第二章3
第二章 突然、やって来た転校生3
俺は宅配で取ったピザを食べると自室のベッドで横になっていた。久しぶりのピザは味気なく、それが何だか空しさを誘う。
ちなみにレファナートも俺と同じピザだったが、食べている最中に不味い料理ねと文句ばかり口にした。
どうやら、レファナートにはピザの味は合わなかったらしい。ま、ピザが嫌いだなんて言う人間は初めて見たけど。
とにかく、俺も誰のせいでこんなことになったんだと憤る。
レファナートさえいなければ今頃、レスティーの家で美味しいコロッケが食べられただろうに。
特にクリームコロッケには未練たっぷりだ。
あと、レファナートは現在、俺の母親の部屋を使っている。彼女もモダンな造りをしている俺の家は気に入ったようだ。
俺はベッドに仰向けになりながら天井を穴が開くほど見詰める。それにしても今日はとにかく気疲れするようなことが多かった。
これから先、どうなるんだろうと不安になるが、結局のところはなるようにしかならないのだろう。
こんな運命を押しつけた神がいたら、不満をぶちまけてやりたいところだ。
(心を強く持つのだ、テッド)
不意に頭の中から聞こえてきたのはアグナスの声だった。ようやく、アグナスと話すことができる。
(そうは言っても、俺にできることなんてないよ。なのに、レファナートの奴は自分の都合ばかりを平気で押しつけてくるし)
俺は弱々しい声で言った。
(彼女の非礼については私が詫びよう。だが、お前もグリフォンを倒した時のことを思い出すのだ。あの時の力が発揮できればレヴァナーグの剣も扱えるし、そうなれば勝てぬ敵などいない)
アグナスは自信に満ちた声で言った。
(そう思いたいところだけど、相手はグリフォンのようなモンスターじゃなくて、もっと恐ろしい魔王や邪神なんだろ。正直、全く勝てる気はしないね)
(まあ、今の段階では私の力を実感できないのも無理はない。とはいえ、いずれはお前も王の魂が持つ力を思い知ることになる。かつて私が取り憑いていた者たちのようにな)
アグナスの声には経験に裏打ちされたものがあった。それから、アグナスは温和な声で、言葉を続ける。
(故に今は焦らずとも良い。もし、それでも不安になるようなら、いつでも私に話しかけるのだ。そうすればお前の欲している答えを与えよう)
アグナスならどんな時でも俺の心に理解を示してくれるか。
(そっか。レファナートも戦い方を覚えて貰うって言ってたし、俺に見込みがあるかどうかは見極められるはずだよな)
(そうだな。だが、私はお前のことを信頼している。だから、彼女を落胆させるような結果にはならないだろうよ)
アグナスのその言葉には俺も幾らか勇気づけられた。
(ま、頑張ってみるよ)
(その意気だ)
アグナスは小気味よいテンポで言葉を返す。
(でも、もしザナルカダスを倒したら俺はどうなるんだ?まさかアグナスは一生、俺の体に取り憑き続けるつもりじゃないよな)
と、俺は恐怖にも似た感情を抱いたが、案外、それも悪くないかもしれないと思い直した。
(お前にアグナスティア王国の国王になってくれと言うのは無理な話しだろう。どうやら、この世界での生活はお前にとってかけがえのない物のようだからな)
(まあね。俺には俺の人生がある。それに王様なんて俺の柄じゃない。第一、俺のような奴が王様じゃ国民が納得しないだろ)
国王の座に戻りたければ、アグナスには別の人間に取り憑いて貰わないと。
(分かっている。私としてもルシアス王の一件は一つの転機だと思ってはいるのだ)
アグナスは少し寂しげな口調で言った。
(どういうこと?)
(私の存在はもう国にとって必要ではないのかもしれない。やり方はどうあれルシアス王はそれを証明して見せたわけだからな。だからこそ、私もいつまでも国の在り方に口を挟むべきではないと思えるのだ)
アグナスは実直ともいえる口調で言った。
(そうかな。現にアグナスは今も必死に国を救おうとしているし、そのお前がいなくなることはアグナスティア王国にとって大きな損失になるんじゃないのか?)
(それは分かっている)
そう答えた、アグナスの声は暗い湖の底を思い起こさせた。
(だったら、アグナスも自分がいなくなったら、みんなが困るということを自覚しないと。どういう形にせよ、アグナスは長い間、国を支えてきたんだし、その辺は誰よりも知悉しているはずだろ)
現に今の国王は邪神の力を借りて、国を支えているわけだし。
(かもしれん)
アグナスは言葉、少なめに言った。
(なら、一人で思い込まずにもう少し周りの人と相談してみろよ。そうすればもっと違う見方もできるかもしれないぞ)
俺は忌憚のない意見を言った。もっとも、周りに人がいないから、アグナスも困り果てているんだろうが。
(そうだな。お前の言葉はどこまでも正しい。だが、例えどんな結果が待っているにせよ、生きている人間が住む国は生きている人間が治めるべきだと私は考えてしまうのだよ)
その言葉には芯の強さがあり、続けて発された言葉には諦観の念があった。
(私のような亡霊にも等しい存在が国の政治に関わるのは、これからのことを考えれば良い結果には繋がらないだろうからな)
亡霊って言うのは、自分を卑下しすぎじゃないのか。
(そうか。もしかしたら、国王が国を治めるという仕組みそのものが、もう古いのかもしれないな。それは俺の世界の歴史が証明しているし)
民主的な政治が今のアグナスティア王国に求められているのかもしれないな。
(ああ。いずれにせよアグナスティア王国は私という存在から自立するべきなのだ。そのことを私もお前の世界の人々に教えられた)
アグナスの威厳を感じさせる声に俺もさすが国王だと感銘する。
(なるほどね。アグナスにとってアグナスティア王国は子供のようなものだけど、子供はいつか成長して親の元から離れるものだからな)
俺は頑ななアグナスの心を汲み取るように言った。
(その通りだ。だが、今はザナルカダスから国を救うことだけを考えよう。そうすれば自ずと見えてくるものもある)
アグナスは来るべきザナルカダスとの戦いに向けて、自らの心を戒めるように言った。
第三章へと続く。