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甘い果実


「…っち」

 細目男は忌々しげに舌打ちし、視線を寄越してくる店内の男達を一瞥する。

「いい男は見つかったか?」

 赤い実をうっとりと見つめていた瑠奈は、不審気にファイを見返す。

「私が会いたいのは母上の―――えーと――女性です」

 妹という単語を思い出せない。叔母という単語もわからない。とりあえず性別だけ言っておくと、ファイは表情を消した。

 相変わらず捻くれている男だ。

 そうだ、と思いついて瑠奈は実を差し出す。

「ファイさん、これを食べてください」

「は?」

「これはとても美味しいです。これを食べれば性格が直るでしょう」

「…てめえ…言い間違いにも程があるだろうよ」

「私は正しく伝えましたわ」

 ふふん、と得意げに笑う娘にムカついて、ファイは娘の手ごと口にする。

「ぎゃー!」

「うえええ」


 甘すぎだろ。しまった、ムカついてアホがうつった。


「ああクソ、お前のアホさが移った。そうじゃなくてなんだその女ってのは」

 ハンカチで手を拭く瑠奈の横に座り、いつものように会話を諦めずに食い下がる。

「えーと、なんでしたっけ?性格?」

「うるせえ放っとけ」

「もうあげませんよ」

 あんな美味しい実を食べても不機嫌なままなんて、矯正のしがいがない男だ。

「いらねえよアホ。ああクソそうじゃなくて―――」

 どん、と瑠奈との間を裂くように、グラスが置かれる。水が出てくるとは、寒村の宿にしては気が利く。と、細い目を細めて店員を見る。


 ふーん。


「なんにします?」

「同じのをお願いします」

 頷き、店員は厨房へと入っていくが、カウンターの傍から離れない。

「えええ、食べるんですか」

「ああ。さっさと帰るつもりだったがなぁ。早く帰って欲しそうだったからなぁ。いることにした」

「えええ!私の心が読めるんですか!?」

「てめえこのクソガキそんなこと思ってやがったのか」

「……あまりいい事を言ってなさそうですが、よく理解できない言葉です。なんて言ったんですか?」

「…っち」

「舌打ちはよくありません。ファイさんは行儀がよろしくないです」

「そんな薄着でフラフラ出歩く娘に言われたくありませんね」

「んん?口調を無理に変えられると、理解にあまりできません。どうせ性格が悪いことはわかっていますから、無理はいけませんよ」

「ムカツク…」

 くっく、と隠さずに笑いながら店員がプレートを差し出してくる。

「ごゆっくり」

「…っち」

 そういわれると早く帰りたくなる。食べる気などなかったが、食べ始めると空腹だったようで、瑠奈がちまちまと食べていた食事は数口で食べ終える。

「おいルナ」

 赤い実をつまみ、娘の顔の前で振って見せる。

「く・くれますの!」

「応えろ。お前は女を捜しているのか」

「はいです」

「女の名は?」

「わかりません」

「女の年齢は?」

「40歳です」

「特徴は?」

「黒い髪で、黒い瞳です」

「なぜ探す?」

「母上の―――ええと―――赤ちゃんで渡ったのです?通じました?」

 こてん、と小首をかしげる瑠奈に赤い実を渡す。

「あまー」

 おいしー、とほっぺたを押える。落ちる。押えてないと絶対落ちる。

 幸せなことに、赤い実の残ったプレートがずい、と押し付けられる。

「いただいてもよろしいのですか」

 応えるのも面倒、とファイは頷く。

 いちいち食べる前に実を眺めては口に入れ、ほっぺたを押える娘を苛立たしげに視界に収め、グラスの水を飲む。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

 機嫌よくプレートを二人分まとめて差し出すと、宿の男は愛想よく受け取った。

「口にあってよかったよ―――」

「おいルナ」

 まだなにかいいたげな宿の男の言葉を遮り、小さな袋に包まれた魔石を差し出す。

「部屋で見ろ。繰り返して使えるからな」

 受け取った瑠奈は、すぐに魔石だと気づいたようで、神妙に頷く。

「ありがとう」

「…っち。さっさと部屋に行け」

 しっし、と手を扇ぐと、ウインドあたりなら機嫌を悪くしそうだが、素直な瑠奈は頷いて階段を登って部屋へと戻っていった。

 それを名残惜しげに見る宿の男に、また舌打ちする。

「…勘定を」

「…5ゾルだよ」

 ファイは袖から硬貨を取り出す。

「なあ、なんであんた…あの子をひとりにするんだ?」

 ファイが気遣っている事は、男なら気がつく。

 店内にたむろする男達から視線を遮るように座り、食べ終わるとすぐに部屋へ戻す。そんなに心配なら、一緒に旅をすればいいだろう。

「…してない」

 細目の男はそう言い置き店を出て行った。

「なあなあなあテール」

「何話してた?」

「なんかいちゃついてなかったか?」

「なんで一緒に泊まらないんだ?」

「なあテール」

「うるせえ」

 べし、と台を拭く雑巾を投げつけ、テールはため息をついて階段をみあげた。





 袋には小さな花が刺繍されている。かわいい。

「温かい…おお?水の魔石?でもちょっと違うような。温水が出るんだー」

 その魔石を持ちながらだと、温かな水を操ることができる。

「わー、ありがとうファイさん」


―――ちがう!


 と、泉の水面から瑠奈を見下ろしていたファイは怒りを込めて叫んでいたが、もちろん瑠奈には届かない。




テールは引き際を知る男。うむ。いいヤツ。

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