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第二章1

第二章 突然、やって来た転校生1


 初めて異世界に行った次の日、俺はいつものように教室から窓の外を見ていた。


 太陽の光に照らされ、砂漠のように黄金色に輝くグラウンドを見ていると、これから暑くなるなと思う。


 正直、俺は夏があまり好きではない。


 別にこれといった理由があるわけではないのだが、強いて上げるとすればやっぱり汗で服が濡れるからだろうか。

 もちろん、夏休みに入ってしまえばクーラーの効いた部屋から一歩も出なくてすむ。

 だが、そんな風にして夏を過ごしてしまうと、いざ、学校が始まってから辛い思いをすることになる。

 

 それがいつもの俺のパターンだ。

 

 せめて、アーヴィニア学園の教室にクーラーがあればと思うが、そんなものは図書室と職員室くらいしか完備されていない。

 部長も夏に部室にいる時は扇風機で暑さを凌いでいたと言っていたし。


 なので、俺は永遠に過ごしやすい春が続けば良いのになどと心の中で愚痴を零してしまうが、それは無理というものだろう。

 季節というものは確実に移ろいゆくものなのだ。それを止めることは神様にだってできやしない。


 少なくともこの時の俺はそう信じて疑わなかった。

 

「今日は何だか陽気が良いし、気を緩めると眠っちまいそうだな。もう少し、後ろの席だったら授業中に居眠りしてもバレないのに。この分だと退屈なマッケンジー先生の授業は拷問にも等しい時間になりそうだな」


 朝のホームルーム前の時間にミックが話しかけてきた。


 ミックとの朝の会話はもう日課のような物だが時々、俺は煩わしく感じてしまう。むろん、そんな心の内から来る感情を表に出すことはないが。

 

 そして、後ろを向いたミックと目を合わせた俺は教室にいつもと違った空気が漂っているのは気のせいだろうか眉根を寄せる。

 

 いや、この空気は教室だけでなく、学校そのものを包み込んでいるような錯覚すら覚える。

 何か大きな力をもった人間がこの学校にいるような感じがするのだ。

 

 それは悪いことが起きる前触れのようにさえ思える。

 

 この時の俺は知らなかったが、そういう気配を感じ取れるのもアグナスの力の一端だった。

 

「後ろの席だったとしても居眠りはさすがにまずいだろ。まあ、マッケンジー先生の授業を聞くのがしんどいのは俺も同じだが」


 でも、マッケンジー先生は担任だからな。その授業で居眠りなんてしたら、後が怖そうだ。


 俺は暗澹たる気持ちで言葉を続ける。


「とにかく、陽気の良い春ももうすぐ終わるし、これからはじめじめとした雨の多い季節になるんだろうな」


 そう言うと、俺は晴れやかな春の空を見上げた。


「それは嫌だよな。雨が降ると学校に行くのがしんどくなるし、自転車に乗りながら傘を差すのは大変だぞ。かといって、歩いて行くとなると、朝は相当、早く起きなきゃならなくなるからな」


 ミックは嘆息しながら言った。


 ちなみに俺は家が学校から徒歩八分ほどの距離にあるので、雨が降ってもそんなに苦労はしない。

 

「そうだな。傘って置いておくとすぐに盗まれるし、いざ使う時になっても壊れていることが多いからな。俺も何回、新しい傘を買ったか分からないよ」


 なので、今の俺は鞄にしまっておける小さな折りたたみ傘を使っている。でも、それだとすぐに濡れちゃうんだよな。


「そういう時は、職員用の傘を借りるのが手っ取り早いぞ。って、そんな話はどうでも良いんだよ。それよりも、お前はもう知っているか、テッド?」


 ミックは脈絡のない感じで別の話しを振ってきた。


「知ってるって、何が?」


「今日、ウチのクラスに転校生が来るって言うんだよ。俺もそいつを聞かされた時はあまりに急な話でびっくりしたんだが、どうやら確実な情報らしいな。だから、俺もさっきからワクワクしているんだぜ」


 ミックは若干、声に力を入れながら言った。


「転校生だって?」


 そんな話は聞いていないし、初耳だ。

 

「ああ。あそこを見てみろよ。新しい机と椅子があるだろ。マッケンジー先生が今日の朝になって急遽、用意させたらしい。おそらくだが、先生も転校生が来ることは、今日になるまで知らなかったんじゃないのか」


 ミックは自分の列の最後尾を指さす。


 少し分かりづらいが確かに昨日まではあんなところに席はなかった。俺も指摘されなければ気付きもしなかっただろう。

 

「本当だ。いつの間にあんなところに席ができたんだろう?しかも、かなり不自然な感じだし、こんな朝っぱらから机や椅子を運ぶことになった奴も大変だったろうに」


「だろうな。でも、俺の掴んだ情報によると、今度の転校生はとびっきり可愛い女の子だそうだ。これは期待し甲斐があるし、仲良くなりたいもんだぜ」


 そう言って、ミックは締まりのない顔をする。

 

 だが、今の俺はとても可愛い女の子の転校生くらいでは浮かれる気になれなかった。恋など今の自分にとっては不必要な物。

 そんな風にすら思えてしまうのだから、当分は彼女などできるはずもないだろう。

 

「それって本当なのか?転校生が美少女だなんてアニメや漫画じゃあるまいし、そんな上手い話しがあるわけがないと思うが」


「そう頭から否定するなよ。それにその情報は俺の親友の軍曹から流れてきたものだから間違いはない。あいつからの情報の信憑性はお前だって知ってるだろ?」


 ミックの親友の軍曹からの情報はハズレがない。

 どうも軍曹はこの学園のあらゆる情報に精通しているようなのだ。まあ、軍曹の正体は俺も知らないが。

 

「そりゃそうだが、この中途半端な季節に転校生ね。しかも、こんな田舎町に来るなんて、やっぱり親の仕事の関係かな?」


「さあな」


 ミックも小首を傾げる。


「まあ、最近はこの町も住みやすくなってきたし、わざわざ都会から移り住む人間も多いとは聞いているけど」


 この町がベッドタウン化しているらしいことは俺も知っている。それから、ミックは俺の言葉を吟味するように口を開く


「そこら辺は直接、聞いてみなきゃ分からないだろ。このご時世じゃ、転校しなきゃならない事情なんて腐るほどあるだろうし。何にせよ、それなりにレベルの高いアーヴィニア学園の編入試験をパスできたんだから頭は良いんだろ」


 俺たちはエスカレーター式に高等部に進学したからな。だから、アーヴィニア学園の高等部に入る難しさは知らない。


「知的な美少女とかだったら、俺としても大歓迎だぜ」


 そう言うと、ミックは本当に生き生きとした顔で笑った。


「ふーん」


 俺は頬杖を突きながら言った。


「ふーん、って、何だか感動が薄いな。可愛い女の子って言ったら、無理にでも喜ばなきゃ駄目だし、それが健全な男子ってモンだ。まさか、高校生にもなって女の子には興味がないとか言うわけじゃないよな」


 ノリの悪い俺にミックは煽るような言葉を口にする。

 

 今日の俺は何となく精彩を欠くような顔をしているので、ひょっとしてレスティーと喧嘩でもしたかとミックは勘ぐるようなことを言った。

 

 だが、その勘ぐりは見当違いも良いところだったが。

 

「そうは言わないさ。でも、転校生なんていざ来てみると拍子抜けするような奴、ばっかりだからな」


 俺はあくまでミックのペースに乗せられないように口を開く。


「ま、お前の掴んだ情報を疑うわけじゃないが、あんまり期待しすぎると裏切られた時のショックが大きくなるぞ」


「そうか。けど、今度の転校生は可愛いだけじゃなくて、きっと俺のような男の願いにも応えてくれる子さ。この俺には分かる」


 ミックはギュッと握り拳を作って言った。


 が、新たな出会いなど少なくとも俺は歓迎していない。むしろ、今の状態を維持することこそ何を引き替えにしても大事なことだと思っていた。

 

「どこから、そういう都合の良い確信が生まれるんだよ?そんな甘い期待を寄せるくらいなら、まずは身近にいるクラスの女子と打ち解ければ良いのに」


 ミックなら高望みしなければ、付き合える女の子なんて幾らでもいるだろうし、と思いながら言葉を続ける。


「お前は俺と違って女子からのウケも良いんだからさ」


 そう言いつつ、俺はクラスの女子を何人か見た。


「そいつはもっとも意見だが、それでも今度の転校生に関しては俺の直感が言葉にはできない何かを伝えてくるんだよ」


 ミックは鼻の頭を擦りながら言葉を続ける。


「だから、お前はともかく俺にとっては素敵な出会いが待っているような気がするぜ」


 楽天的にも程があるな。


「なら、俺もその直感を信じてみるかな。今日は何だか落ち着かないような空気が学校に漂ってるし、もしかしたら一波乱あるかもしれない」


 人間、最後に物を言うのは自らの単純な感覚なのだろう。


 その感覚は得てして経験によって鍛えられる物だし、だとすれば直感というものも軽く見れるものではない。

 とはいえ、今の俺が感じているのは直感ではなく、根拠のないただの予感といった方が良いかもしれないが。

 

「幾ら何でも転校生くらいで波乱が起こるとは思えないが。とにかく、お前にはレスティーがいるんだし、転校生が可愛い女の子でも手は出すなよ。もし、そんなことをしたらクラス中の男子からやっかみを受けるぜ」


 ミックはお喋りをしている男子のグループをちらっと見た。


「俺にそんな勇気はないよ。それにレスティーのことは関係ないだろ。あいつはただの幼馴染みなんだし、他の女の子と仲良くするのに遠慮する必要なんてない」


 みんな俺とあいつの関係を面白く捉えすぎだ。


「そういう鈍感なところはお前らしいな。ま、人事だから別に良いが、今のような態度を取っているといつか痛い目に遭うぞ」


 そう言って、ミックはわざとらしく溜息を吐いた。


「もしかして、私のことで何か話してたりする?」


 その声と同時にニュッとレスティーが俺の背後から顔を出した。


「うわっ、いきなり後ろから現れるなよ、レスティー。まったく、お前はトロいくせに神出鬼没なところがあるな」


 俺は体に電流でも流れたかのようにビクッとしてしまった。


「だって私の名前が聞こえたんだもん。しかも、凄く楽しそうな声だったし、何か話してたなら私にも聞かせて貰いたいな」


 レスティーは気を悪くする様子もなく笑った。


「俺たちはこのクラスに来る転校生の話をしていただけだから、はっきり言ってお前は関係ないぞ」


 俺はとにかく、はぐらかす。


「そうなんだ。でも、転校生のことなら私も友達から聞いたよ。あそこに席も用意されているし、一体、どんな子が来るんだろうね。楽しみだなー」


 レスティーはどこかうっとりしたような顔で言った。こいつも転校生に幻想を持つクチか。


「ミックが言うには可愛い女の子らしいな」


「へー。なら、私も友達になれると良いな。もし、女の子だったら料理とかにも興味があるだろうから、色々と教えてあげたいし」


 レスティーは料理を通して人と仲良くなろうとする。それは昔から同じだ。


「そうか。まあ、お前は鈍いところがあるし、相手が転校生でもあまり世話を焼きすぎるなよ」


 そこがレスティーの良いところだとは分かっているが。


「うん。だけど、そういうテッドだって幾ら相手が可愛い女の子でも、あんまり失礼なことをしたら駄目だよ。なんて言ったって転校生なんだから」


「それはない」


 空気を読んだ行動が取れるのが俺だからな。


「それもそうだね。テッドは女の子に興味がないみたいだし、エッチなことなんてできるわけがないか」


 レスティーは茶化すように笑う。


「エッチなことってお前は意味が分かって言っているのか」


「当たり前でしょ。私だって男の子が女の子にどういうことをしたいのか知っているつもりだし、あんまり子供、扱いしないでよ」


 この物言いには俺もドキッとした。


「そうかい」


「でも、テッドにそういうことをする勇気がないのは分かっているし、私もそこら辺はちょっとだけ残念に思ってるんだけどね」


 レスティーのくせにマセたことを言いやがって。


「なら、胸とかを触らせてくれるのか?」


 俺は勢いで言った。


「そんなの嫌に決まっているでしょ。私が言いたかったのはそういうことじゃないのに、もうテッドったら」


 レスティーは頬を紅潮させながら怒ると、俺の前から去って行った。すると、今度はミックが心を燃え滾らせるように話しかけてくる。

 

「やっぱり、レスティーは可愛いよなー。俺も晴れて高校生になったことだし、今年の夏祭りはいつもようにお前とじゃなく、女の子と回ってやるぜ」


 ミックは女の子という言葉を強調する。


「俺じゃ不満だって言うのか?この町の夏祭りって言ったら小学校の頃から、お前と一緒に回ってたし、俺もけっこう楽しみにしてたんだぞ」


 別に俺は女の子とお祭りを楽しみたいとは思っていない。


 そもそも、俺はまだ子供だからと自分に言い聞かせて、普段から女の子のことはあまり意識しないようにしてるのだ。

 

 そうでなければ女の子の家に行って、平然と夕飯をご馳走になったりはしない。

 

「そうは言っても、ここはマンネリ感を打破したいところだからな。どうせなら一生の思い出になるような時間を過ごしたいし、それには相手が男じゃ不足ってもんだ」


 夜の花火を女の子と一緒に見るというシチュエーションには少しは憧れるが、モテない俺がそんなロマンスを夢見るのは馬鹿げている。


「そうかい。じゃあ、仕方が無いから俺はレスティーを誘うことにするよ。あいつなら、俺の誘いを断ったりはしないだろうし、きっと喜んでもくれるさ」


「おいおい、俺を見捨てるつもりか?」


 ミックは混ぜ返すように言った。


「そんな気はないが、お前は女の子と回りたいんだろ。なら、心置きなくそうすれば良いじゃないか。俺は止めやしない」


 俺は意地悪く言った。


「冷たい奴だな。女の子と回りたいって言ったのはただの冗談だし、お前もそんなに簡単に真に受けるなよ」


「へー」


 俺は冷ややかな目でミックを横目にする。


「とにかく、今年も一緒に夏祭りを楽しもうじゃないか。いくら見栄を張っても、俺たちに女の子を誘う度胸なんてないんだからさ」


 ミックは磊落とも言える顔で笑った。


「なら、初めからそう言えば良いのに。ほんと、お前って調子の良いことばっかり言うよな。だから、女の子には好かれているのに恋人ができないんだよ」


 俺はじとっとした目で飄々とするミックを見た。


 ま、今から夏祭りの話を真剣にしてもしょうがない。夏休み前には嫌な定期テストも控えているからな。

 

 その後、俺とミックは他愛のない話をしながら時間を潰す。それは俺にとって束の間の平穏と言って良かった。

 

 この時は俺も色々あったが、まだ自分の平穏な日常が崩れていないことに安心しきっていた。

 だが、その安心感はホームルームが始まった直後に吹き飛ばされることになる。

 

 そして、運命の時は訪れた。チャイムが鳴るとマッケンジー先生がやって来た。


「みんな我がクラスに転校生が来ることになった。しかも、とびっきり可愛い外国の女の子だから、喜べ」


 マッケンジー先生は教壇に立つと高らかに言った。この言葉に教室中がガヤガヤする。みんな外国という言葉に露骨に反応した。

 

 俺も虫の知らせとでも言うべきか実に嫌な予感がした。それから、マッケンジー先生は困り顔で「静まれ、静まれ」と生徒たちに言い聞かせる。

 

 それを受け、しばらくして教室中が水を打ったように静まり返ると、マッケンジー先生は教室の入り口に向かって声を上げる。

 緊張の一瞬だ。

 

「もう入ってきて良いぞ、転校生」


 その声に呼応するように教室の扉がガラリと開いた。まるで静かな空気を切り裂くような音は何とも耳障りだった。

 

 すると腰まで伸ばした麗しいブロンドの髪を棚引かせた少女が現れる。その姿は幻想的とも言える美しさを醸し出していた。

 

 その上、少女の肩の上にはなぜか手乗りサイズのトカゲがいる。それ見て、俺の心臓は跳ね上がった。

 

 何と、その少女は昨日、異世界で知り合ったレファナートだったのだ。

 

 あの顔を忘れられるはずがない。肩にいるトカゲも羽こそないが、ガステュークに間違いないだろう。

 

 なぜ、レファナートがこんなところにいるのか、俺は当惑する。

 

 そんな俺の心中を余所に、レファナートは著しく愛想に欠ける顔で、教室の中の生徒たちを睥睨していた。

 

「では、自己紹介をしてくれ、転校生君」


 マッケンジー先生はレファナートから発せられる異様な空気に冷や汗のようなものを垂らしながら促す。


 レファナートの傍にいるだけでごっそりと気力を抜かれているみたいだった。

 

 一方、俺もゴクリと生唾を飲み込む。

 

「私の名前はレファナートよ。あんたたちと仲良くする気なんて毛頭ないけど、とりあえずよろしく頼むわ」


 教室中の生徒が見守る中、レファナートは傲岸不遜とも言える態度でそう言い放った。


 この言い草はないだろうと俺も口には出さずに呟く。


 そして、彼女がクラスの生徒たちに言ったのはその言葉だけだった。

 

 転校生なら普通は趣味とか好きな食べ物とかの話をするのではないか。しかし、そんな話題は彼女には全く似合わない。

 

 とにかく、これには俺も意識が暗転しそうになるし、教室中の生徒もみな一様にポカンとしてしまう。

 

 こうして俺の非日常とも言える生活が再び始まったのである。





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