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ひとり旅


 途中の休憩で足の豆がつぶれそうで痛むので、治癒した。王城から離れるほどに畑ばかりになる景色は、民家も見当たらなくなってきた。一日で次の村に着くか不安に思い始めた頃、ようやく村が見えてきた。そらは夕焼けに染まり、民家から夕飯の支度をしている気配が漂っている。


そろそろ野宿もありそうだなぁ。ま、登山とかキャンプで訓練してたから、なんとかなると思うけど。


 村にひとつだけ、という宿屋兼食堂の場所を聞き、そこへ向かう。歩く瑠奈を農作業を終えて帰る村人達は興味ありげにちらちらと見てくるが、生来そういう視線に鈍い瑠奈は気にせず宿へと入る。

「いらっしゃい。…泊まりかい?」

 テーブルから椅子を下ろしていた男が対応してくれた。

「はい」

「ひとりかい?何泊する?」

「一泊でお願いします。食事も」

「ああ。朝晩メシ付きで20ゾルだ。だがうちは風呂がないんだが…湯を運ぶか?」

「いいえ。必要ありません。ありがとう」

 財布から10ゾル硬貨を二枚、傷だらけの手に渡す。男の視線も、皮手袋で甲まで隠された瑠奈の手を見ているようだった。

 食堂で働いているときに荒れた手は、旅の間に随分回復した。日焼け止めで保護しているので、この辺りで見る女の手とは違い、白かった。

 あまり自慢できるものではないと思っている瑠奈は、さっさと荷を掴む。

「メシは部屋に運ぼうか?」

「いえ、混む前に見計らって降りてきます」

 そういうと、男は笑って頷いた。その方が助かるのだろう。

「厠はそこの扉で庭に出たところにある。井戸は村の真ん中にあるだけなんだ。水は朝、扉の横に置くよ」

「いえ、大丈夫です」

 瑠奈の言葉に、男は笑う。

「そんなことまで気を使わんでいい。こっちは商売なんだから」

 食事同様に、手間をかけさせないよう気をつかったと思われたらしい。本当に必要ないのだが、あまり問答するのも面倒なので、瑠奈は頷いた。

「わかりました。ありがとうございます」

 鍵をもって階段を登りきった男は、不思議そうに瑠奈を見つめた。

「ただの宿の使いに礼を言う客は珍しいなあ」

「…朝、お水をいただく時には、直接言えないでしょう?」

 蛇口をひねれば出てくる水が当然の世界からみると、わざわざ部屋まで水を運ぶのは礼を言うほどのことなのだが。

「なるほどなぁ。いい娘さんだなぁ。オレんとこ嫁にくるか?」

「そんなに困っているようには見えませんが」

 はは、と笑い、男は部屋の説明を簡単にすると、軽口を叩くことなく出て行った。

 実はちょっと本気だったが、瑠奈には通じていなかった。



 宿の食堂がいい匂いを立ち上らせる頃までに、瑠奈は旅装を解いて水の魔法で洗って干した。身体も洗って着替える。火の魔法を使えれば、温水にすることもできるのだろうが、水以外の魔法を学ぶ方法は見つからない。

 学校に入っていればどうにかなったのかもしれないが、今となっては、無理だった。よくわからないままに水の魔石を売っていたが、あれは違法だったと今は知っている。個人で使う分には問題ないが、生活の糧として収入を得るには、高額を稼ぎすぎていた。水の魔石相場の値崩れをおこしていたようだと気づいた。

 瑠奈にできるのは、知識や経験がなくても雇ってもらえるような職で生活費を稼ぐことのようだった。

「勉強しながら働きたいけど、そんな条件、なかなかないよね」

 ふー、と息をついて、部屋を出る。

 ご飯はなにかなぁ、と暢気に階段を下りていくと、良く笑う宿の男がグラスを手に立ち止まって見上げてきた。

「?」

 よくわからないまま小首をかしげると、しげしげと瑠奈を眺めて苦笑する。

「さっさと食べて部屋に戻ったほうがいいぞ?あんたみたいな綺麗な娘、この辺りじゃ見たことないからなぁ」

 人目につきにくいカウンターの端に座るよう言い置き、男は忙しげに店内を歩き回る。

 まだ早い時間だというのに、もう食堂はにぎわっていた。

「人気があるのですね」

「今日だけだろうがなぁ」

 厨房から中年の男がプレートを差し出してくれる。炒めた米と鶏肉のシチューだ。デザートに赤いイチゴのような実もある。

「わあ美味しそうです。いただきます」

 機嫌よくちまちまと食べる瑠奈を見に来ていた村の男達はあれやこれやと言い合う。

「あの髪、つやつやだなぁ」

「触ってみてえ」

「ちっせえ口」

「見たことねえな、あんな肌」

「かわいいなぁ」

「意外とちんまりしてんのな」

「でも・・は結構」

「おー」

 ごん、と村の男達が座るテーブルを軽く蹴り、宿の男は睨みをきかせる。

「メシ食わねえなら帰れ。酒だけっつうのも今日は無し」

 えー、と不満の声があがるが、男は譲らない。

「こっちも商売なんだ。客を守るのも仕事だ」

「ずりぃぞテール、俺らの仲じゃん」

「合鍵貸して」

 アホな悪友達を拳で黙らせ、テールと呼ばれた宿の男は唯一の客のもとへと行く。

「うまいか?」

「はい」

 もぐもぐと幸せそうに食べる娘は、時間をかけて飲み込むと、プレートに乗る赤い実を指差した。

「これは食べれるんですね?途中の森にありました」

「ああ。甘いんだ。女は好きだろ、そういうの」

 はい、と素直に頷く女の手は白く華奢。山に入ればすぐに見つかる実のことも知らないのは、やはりただの村娘ではないのだろう。

 だが、こんな田舎の食事を喜んで食べるのはどういうことだ?

 ひとりで旅をしているというのも妙だ。年頃のこんな綺麗な娘をひとりで行かせるなど、家族ならば止めるだろう。もしくは、誰か共をつける。

「どこから来たんだ?」

 食べる前に実をじっと見つめている娘に問うと、澄んだ黒い瞳がテールを見上げてきた。

 吸い込まれそうな瞳だ。

「うーん、バーレル?」

 こてん、と小首をかしげる。そう言っておけばいいかな、と思ったのだが、男はぎゅ、と眉間に力を込めて見つめ返してきた。ちょっと顔が赤らんだことに、瑠奈は気づかない。

「バーレルの出身なのか」

「いいえ。とても遠くです」

「遠く?他の大陸か?」

「とても遠く」

 もう聞かないでほしいな、と思い、赤い実を口に入れる。その甘さで、ちょっとブルーになった気持ちは消えた。

「あっまーい」

 おいしい、とほっぺたを押える。

 押えないと落ちるよー

 と、幸せの余韻に浸る間もなく、ぱちりと空間が爆ぜるのを感じた。

「む」

 瑠奈が顔をしかめるのと同時に、宿の扉が開かれた。

「なんでご飯の時ばっかり来るかなぁ」

 日本語で愚痴りながら細目の男を見る。

「私はご飯を食べます」


 話はあと!

・・に入る文字は、むね。


着痩せするタイプなんです。この娘。

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