羽衣の恋。
七夕の恋。短いです。
彼女を初めて見たのは、あるテーマパークのランドマークであるタワーの前だった…。
友達とはぐれて、ボンヤリと歩いている時に、ふっ…と目に入った。
夕焼け空が、ブルーとオレンジのグラデーションになりかかっている。
そのグラデーションを背景に、タワーを見上げるように彼女は佇んでいた。
周囲は帰り始めた客でザワザワとしている。なのに、彼女のいる風景だけ時間が止まったように見えた。
思わず持っていた一眼レフで、彼女と風景ごと切り取った。
「なにが見えているんだろう…?」
グラデーションの中の彼女は、優しく微笑んでいるように思えて。
こちらからは見えない表情を、容易に想像できる。
そして、何かを見上げて楽し気にも見える。
「何やってんのー⁈ どこにいるかと思えば!こんなところにいたの?」
「帰りますよー!」
彼女の連れと思われる女性2人組が、小走りにやってきた。
そして、ふっ…と彼女の周りの空気が動き始める。
すぅ…と動いた彼女の視線が俺を捉えた。
あ。やべぇ。バレたかな…。
見つかるといろいろと面倒な立場にいる俺は焦った。が、俺の危惧を諸共せず。
彼女は、ぺこん…と俺にアタマをさげて2人組のところへ駆け寄って去っていった。
彼女たちが立ち去った後、同じ場所に立って同じように見上げたけど…なんてことない風景。
「?俺には分からないな。あの人にしか分からないのかもな…」
彼女の見ていた風景を一眼レフで切り取る。
「おぉい!ここにいたのかっ!探してたんだぞーっ!」と、聞き慣れた声に振り向くと連れが怒ったような、呆れたような顔でこちらに向かってきていた。
「おー。歩いてた…」と返し、足を向けた俺の足元が何かに触れる。
「?」ふと足元を見ると、スカーフ?みたいなものが落ちていた。
あ。彼女の落し物?そういや、さっき首に巻いていたっけな…。
拾いあげると、フワリといい香りがする。
「あ。いい匂い…」彼女まだ近くにいるかな?ぐるっと周りを見回してみる。
いないか…。
「おいおい。歩いてたってなんだよ」と、連れが近づいてきたから、「スカーフはまた後で落し物で届ければいいか」と俺はカバンにしまった。
そして落し物で届けることなく忘れたまま、俺のカバンの中で眠っていた羽衣が呼んだ奇跡の恋。
いろいろとあって、俺は彼女と三度目の再会を果たす。
「ねぇ?あの時の風景、何を見ていたの?」と、俺の腕の中にいる彼女に尋ねる。
「ん…?あの時って…どの時?」と、腕の中から彼女が顔を上げて聞く。
涙に濡れた瞳を見て、気付く…。
あ。泣いてたのか?あの時も…。
俺が切り取ってきた風景を見返す。
「…そうか。泣いてた?」
彼女も個展会場の写真を見回して、「よくこれだけ撮れたよね?立派なストーカー?」くすくす…と腕の中で笑う。
そう。彼女が決心できるように。
俺の気持ちが本物だと証明する為に、仕事の合間をぬって、彼女の住む土地に出向いて一眼レフで切り取った写真たちが、展示してある。
彼女の為だけに開催した個展。
事務所には内緒で、つてを頼りコツコツと準備した個展。
彼女が通る風景、彼女が見ている風景、彼女がいた風景、そして彼女がいる風景。
「ね?これ返すよ」と、ポケットからスカーフを取り出す。
「あ。これ…前になくした…」
はっ!と気付いたように、彼女が顔を上げて会場を見回し、ある一点の写真で止まる。
「ま…さか、あの時も?出会っていたの?」と、俺を見上げて涙で濡れた瞳がまん丸に見開かれる。
「…あの日は七夕だったわね。思い出した」
と、彼女がおもむろに俺の手をとって、あの時の写真のとこれへ連れて行く。
「タワーを見上げたら、タワーのてっぺんの空に1番星が光ってて…。あ。これよ!」と、写真の端にかろうじて写っている小さな光を指差す。
ほんとだ…気付かなかった。
「あー。晴れたから二人出会えるね…と思って。そしたら何だか切ないような、でも嬉しいような…。それを発見したことは楽しくて、複雑な感情が湧いてきてね?」と、彼女は後ろにいる俺を見上げる。
そうか…やっと君が見ていた風景がわかったよ。
俺はもう一度彼女を抱き寄せ、ぎゅうっと抱きしめる。
「これからは一緒に見て行こう?」と囁くように伝える。こくん…と、胸の前にある彼女のアタマが動く。
これからは年に一回ではなくて、毎日会いたい。この写真たちが橋をかけてくれたから。
君と俺の間には流れがあるけれど、埋める必要はない。橋をかけて渡るから。
ふっと隣にかかっている写真に目をやると、写真の下の方にある窓に、カメラを構えた見覚えのある服装のヤツが写り込んでいる。
ふふっ。俺が映ってる。
カメラマンとしては、失格だな…。
そうか…君が見ている風景は、俺も見ていたよ。
同じ時、同じ場所、同じ空間で君と見る風景は、どんな風に見えるのかな?
どんな風に見えてるか教えてよ?
隣で手をつないで同じように見上げるから。
淋しくないように傍にいるから。
羽衣をまとった君が、二度と俺から翔びたっていかないように…。
七夕の空に誓う。
羽衣の恋。
いずれ連載する予定です。