、似合ってるよ……」


 フラムはやはり髪の毛を見せたくないらしく、まとめてキャップに隠している。どのあたりが封じきれない魅力なのかを聞きたいところだが、たぶんそれを口に出すのは悪手だろう。決して男の子みたいだなんて言ってはいけない。


 それにしても初美の裁縫の技術は我が妹ながら卓越というレベルを軽く超えている。こんなに小さい服なのに縫い目が全くといっていいほど見当たらない。好きこそ物の上手なれ、とはよく言ったものだが、本人はこれを大きな商売にするつもりは無いらしい。やっても年数回のイベントで十数体のフィギュアを売るくらいにとどめるつもりのようだ。


「早く行こうよ、暑くならないうちに」

「ああ、わかった」


 重たいクーラーボックスを担いで家の鍵をかけると、初美と茶々を先導するように山へと分け入る。ちなみに俺の格好はいつもの作業着だ。先陣切って山に入る以上、完全防備で万が一に備えないといけない。まぁ早い話がマムシやらヒルやら毒虫やらの攻撃を身体を張って防ぐってことだ。だからという訳じゃないが、足は分厚いゴム長だ。これならもしマムシを踏んで噛みつかれても毒牙が貫通することはない……はずだ。




**********




 山の中の獣道を進むこと十数分、藪を鉈で切り払いながら進むとやがて少し木々が開けた場所に出た。鬱蒼な森の中でそこだけ木々が開けていて、そこを小さな沢が流れている。大雨の時には周囲の用水路から水が流れ込むこともあるが、基本的には山の湧き水が源流の綺麗な沢だ。


「久しぶりに来たけど、変わってないな」

「うん、あの大岩に座って一緒にスイカ食べたよね」


 思えば両親が農作業で忙しい盛夏には、二人でここに来て水遊びしたものだった。くるぶし程度の浅い沢なので泳ぐとまではいかなかったが、それでも清水に足を浸しているだけでも十分涼しく、小魚を追いかけたり沢蟹をとったりしたものだ。そして腹が減れば家から持ってきたスイカを冷やして食べたりしていた。おそらく初美の脳裏にもあの頃の懐かしい光景が甦っていることだろう。


「とても綺麗な場所ですね、森の木々も元気です」

「私たちのいた森にちょっとだけ雰囲気が似てる」

「うん、そうだね……この世界にもこんな場所があったんだ……」


 シェリーとフラムが感慨深げに話している。元の世界の森に似ているかどうかはわからないが、この辺りは広葉樹が多いので土も腐葉土で良い状態だ。適度に陽光が差し込むので木々の生育も順調で、手入れのされていない森にありがちな得体の知れない蔓草が蔓延ることもない。言うなれば俺たちだけの秘密の遊び場だ。


 幸いなことに、一番山奥がうちなので誰かが入ってくることはない。山菜取りの人たちもうちより里に近い山へと入るくらいだからここを使っていたのは俺たちだけということになる。冬の間に間伐のために来ることはあるが、夏のうちに来るのは大人になってから初めてだな。


 木漏れ日が幾条もの光の帯となって降り注ぐ幻想的な光景にしばし見入っていると、初美たちは遊ぶ準備にとりかかっていた。大岩の陰に隠れて何やらやっているが……


「お兄ちゃんはこっち来ないでね。茶々、護衛よろしく」

「ワンワン!」

「……楽しみにしててね」


 岩陰に向かってしゃがみこむ初美の背中をガードするように吠える茶々。何をしているのかは粗方想像できるが……初美、楽しみにしてろとはどういう意味だ? 


 


 

読んでいただいてありがとうございます。

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