019-神隠
自ら請け負った作業は予想以上に骨が折れるらしい。まずはこれ、つぎはこれ……と、やるべきことが山積みのようになっていた。
ハンナはブロンドの短髪を揺らしながら、ギルドの廊下ですたすたと歩みを進めていた。腕にはいくつかの資料を束ねたものを抱え、ひとつ、はぁとため息を吐く。
(ああは言ったものの、やっぱり内密に調査をすると言うのは大変ですね……)
現在はギルド内の兵士団室に向かっているのだが、どうも気分が落ち着かない。兵士団はこの街の治安を守るべく国によって立ち上げられた組織であり、この国の規範になるべき組織なのだ。
まったく緊張で少しばかり額に汗をかきそうだ。何しろ今から、その組織を疑いに向かうと言うのだから仕方ないだろう。いくらギルドマスターの秘書官たる彼女でも、こんなかまかけのような行動には慣れていない。
自らの精神を落ち着かせるべく、ハンナは再度深呼吸をした。
兵士団室の扉の前に立つ。
兵士団をあらわす盾と月桂樹を象った紋章がでかでかと彫られた鉄の扉。取っ手はなめし皮が張られてどこかしら高級感が漂っていた。
この先への不安から固唾を呑み、ハンナはそれを握る。しかめ面を作りしばし沈黙してから思い切ってそれを下ろした。
ガチャリ。
音が響く。
「失礼します」
真面目顔を作り真剣の眼差しを向けながら、ハッキリと言った。
途端、もともとあまり騒々しかったわけでもないが一室の空気が静まり返る。それもそのはず、それなりに真面目で通ってきた連中だ、連絡もなしに突然部屋の中に秘書官が入ってくれば、それは驚くだろう。
しばし困惑の笑みがこぼれるが、兵士団長のアイザックが部屋の奥から顔を見せると、ハンナもすぐさまお辞儀をして声を発した。
「アイザックさんに少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
アイザックのほうも何かしら訳ありだ、と言うことを察してか、それにすぐ了承する。二人は場所を変えようと言うことで、兵士団室を出て、近くのホールに向かった。
軽いテーブルが備え付けられた空間で、椅子が三つほど置いてある。底に向かい合うようにして二人は座り、しばらくして噴出した。
「っああ悪い、久しぶりにあったかと思ったら相当真面目そうにしてるからつい」
「ごめん、私もそう。アっくんがあまりにも真顔だからおかしくて」
「失礼なやつだな」
「お互い様、でしょ?」
「そうだな」
しばらく二人はけらけらと笑いあうと、少し落ち着き話を始めた。
「それにしても久しぶりだな。同じ街にいはするが、どちらも仕事が忙しくて会う機会なんてないからな」
「そうね。最後にあったのは……誕生際のときかしら」
「まぁ……そうだな」
少し宙を見ながらアイザックは相槌を打つ。
この二人、ハンナとアイザックは小さいころからの友人、つまりは幼馴染なのだ。といっても、お互い腐れ縁だと言う。そういう仲なのだ。しかし今回は遊びに来たわけではない。二人ももう無邪気な子供ではないので、その辺りはよく分かっているつもりだ。ハンナはス来い話し終えると、すぐさま本題に移す。
「それで、今日の件なんだかけど……」
「ああ、そうだな。聞かせてくれ」
アイザックもハンナの様子から何か感じ取ったのか、黙って話を聞く姿勢に入る。
「うん。……その、最近、と言うか、迷宮探索に行ってから、兵士団で何か変わったことはない? もしくは……そのあまり言いづらいことじゃないんだけど、あの時、何か気になることはなかった?」
やや俯き気味でハンナは言葉を並べた。アイザックも《あの時》と言う言葉で顔色を変える。あの時とはつまり、迷宮攻略のときのことだ。アイザックは後衛職として、精鋭部隊に参加していたのだ。
「そう質問するって事は、あの迷宮で何かがあったって事だな?」
「…………」
あくまで情報は内密。しかし、ハンナの沈黙は要するにその答えを示していた。
「なるほど。ナーちゃんは相変わらず分かりやすいな。あの少年達の件だろ? 今朝報告があった。二人の子供がフェンスを飛び越え迷宮内に入って行った、てさ」
「知ってたのね」
「まぁ、これでも兵士団長なもんでね」
「食えないわね」
「よく言われるよ」
ははは、と軽く笑ってから、アイザックは続けた。
「残念だけど、協力できそうにない。最近は疲弊しきっていて、あまり活動についての話を聞かないんだ。それに――」
アイザックはちらりと窓の方へと首を傾ける。街ではパレードのときの黄色い旗が畳まれていた。
「今は街の事で手一杯だ。迷宮内に進んで入ろうなんて物好きは、俺の団にはいないよ」
それを聞いて、ハンナは少しほっとしていた。椅子を立ち、しばらく歩いてから備え付けの水道で水を汲み、テーブルの上に並べる。軽く口に含み、ほっと一息。
「よかった、そう言ってくれて。なんかいろいろ資料とか持ってきちゃったけど、必要なかったみたいね」
「はははっ、ナーちゃんは昔から心配性だからなぁ」
それはまるで子供のころに戻ったようなひと時だった。無邪気に野原を駆け回った、古きよきあの日に。
+++
人口密度のやたら高い集会通りはあらかた見て回った。
疲労の所為か軽く欠伸をして空を見やる。太陽はもうじき天頂にたどり着くだろうか。しかし腹の虫もなりこのままだと少しは止めの昼食となるであろう。
アルスの本日の昼食はまだ決まっていないので、シエラと共にパン屋フラッタで食事を取ることも考えられるが、いまはそれより――
「シエラ、とりあえず一段落したことだし……聞かせてくれ! 君達の話を!」
フィーに対する疑問が一気に爆発、アルスは詰め寄るようにしてシエラに言葉を投げた。それに対しシエラは一歩後ずさると、えーと……と視線をそらす。その視線がフィーに向けられていることはアルスにも分かった。真実がどうかは知らないが、ここだと少々話しにくいらしい。アルスはそう理解すると、彼女の手をとり、歩きだした。
「え、ちょ、どこ行くの?」
「フラッタ。あそこなら話しやすいだろ? 腹も減ったしさ」
「そ、そう……」
あまり納得できないなか、シエラは腕をとられて歩いていく。アルスとの歩幅の差に戸惑いつつも、なんとかついていく。
すると唐突にアルスは立ち止まり、宙を指差した。
「シエラ、アレ何?」
黄色い布地を指差し、アルスは訊いた。
「あれ? ああ、パレードの旗よ。始まりと同時に出すんだけど、もう終わったから畳んでるのね」
「へぇー……」
本気で興味を持っているアルス。シエラはそんな彼の横顔に少しばかり微笑む。
「ほら、早くお店行くんでしょ? 連れてってよ」
「ああ、そうだな。行こう」
無駄にはしゃぎながらアルスは歩き出した。彼の好奇心は留まるところを知らず、シエラも苦笑する。
パン屋はフラッタは商業通り、集会通りの向かい側だから、到着するには少し時間がかかるだろう――。
――それから数刻。午前十一時。
パン屋フラッタ二階のシエラの部屋にて、クロワッサンやドーナツなど、様々な種類のパンを口にしていた。
「それで、フィーだけど、結局は何なの?」
「精霊よ?」
「だからその……精霊?」
「そう、精霊」
「…………」
淡々と並べられたその言葉に、アルスは納得がいかない。
少しばかり話も聞いたが、シエラから告げられるのは共に過ごした日々のことのみ。フィーとであった出来事や、それについての詳細はまったく述べなかった。と言うより、知らなかったのだ。
そうなると、ますます不思議になる。であったときの記憶もないのに関わらず、まるで初めからそこにあったかのように対応し、またシエラにしか見えることなく、詳細も謎。アルスの頭の中で何かが引っかかっていた。出てきそうだが出てこない。何かを忘れている気がするのだ。
「なんだかなぁ」
現状に苦笑し、アルスはパンをちぎって口に含む。バターロールの風味が口の中に広がり、油の旨みが染み出す。最後にお茶で流し込み、ほっと一息。
「まぁ、分からないことは仕方ないか。他に何か分かればいいんだけどな」
好奇心からか何からか、そんな事を言う。
そんなアルスにシエラはじっとりとした目で見つめる。無言の訴えだ。それを知ってか知らずかアルスは席を立つと、窓から外を眺める。
「もう昼だな」
時刻はすでに午後十二時半を回っている。太陽光は街を真上から照らし、その陽光によって室内は明るく照らされていた。壁が白を基調とした家などは、まぶしくて目を向けられない。
「そうね……」
二人して窓の外を眺める。このあと午後はここ商業通りの調査だ。集会通りと比べるとおそらく楽になるだろうが、大変なことに変わりはない。
シエラに撫でられながら、依然パンを食べながらぷかぷかと浮かび続けるフィーには、その苦労は分からないだろう。
+++
――翌日。
アルスは朝早いうちにパン屋フラッタを訪れていた。と言うのも、朝宿屋で寝ているところをフィーに起こされ、向かったのだ。
聞くところによると、事件、らしい。それも、怪事件だという。
店には先にハンナも来ていて、これで事を知る面々が揃った。
「シエラっ! なにがあった?!」
飛びあがるようにして彼女に尋ねる。しかしシエラは怪訝そうな顔をしてすっと指をさす。アルスもその指先を見やると、絶句した。
そこには目測半径一メートルほどの大きな丸い大穴が開いていた。フラッタの壁だけでなく、その奥の家までその穴は続いている。向こうの家は家具すらも完全に消失していて、人が生活していたあとはまるで見当たらない。
「これよ。原因がまったく分からないわ」
「確かにこれは……わからないな」
「そうですね……」
それぞれ顔を見合わせながら、目の前の出来事に首をかしげる。
「でも、隣の家にはもともと誰も住んでいなかったようですし、被害が出なかったのは良かったですね」
「そうですね」
ほっとした表情で、シエラとハンナはコクコクと頷きあう。しかし、その様子を一人訝しげに見るものがいた。アルスだ。彼は、今のやり取りを不振に思わずに入られなかった。なぜなら、彼は納得していないからだ。
「本当に、そこの家って無人でしたっけ?」
たまらず疑問を投げかける。だが、
「なに言ってんのよ? 当たり前じゃない? 昨日誰かいた?」
「う、うーん……」
シエラに問いただされ、自分が間違っているように感じてくるアルス。しかし、どうにも何か引っかかるのだ。何かを忘れているような、見落としているような。確か、この隣の店は布地屋を営んでいたと思ったのだが、気の所為だったろうか。アルスはそう思わずにはいられない。それを見かねて、ハンナが更に言葉を付け足す。
「アルスさん、この街のどの資料を見ても、このお隣に人がいたという記録はありませんよ」
キッパリとしたその言葉には、妙に説得力があった。
その所為か、これ以上アルスが食い下がることなく、言葉をきる。
(そういえば、フィーがいないな……)
いつの間にか親しくなっていた精霊の不在を考えながら、午前は過ぎていった。
終わりが見えてきてはいるんですが、どうも思ったようにはいかなそうです;




