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第一章1

 第一章 開かれた異世界への扉1

 

 俺は校舎の三階にある朝の教室で、物憂げな顔をしながら窓の外を眺めていた。今日は少し学校に来るのが早かったが、朝の教室に漂う空気は嫌いじゃない。

 

 そんな俺の視線の先には砂埃の舞うグラウンドがあり、サッカー部がかけ声を上げながら朝練をしている。

 彼らの生き生きとした顔をしながらボールを追いかけ回している姿を見ると、青春をしているなと思わなくもない。

 あのバイタリティーは素直に羨ましいし、俺も運動部に入っていれば、もっと充実した学校生活を味わえたかもしれない。

 

 俺の運動神経は決して悪くないし、サッカーも昔は得意だった。リトルチームにいた時は試合でハットトリックを決めたこともあるくらいだからな。

 だが、いつしか俺は練習に打ち込めなくなって、サッカーそのものを止めてしまった。とはいえ、それを惜しいと思ったことは一度もないが。

 

 とにかく、ミス研に入ったことを後悔しているわけじゃないし、俺には俺に相応しい青春の形というものがあると思うのだ。

 

 故に今はその青春を思う存分、謳歌してやれば良い。

 

 ただ、高校生になれば何かが変わるという期待は裏切られたと思う。やっぱり、自発的に動こうとしなければ、ただ漫然とした毎日が続いていくだけだ。

 

 ま、そうは言っても、それが必ずしも悪いわけじゃない。逆を返せばそれは平穏と言っても良いからな。

 強い刺激を求めて危ない橋を渡ろうとするのは賢明とは言えないし。

 

 でも、そういうスタンスを維持し続けると意外とろくな人生を送れないかもしれないな。人生は常に挑戦し続けなければならない、と言ったのは誰の言葉だったか。

 

 俺は物思いに耽りながら、ボーっとする。

 

 ちなみに俺の席は窓側なので、この時期は窓から温かな日差しと、涼しい風が入ってくる。

 でも、もうすぐ席替えもあるって話しだし、そうなったらこの場所ともお別れしなきゃならないな。

 まあ、どこの席に座ることになろうとたいした問題じゃないけど、できれば先生に目を付けられにくい後ろの席が良い。

 

「テストが終わったせいで、何だか気が抜けちまったよな。この時期はこれといったイベントもないし、退屈だぜ。こんな田舎町でも、何か大きな事件でも起きてくれれば面白くなりそうなのに」


 俺の親友であるミック・シャガールは、俺の一つ前の席にどっかりと座るといつものように話を振ってきた。


 ミックはスポーツマン然とした風貌をしているが、別にスポーツの類いは嗜んでいない。部活もやってないし。

 だが、ミックは性格も明るく、愛嬌のある顔をしているので、男子だけでなく女子からも概ね好かれている。

 

 レスティー意外の女子から全く相手にされていない俺とは違うのだ。

 

 そんな俺とミックは小学校の時からの付き合いだ。

 当時は取り立てて仲良くなれるような接点はなかったのだが、いつの間にか親友と呼べるような間柄になっていた。

 

 改めて考えてみると人間関係って不思議だ。

 

「事件を起きることを望むなんて、さすがに不謹慎じゃないのか。この町は平和だけが取り柄と言っても良いのに」


 そう突っ込むと、俺は大仰に肩を竦める。


「そうだな。最近は世界全体が暗いムードに包まれているし、この町のような平和は貴重な物だと考えなきゃならないよな」


 ミックは窓の外に視線を逃がしながら言った。


 これには俺も同感だという気持ちになったので、頭の後ろで手を組みながら口を開く。


「まあ、そうは言っても学生の本分は退屈との戦いだからな。必ずしも勉強が退屈なわけじゃないが、だからといって勉強を楽しもうとするような気概は普通の生徒にはないだろうし」


 そうシニカルに言った俺も何とかして勉強を楽しむことができないか、試行錯誤しているのだ。

 それが普通にできてしまう天才肌の部長は羨ましいし。


「違いない」


 ミックは何とも爽やかな感じで笑った。


「とにかく、お前もテストの補習を受けなかっただけ良かったと思えよ」


「そうだな。国語の点数なんて赤点ギリギリだったし、下手したら親に小遣いを減らされるところだったぞ。ま、それでも親からは大目玉を食らったけどな」


 ミックは暑くもないのに額に汗を滲ませながら言った。


「俺は平均点を下回る教科は一つも無かったな。学年の順位も二十六番だったし、もう少し勉強していれば十番台には入れたかもしれない」


 俺も今回のテストで本気を出したわけではない。


「でも、そこから上を目指すのが大変だし、本当の勝負はこれからさ」


 俺は不適とも言える笑みを浮かべながら言った。特に数学のできは良かったし、親が家にいたら、きっと褒めてくれただろう。


 それに将来を見据えた勉強は今の内から始めなければと思っているから、浮かれてはいられない。

 

 俺にも一応、学者になりたいという夢があるからな。

 

「その向上心には感心させられるな。にしても、お前ってたいして勉強をしてない割には良い点数を取ってるんだよな。何となく要領が良いって言うか、その辺は羨ましいぞ」


「人が見てないところで努力をしているのが俺なんだよ。要領が良いって言葉だけで、俺の力を総括しないで欲しいね」


 何でもそつなくこなす要領の良さが俺にはある。でも、そういう才能に胡座を掻いているわけではなく影でちゃんと努力はしているのだ。

 無難な人生を送りたいとは思っていない。ま、そう思えるようになったのは破天荒な部長のおかげだが。


「そうか。だとしたらこの俺も負けてはいられないな。今度の定期テストは猛勉強して一教科くらいはお前に勝ってやるぜ」


 ミックは張り切るような声で言うと「もし、一教科でも勝てたらファミレスでハンバーグを奢ってくれよな」と付け加えた。


「後ろ向きなんだか、前向きなんだかよく分からないことを言うな。ま、ハンバーグくらいでお前の勉強の励みになるって言うなら、別に良いけど」


 目標を掲げて勉強するのは悪いことではない。


「そう言ってくれると助かる。とにかく、昨日、発売したドラゴニクル・ウォーⅡは買ったし、家に帰ったらやりまくるぞ。前作と同じように、今度も大陸一のドラゴン・スレイヤーになって、オンラインでプレイしてるゲーマーたちの鼻を明かしてやる」


 勉強すると言ってる傍から、ゲームをやりまくるとか言うなんて。この分だとミックが俺にテストの点数で勝つことはないだろうな。


「飽きたら俺にも貸してくれよ。それでなくてもお前は日頃から俺に借りが多いし、こういう時に返して貰わないと」


 こいつにちょくちょく貸してやった金を合計すると、それこそ新しいゲームのソフトだって買えるだろうし。


「別に構わないぜ。その代わり期末テストが近くなったら、俺に勉強を教えてくれよな。お前がついててくれれば心強いし、次のテストも安泰だ」


 ミックは調子良く言った。


「何で俺に勝ってやるとか宣戦布告している奴に勉強を教えなきゃならないんだよ。敵に塩を送っているようなものじゃないか」


 それなら、本物の家庭教師でも付ければ良い。少なくとも、勉強する意気込みさえ見せれば、ミックの親だって家庭教師くらい雇ってくれるだろう。


「それもそうだな。だったら、テスト前にノートくらいは貸してくれ。それがドラゴニクル・ウォーⅡを貸す条件だし安いもんだろ」


「分かったよ、少しくらいハンデを付けないと勝負にならないからな。まあ、反対に俺がドラゴニクル・ウォーⅡを借りたら、色々な小技を教えてくれよ。俺もゲームじゃミックには適わないし」


 俺はミックの頼みを了承すると、頬杖を突きながら再び窓から見える景色に視線を向ける。

 すると今度はレスティーが明るい笑顔を浮かべながら俺の席の方にやって来た。


「おはよー、テッド」


 レスティーは人目も憚らずに朝の挨拶をする。


 みんなレスティーと俺が幼馴染みなのは知っているし、今更、人前で仲良くしても冷やかされることはない。

 

 それでも、いきなり大きな声で挨拶をされて恥ずかしくないわけではないので、レスティーにはもう少し配慮というものをしてもらいたい。


「何だ、レスティーか。人のいるところで、あんまり馴れ馴れしく声をかけるなっていつも言っているだろ。どうしてお前はそういうことをすぐに忘れちゃうんだよ」


 俺は頭が痛くなるのを感じながら言った。


「テッドって相変わらず恥ずかしがり屋さんなんだね。でも、クラスのみんなは私とテッドの仲の良さは知っているから今更、気にする必要はないよ。それよりも、はいこれ。ママがテッドのために作ってくれたお弁当だよ」


 そう言って、レスティーは俺に可愛らしい猫のイラストが描かれている包みを手渡してきた。


「お弁当だって?」


 包みを受け取ると俺は目を丸くする。


「そうだよ。どうせテッドは今日も購買のパンなんでしょ?たまにはしっかりした物を食べないと栄養が偏っちゃうよ」


「だからって俺のお弁当まで、作ることはないんじゃないのか?エイミーさんなら手を抜かずに一生懸命、作っちゃうだろうし、何か悪いよ」


 とはいえ、ここはエイミーさんの心遣いに素直に感謝するべきだな。別の機会に、このお返しができれば良いんだけど。


「ママが好きでやってることだから気にしなくて良いんだよ。それと今日も私の家で夕飯を食べる?今日の夕飯はラザニアだよ」


 レスティーの言葉に傍にいたミックが目を瞬かせた。変な誤解はしてくれるなよ。


「ラザニアは食べたいところだけど、さすがに今日は遠慮しとくよ。二日続けて夕食をご馳走になるほど俺も図々しくはなれないし。とにかく、エイミーさんにはお弁当のお礼をちゃんと伝えておいてくれよ」


 遠慮をすることが時に失礼に値することもあるけど、他人の親切に甘えすぎるのはやっぱり良くないし、どこかで線は引かないと。


「そっか。でも、食べたくなったら遠慮せずに言ってよね。その方がママも喜ぶし、それは私も同じだから」


「分かったよ」


 俺が弱々しく言うと、レスティーは明朗な笑顔をそのままに俺の前から去って行った。


 それを見ていたミックはニヤニヤしながら俺に話しかけてくる。


「昨日はレスティーの家で夕食を食べたのか。羨ましいねぇ。俺も一度で良いから、女の子の家で夕食をご馳走になりたいぜ」


 ミックの言葉に俺は溜息を吐きたくなった。


「別にたいしたことじゃないさ。レスティーのお母さんが一人暮らしをしてる俺のことを気遣って夕食をご馳走しくれただけだし」


 昨日も豪勢なハンバーグを食べさせてくれた。


「それにミックだってレスティーとは幼馴染みなんだし、俺とあいつが恋人になんてなれないことくらい知っているはずだろ」


 俺の言葉にミックも仏像のような顔をする。


 本当は俺もレスティーを意識していたりするんだが、どうしても距離を縮めることができないんだよな。

 幼馴染みという関係が心地良くて、つい、その状態を維持しようとしてしまう。当のレスティーも決して、幼馴染みという関係を踏み越えるようなことはして来ないし。

 

 だからこそ、付き合いの長いミックも俺たちの関係を傍で見ていて、歯痒い思いをしているのかもしれない。

 

「そうか。ま、お前もその年で、もう一人暮らしをしてるんだから色々と大変だよな。俺なんて母親がいなかったら、とても生活なんてできないぞ。お前も、洗濯物とか溜まってるんじゃないのか?」


 ミックは心配するように言ってきたが、その辺は問題ない。こいつの言った通り、要領が良いのが俺だから、家事とかは普通にこなしたりしているし。


「そんなことはないぞ。確かに家のことを一人でやるのは大変だけど、いちいち親に干渉さない分、返って気が楽さ。それにどうせ大学に行ったら、一人暮らしをすることになるんだから今の内から慣れておかないと」


 できればもっと都会にある大学に通いたい。


 俺の住んでいる町は駅前を中心に開発が進んでいるとは言え、まだまだ田舎だしお世辞にも楽しいところとは言えないからな。

 

 こんな町で一生を終えたくはない。

 

「俺たちはまだ高校生になったばっかりだし、大学なんて遙か先の話じゃないか。今から大学のことを考えるのはさすがに気が早すぎるぞ」


「かもな。でも、そんな風に思ってると高校生活なんてあっという間に終わってしまうもんなんだよ。時は金なりって言うだろ」


 時間を無意味に浪費する人間に人生の成功者はいない。


 と、ウォルコット教授は自分の顔写真が表紙を飾ったサイエンス誌で、そう含蓄のあることを言っていた。

 

「そういうもんか。だとしたら、高校生活という時間は大切にしなきゃならないし、俺も今の内から将来の夢とか決めておいた方が良いかもしれないな」


 そう零したミックは今が楽しければ良いというタイプの人間だからな。


「将来を見据えた戦いはもう始まっているのかもしれないし」


 ミックがしみじみと言ったその瞬間、ホームルームが始まるチャイムが鳴る。


 程なくして担任のベルナルド・マッケンジー先生が教室にやって来たのでミックは前を向き、俺はというと再び窓の外へと視線を逃がした。





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