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第二章2

 第二章 突然やって来た転校生2


「おいおい、すげー可愛い女の子だな。なんて言うか普通の子とは放っているオーラが違う。テレビに出で来るカリスマアイドルみたいだぜ」


 休み時間になると、ミックは嬉々とした顔で俺に話しかけてきた。


 一方、レファナートは席に座ったまま親の敵でも見るような目で俺の方をじっと見詰めている。

 俺もまた突き刺さるような視線を背中で感じていた。

 

 そして、あのみんなを馬鹿にしたような自己紹介が祟ったのか、レファナートに話しかける者は現時点では誰もいなかった。


 俺も一応、知り合いだし、話しかけるべきか迷ったがどうしてもその勇気を持つことができない。

 今は静観して話しかけられるようなタイミングが訪れるのを待つしかないだろうと俺も情けない気持ちで窓の外に視線を彷徨わせる。

 

「そうか。何か鼻持ちならない女の子に見えるし、俺はああいう雰囲気は苦手だな」


 俺は抜けるような青空を見ながら気のない言葉を返す。だが、ミックは身を乗り出して、俺の耳に顔を近づけた。


「あの自己紹介のことを言っているのか?たぶん、彼女も緊張していたのさ。だから、あんな言葉が飛び出たんだよ」


 それはまた都合の良い解釈だな。どこまでもおめでたい奴だと思うが、それを嘲笑う気にはなれない。


「あの心底、他人を馬鹿にしているような目を見る限りじゃ、そうは思えないけどな。現にクラスのみんなも彼女をどう扱って良いか困ってるみたいだし」


 あの虫の居所が悪そうな目は人を遠ざけるだけだろう。


「うーむ。だが、例え、お前の言う通りでも俺は可愛いから許すぞ。だって、まるで天使みたいな顔をしてるんだぜ。是非ともお近づきになりたいもんだ」


 レファナートの見事なブロンドの髪に真っ白な雪のような肌は確かに俺の心を惹きつけて止まなかった。


 金と白のコントラストには目を奪われるしかないし。

 

 少なくとも俺が今まで見て来た女の子の中ではレファナートは一番、可愛かった。もちろん、そう思っているのは何も俺だけではないだろうが。

 

「知らぬが仏とはこのことか。ま、俺はあいつのことを知ってるから、お近づきになりたいなんて死んでも思わないけどな」


 俺は思わず迂闊な言葉を発していた。これにはミックも解せない顔をしたので、俺もすぐにしまったと思った。


「お前、彼女を知ってるのか?」


「あ、ああ」


 俺はぎこちなく頷いた。こういうのを語るに落ちるって言うのか?


「じゃあ、どこから引っ越してきたのかとかも知ってるのか?」


「そこまでは知らないが、外国にはいたのは間違いないよ。その割にはネイティブな英語を話していたけど」


 まさか異世界から来たとは言えまい。おそらく言葉の方も翻訳の魔法が何とかしてくれたのだろう。


「そうか。なら、お前はどうやって彼女と知り合ったっていうんだよ?俺とお前の仲だし、隠さずに教えろよな」


 ミックはしつこく聞き出そうとするが、俺はこれ以上、ややこしくなるのは嫌なので口を割らないよう努める。


「残念だけど、それはどうしても秘密なんだ。もう少し時間が経ったら話せるようになるかもしれないが」


 俺は仄めかすようなことを言って煙に巻こうとする。


 あいつのことを話したいのは山々だったが、その相手がミックじゃ躊躇せざるを得ない。打ち明けるべき相手がいるとするなら、まずは部長だろう。

 

「ひょっとして出会い系のサイトか?」


「なわけないだろ。俺は出会い系のサイトに登録できるような年齢じゃない。それにそんなサイトで知り合った女の子が自分の学校に転校してくるなんてどんな偶然だよ」


 今の俺にとって、レファナートはストーカーよりも怖かった。


「だよな。でも、知り合いならお前も話しかけてやればいいのに。彼女、さっきからこっちの方ばかり見てるぞ。しかも、あの眼はかなり険悪だし、お前もビビってないで助け船を出してやれよ」


 ミックはレファナートの方をちらっと盗み見て、すぐに顔を戻した。むろん、レファナート視線に気付かないほど俺も鈍くはない。


「なら、昼休みになったら話しかけてみるよ。そうすればクラスのみんなと打ち解けられるきっかけになるかもしれないし」


 俺も転校までしてきたレファナートの真意を測りかねていたし、その辺のことは嫌でも尋ねなければならないだろう。


「それが良い。もし上手いとこいったら俺にも紹介してくれよな。お前ばっかり可愛い女の子と仲良くするのは許せないし」


 そう言うと、ミックは白い歯を見せて笑った。


                   ☆


 レファナートのせいで重苦しい空気に包まれていた教室も昼休みになると、ようやくその空気から解放される。


 みんなとりあえずレファナートの事は無視することに決めたらしい。下手に手を出せば火傷でもしかねないと思ったのだろう。

 

 俺もひとまず安堵の吐息を漏らす。

 

 それから、前の時間で使った教科書をしまい、鞄から財布を取り出そうとするといきなり首の後ろを捕まれた。

 

 俺が怖々と振り返ると、そこには厳めしいレファナートの顔があった。

 

「あんた、いつまで私を無視するつもり?こっちはわざわざ借りたくもないイビルナートの力を借りてまであんたのところに来たのに、知らない振りをされるなんて思わなかったわね!」


 レファナートは歯をギリッとさせると言葉を続ける。


「それとも、この私の顔を忘れてしまったのかしら。なら、私なりの方法で思い出させてあげるけど」


 もしかして、学校に入る手続きもイビルナートがやったのか?だとすれば、やはりあの蛇の力はたいしたものだと言わざるを得ない。


「忘れるわけがないだろ。でも、やっぱり俺に会うために転校してきたんだな」


 普通、そこまでするか?と思ったが。


「他に何があるって言うのよ。とにかく、ここじゃ話もできないし、どこか良い場所に案内してよ。このクラスの連中の反応にはイライラさせられるし、あんたと話しているところを見られて、変な風に勘違いされたらたまらないわ」


 レファナートは高慢な態度でそう言った。


 一方、周囲の生徒たちはなぜ俺が話しかけられているのか理解できないようだった。ミックもレファナートが来る前に、さっさと食堂に行ってしまったし。

 

「分かったよ。それなら、屋上にでも行こう。けど、俺だって腹が減ってるから、その途中で購買に寄ってパンを買ってくぞ」


 俺もいつもならパンは教室かミス研の部室で食べる。


 特に部室なら、部長の入れる紅茶が飲めるからだ。部長も大抵は部室にいるし、良い話し相手にはなる。

 

「好きにすれば」


 レファナートは素っ気なく言うと周囲からの視線にも動じることなく俺と一緒に教室を出ていく。


 教室の入り口にはレファナートを一目見ようと他のクラスの生徒たちが押しかけていたが、本人が目の前まで来るや、気圧されたように道を開けた。

 

 俺は肩身の狭い思いをしながら歩を進める。

 

 途中、廊下ですれ違う生徒たちが好奇な目を向けてきたが俺はそれを無視した。当のレファナートも涼しい顔をしている。

 

 そして、購買でパンを買った俺は誰もいない屋上へと辿り着いた。

 

「ここなら幾ら話しても問題ないぞ。屋上は強い風が吹きつけるから滅多に人は来ないし、お前も衆目に晒されずにすむ」


 俺は天にも届きそうな青空の下でそう言った。


 あと、レファナートは購買でカレーパンを買った。もっとも、それを食べたのはレファナートではなく、彼女の肩の上に乗っているガステュークだが。

 

「そう。じゃあ、心置きなく話せるわね。それにしても、この世界の学校って息が詰まりそうになるんだけど。よく、あんたは耐えられるわね」


「どうして、そう思うんだ」


 俺の前でレファナートは屋上の空気を大きく吸い込む。


「だって、建物も白一色の無機質なものだし趣きも全然、感じられないから。これじゃあ、まるで監獄にいるみたいだわ」


 いや、俺としてはアーヴィニア学園はなかなか開放的な造りをしていると思うし、監獄のように感じたことは一度もないが。


「それに、あんたのクラスの連中が向けてくる、あの苛つくような視線も止めてもらいたいし」


 レファナートは不機嫌さを露わにしながら言った。


「お前の自己紹介の仕方に問題がありすぎたんだよ。もっと、可愛く振る舞っていれば人気者にもなれたのに」


 少なくとも、男子共のハートは確実に掴めたはずだ。


「あんな奴らの前で、どうして、私が可愛く振る舞わなきゃならないのよ。言っておくけど、私は素のまで振る舞っても十分、人気者なれるの」


「本当かよ」


 俄に信じがたい。

 

「ええ。現にアグナスティア王国ではそうだったし、あんな嫌な目で私を見てくる、この学校連中がどうかしているのよ。ま、あんたのような人間がいる学校だから、端から良い反応なんて期待してなかったけど」


 こいつが人気者になれる国って言うのは何だかな。

 

「アグナスティア王国の人間は、お前が怖くておべっかを使ってただけなんじゃないのか?」


「何ですって!」


 レファナートは激高したような声を発する。


「いや、何でもない」


 俺は頬から汗を垂らしながら、ギラギラと輝く太陽を仰いだ。


「そう。なら、はっきりと言うけど、私は他人に合わせるのが大嫌いなの。特にああいう虫酸が走るような反応をする連中に対してはね。むしろ、他人がこの私に合わせるべきなのよ」


 何という自己中。だが、その姿勢には羨ましさを感じてしまうな。


「その言い草は幾ら何でもないんじゃないのか。お前が変な自己紹介をしなきゃ、あいつらだって好意的な目で見てくれただろうし」


 俺のクラスの連中は決して悪い奴らじゃないと思いながら口を開く。


「とにかく、転校してきた理由を詳しく教えてくれよ」


 その様子だと、学校生活を楽しみにきたと言うわけでもあるまい。


「詳しくも何も、ただあんたの傍にいたいだけよ。あんたがアグナスティア王国のことを忘れて元の生活に戻ってしまわないように」


 俺には俺の生活があるって言ったのを、こいつは忘れたのか。


「そうでもしなきゃ、あんたのことだからいつまで待っても、王都には来てくれないような気がしたしね」


 レファナートの言葉を聞き、俺は痛いところを突かれたような顔をする。


「元の生活に戻ったら悪いのか?」


「ええ。あんたには果たさなければならない使命がある。それが王の魂を受け入れた人間の責務よ。いい加減、自分の置かれている状況を理解しなさいよね」


 レファナートは何の斟酌もなくそう言い放った。


「責務って、そんなこと勝手に決めないでくれよ。まったく、こっちが下手に出てれば良い気になりやがって」


 俺はムカッとしながら叫ぶ。自分はただ巻き込まれたに過ぎない。


「ハアッ、私はちっとも良い気になんてなってないわよ。ただ、厳然たる事実を告げているだけなんだから。それを受け入れようとしない、あんたの方に問題があるのよ」


 レファナートの茨のような言葉は俺の心に絡みつく。


「だからって、言い方ってもんがあるだろうが」


 ここはお願いしますと頭を下げて頼むべきところじゃないのか。


「この際、あんたの意思や感情はどうでも良いわ。ただ、私に協力しないなら、あんたを殺してでも王の魂を引きずり出すだけよ」


 レファナートは怖いことを口にして、更にこう言い募る。


「王の魂の器になれるのはあんた一人ってわけじゃないし、あんたもそんなことができるはずがないなんていう楽観はしないことね」


 それは何ともドスの効いた声だった。


「そんな」


 その言葉が単なる脅しではないことは俺も分かっていた。レファナートの決意に満ちた眼差しが本気でそれを実行するであろうことを物語っているし。


「それが嫌なら大人しく私の言うことを聞くしかないってことよ。言っておくけど、私はアグナスのように甘くはないし、目的のためならあんたに限らずどんな人間に対しても容赦はしないから、それは良く憶えておいてよ」


 アグナスにすら敬意を払わないんだな、レファナートは。


「そんな理不尽なことばかり言われても困るって」


 この言葉にはアグナスも(すまない)と心の中で俺に謝った。


「何にせよ、あんたには王の魂の力に慣れて貰う。と、同時に戦い方も覚えて貰うわ。もっとも、私が手取り足取り教えてあげるわけじゃないけど。でも、そこはアグナスがついているんだから心配はいらないわよ」


 一方通行とも言える言葉の応酬に俺も辟易する。


「俺は本当に戦わなければならないのか?正直、相手がグリフォンでも怖くて逃げ出しそうになっちまったんだぞ」


 異世界の邪神や魔王と戦うなんて、自分の世界にいると、どうにも現実感が持てない。


 まあ、そういうのはこの世界では漫画やゲームの中だけだが、いざ、自分がそんな風な立場になってみると物語の主人公の苦悩がよく分かる。

 

「当たり前でしょ。命を賭して戦って貰うわ。あんたの背中にはアグナスティア王国の未来が掛かっているし、敗北は絶対に許されないんだから」


 レファナートは揺るぎない口調で言葉を吐き出す。これには俺も諦めにも似た気持ちを抱いた。


「逃げることはできないってわけか?」


 俺の問い掛けに、レファナートは一点の曇りもない目で返事をする。

 

「ええ。そんなことをすれば私は地の果てまで追いかけていって、あんたの首根っこを捕まえるわよ。もちろん、そうなったらどういう目に遭うかは分かるわよねぇ」


 ニヤッと実に嫌な感じの笑みを浮かべる今のこいつに、俺のことを気遣うような心は欠片もないようだった。


「そうか」


 俺は短く息を吐いた。


「そうよ」


 レファナートは肩に掛かる金糸のような髪の毛をさらりと払った。


「分かった。どこまでやれるか分からないが、とりあえず頑張ってみるよ。こんなふざけた運命を誰かに押しつけることなんてできないからな」


 これで良いんだろ。


「でも、とりあえずじゃ困るし、死ぬ気で頑張りなさい」


 本当に死にそうだな。


「私も身を捧げる覚悟で、アグナスティア王国のために戦うつもりだし、あんた一人に全てを押しつけるつもりはないから。だから、一緒に戦いましょう」


 それは実にレファナートらしい物言いだった。

 

「お前って本当に人を気遣う心がないんだな。一体、どういう生き方をしてきたのか、聞かせて貰いたいよ」


 これには俺も苦笑することしかできなかった。


                   ☆


 放課後になると俺はさっさと家に帰ろうとする。部室に顔を出したいところだけど、今日は何だか止めておいた方が良さそうだ。


 だが、その前にレスティーがすかさず話しかけて来る。できれば、今は誰とも話をしたくなかったんだが。

 

「テッド、今日も私の家に夕飯を食べに来なよ。ママがテッドのリクエスト通りの料理を作ってくれるって言ってるし、何が食べたい?」


 レスティーの声には他の生徒では気付けないような固さがあった。


 クラスメイトたちは俺とレファナートの関係を知りたがっているし、おそらくそれはレスティーも同じなのだろう。

 ただ、レスティーは俺とレファナートの関係を無理に聞き出そうとするほど無粋な人間にはなれないだけだ。


「何でも良いよ」


 俺は何とか笑みを拵えて見せた。


「そんな風に言われると困っちゃうな。とにかく、テッドが一番、食べたいものを言ってくれれば良いんだよ。ママならどんな料理だって作れるし」


「なら、コロッケとか」


 俺は返答に窮しながら言った。


「コロッケは良いかもしれないね。それなら、色んな種類のコロッケを作ってあげるよ。テッドもクリームコロッケとかは好きだったでしょ」


 エイミーさんのクリームコロッケの味は洋食屋さん顔負けだからな。特にカニが入っているのはポイントが高い。


「そうだな。でも、あんまり気合いは入れなくて良いよ。俺はレスティーやエイミーさんがいつも食べているような料理が好きなんだから」


 そう言いつつ、俺は昔、食べたエイミーさんの作るクリームコロッケの味を反芻した。


「分かったよ。ところでテッドとレファナートさんってどういう関係なの?もし、友達だったら紹介してくれないかなー」


 レスティーの問い掛けに俺の張り付いたような笑みも崩れる。やはり、その話題は避けられないか、と俺も決まり悪そうな顔をした。


「どういう関係って聞かれても困るけど、ただの知り合いだよ。ま、友達じゃないことは確かだな」


 邪推されるのも嫌なので、俺はありのままに言った。


「そうなんだ。じゃあ、テッドの彼女ってわけじゃないんだね。なんて言うか、テッドとレファナートさんは私の知らない秘密を共有しているような感じがしたけど、それは気のせいってこと?」


 その言葉には俺もギクッとする。そういうところまで分かるのは、幼馴染みの成せる技か。

 それを受け、俺はレスティーの顔が少し怖く見えてしまった。


「当たり前だろ。だれがあんな奴の彼女になんてなるか。とにかく、俺とレファナートの間にやましいことなんてないんだから、あまり詮索しないで欲しいね」


 俺の自棄になったような言葉にレスティーは胸を撫で下ろすような仕草をして見せた。


 もし、レファナートが俺の彼女だったら、これから先、レスティーとは気楽に付き合うことはできなくなるかもしれないからな。

 

 ま、レファナートが俺の彼女になるなんて、あり得ない話しだとは思うけど。

 

「だよね。じゃあ、今日も六時には家に来てね。美味しいコロッケをたくさん作って待ってるから」


 レスティーは打って変わった八面玲瓏ともいえる顔で言った。が、そんな仲睦まじそうに話している俺たちにどす黒いオーラが迫る。


「それは無理よ」


 刃の切っ先のような声で俺たちの話に割り込んだのは、いつの間にかレスティーの背後にいたレファナートだった。


「えっ」


 レスティーは電気で痺れたような声を上げた。


「テッドはこの私と夕飯を食べることになっているの。どこの誰だか知らないけど、あんたの出る幕はないわ。悪いけど引っ込んでくれる?」


 レファナートは一方的に、そう通告した。


「そうなの?テッドからは何も聞いてないけど」


 ちなみに俺も聞いていない。


 とにかく、これにはレスティーも動揺を隠しきれないようだった。

 

 まあ、レスティーなら別に嫉妬なんてしないだろうし、レファナートのキツイ言い方に少し気を悪くしただけだろう。

 

「そんなことを言っても、本当のことなんだからしょうがないでしょ。私はこれからテッドの家で暮らすことになるんだからあんたもそのことはちゃんと覚えておきなさい」


 レファナートはさも当たり前のように言って、レスティーだけではなく俺や周囲の生徒たちも驚かせた。

 

「わ、分かったよ」


 その衝撃の事実にさすがのレスティーもたまげたような顔をする。


「なら、良いのよ。ま、それについて何か文句があるって言うならなら聞くけど、生半可な言葉は発しない方が身のためよ」


 レファナートは相も変わらず高圧的だ。


「ち、ちょっと待て、そんな話は・・・」


 俺は口を挟もうとしたが、すぐにレファナートにキッとした目で睨み付けられる。


「うるさいわねっ。とにかく、あんたは私と一緒に暮らさなきゃ駄目なの!それを誰かに邪魔されるのは嫌なの!」


 レファナートはまるで幼い子供のように癇癪を起こした。これには遠巻きにしていた周囲の生徒たちも、ひそひそ話を始める。


「何、じろじろこっちを見てんのよ、このクズ共。私は見世物じゃないのよ」


 続けて発されたレファナートの言葉を聞いて、俺は完全に誤解されたなと肩を落とす。

 

「じゃあ、レファナートさんも私の家にご飯を食べに来れば?テッドの知り合いだって言うなら私は全然、構わないよ」


 レスティーにしては挑戦的な口調だった。


「けっこうよ。私は赤の他人の家に上がり込んで、ご飯なんて食べたくない。それに、いくらあんたがテッドと親しい女の子でも、私と仲良くなれるなんて思わないことね」


 それを聞き、俺だって赤の他人じゃないかと突っ込みたくなる。


 一方、レスティーはレファナートに対抗するように彼女には似つかわしくない言葉を発していた。

 

「なら、テッドだけ食べに来なよ。テッドは私の幼馴染みなんだから、遠慮する必要なんて無いし。それとも、レファナートさんがテッドのために美味しい料理を作ってくれるの?」


 これにはレファナートもピキッと青筋を蠢かせた。


「私に料理なんか作れるわけがないでしょ。大体、料理なんてものは賤しい身分の人間がやるものなのよ。私には縁のない作業だわ」


 この言葉にはレスティーも本気で怒ったような顔をした。


「そんなことない。料理を作るのに身分なんて関係ないよ。レファナートさんだって、好きな人がいたら、自分の料理を食べてもらいたいって思うでしょ?」


 レスティーがここまで強気の言葉を発するなんて、いつ以来だろうか。ま、料理という物を馬鹿にしたレファナートが全面的に悪い。


「思わないわね。好きな人なんて私には一生できないだろうから」


 レファナートが即座に言い放つ。この言葉には俺も少しだけ胸がズキッとした。


「どうして?」


「あんたにいちいち理由を説明してやる義理はないし、余計なお節介はしないで貰えないかしら。しかも、あんたのトロそうな声を聞いてると、こっちもイライラするし」


 レファナートは取りつく島もないように言うと、強引に俺の腕を掴む。そして、俺の体を引きずるようにして教室から出ていってしまった。


                   ☆


「一体、どういうつもりだよ!」


 帰り道である通学路を歩きながら、俺は憤懣やるかたないと言った感じで声を荒げる。


 本当はコンビニによって夕食の買い出しをしたかったが、レファナートはそれさえも許さなかった。

 

「どういうつもりって?」


 レファナートは空々しい顔をする。


「俺の家で暮らすってことだよ。しかも、そんな大事なことをみんなの前で公言するなんて、配慮を欠いているにも程があるぞ」


 女の子と一つ屋根の下で暮らすなんて、何か間違いが起こったらどうする。と、俺は考えたが、その相手がレファナートではそんな甘い展開は期待できそうにない。


「別に良いでしょ。本当のことなんだし、秘密にしているとかえってボロが出るわ。それにイビルナートが手配した住居は安い家賃のアパートだし、あそこに比べれば一戸建てのあんたの家の方が住み心地は良さそうだもの」


 イビルナートの手筈に抜かりはないようだ。


 それにしても、ありとあらゆる手続きを整えることができるイビルナートの力は到底、侮れるものではない。

 

 一体、奴は何者なのか?俺の疑念は強まるばかりだ。


 ついでにレファナートは俺がどんな家で、一人暮らしをしているかも知っているようだった。


「だからって、レスティーに向かってあからさまに喧嘩を売ることはないだろう。あいつは君とだって損得抜きに仲良くしたいと思ってたのに」


 レスティーは誰とでも仲良くしようとするし、それがあいつの良いところなのだ。


「私は教室の連中に仲良くするつもりはないって最初に言ったわ。だから、あんたもいちいち細かいことを言わないでよ」


 レファナートは一拍おくと、口の端を嫌みったらしく吊り上げて言葉を続ける。


「とにかく、私があんたの家に住むことは決定事項なんだから、何を言っても覆りはしないわよ。あんたも諦めなさい」


 高飛車にも程があるな。


「そうかい」


 反抗するだけ無駄だと俺も悟る。


「別に私もこの世界に長居するつもりはないわ。王の魂の担い手が見つかった以上、アグナスティア王国を救う計画を先延ばしにするつもりはないもの」


 レファナートはシレッとした顔で言った。


「結局、俺の都合はお構いなしってわけか。つくづくお前って奴は自分本位なんだな。確かにそんな性格じゃ好きな奴なんてできないわけだ」


 俺は本当に腹に据えかねていたので、鼻で笑ってやった。


「そうね。でも、私はそんな自分の心の在り方が間違っているとは思ってないわ。ま、他人に合わせて無難に生きようとしているあんたには分からないでしょうけど」


 レファナートはさらりと言うと、ブロンドの髪を掻き上げた。





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