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四話目 車輪の唄 前

「はぁ・・・ふぅ・・・」

僕は精一杯自転車を漕ぐ。

ギー・・・ ギー・・・ ギー・・・

自転車の車輪が悲鳴を上げている。

今にも壊れそうな音を聞きながら、僕は恐々ペダルを踏んだ。

ギー・・・ ギー・・・ ギー・・・

ああ、音がヤバイ。

いつにも増して、ヤバイ。

けどそれも仕方ないか、とペダルを踏みしめながら節に思う。

いつもは一人で乗っているのに、今日は僕一人で乗っているわけじゃなかった。


僕の後ろ。


荷台に、彼女を乗せていた。

彼女は荷台に横を向いて座って、落ちないようにしっかりと僕の背中を掴んでいた。

明け方の寒い外を、彼女の温もりだけを感じて走っている。

冷たい風に目を細めながら、未だ出ぬ太陽を待ちわびる。

以前に乗せたときより若干軽くなった彼女を振り返って、

「大丈夫か?寒くないか?」と聞いた。

「大丈夫だよ」

少し小さい声で、彼女が答えた。

「そっか」

確かな彼女の温もりを背に、町を走る。

町はまだ人通りが少なくて、静か“過ぎる”ってぐらい静かだった。

だから、

「・・・世界中で二人だけみたいだな」

そんな事を言ってみた。

「・・・・ハハ」小さな笑い声。

はい、ゴメンナサイ。

自分でも「どうかな」と思ったよ。


彼女が“引っ越す”事は前から聞いていた事だった。

親さんはもう引っ越し先に行っていて、彼女だけが家でやりたいことがある、と一日だけ一人でこっちに居た。

だから僕が彼女を駅まで送ることに成ったわけだから、彼氏だから、まあ当然の事だろう。

だけど、どうなのだろう、と思う。


僕はこのまま彼氏ではいられない。


それを解った上で、僕は笑顔で彼女を見送れるだろうか?


そんな事を考えて、僕はペダルを漕ぐ足に力を込めた。

加速して、前に立ちはだかる困難を見据える。

線路沿いの坂。

これを上りきればもう駅だ。が、この坂がかなりのクセモノ。急で、自転車で登ろうと思うとそれなりの筋肉痛を覚悟しなければならない。

しかも二人で、となると、それはもはや拷問の域。

かと言って、降りて手で押していくのは、男として駄目だ。

「ョっし・・・ッ!」

小さく気合を入れて、僕は坂に挑む。


キツイ。

上り始めて2秒でそう思った。ああ、もしかしたら1秒かも。

徐々にスピードは落ちていく。いつもとは比べ物にならない荷重が、足に掛かっている。

「ぐぉ〜・・・ッ!」

思わず喉から声が漏れる。

情けない。こんな事なら、筋トレをしておくんだった。

「ほ〜ら!頑張れ!もうちょっとだぞ!」

後ろで彼女がそんな事を言う。

何故だろう、とても楽しそうな声。

だけど少し、辛そうな声。


ギー・・・ ギー・・・ ギギッ・・・ ガゴガガ・・・


音がありえない感じになってきた。「ガコガガ」なんて聞いたことない。

今にもタイヤがガチョッ、て外れてしまいそうな音だ。

頼むから、耐えてくれよ?

タイヤに向けて思う。

あー・・・、どうだろう。タイヤに向けて、では無いかもしれなかった。

ともかく、もう僕の漕ぐ自転車は坂を制覇するまでもう少しだった。

漕いで、

漕いで、

漕いで、


登り、きっ・・・た。

ふぅ、と、息をつこうとして、


「―――――――ッ」


僕は言葉を失った。

坂を上っているときには、影になって気付かなかった。

太陽が出ていたのだ。

朝焼けが、僕等を照らした。

「わぁ・・・・」

彼女が後ろで言った。

「綺麗だね・・・」と。

綺麗だった。多分今まで見た朝焼けのどれよりも。

だけど、僕は「綺麗だね」と答えることも「うん」と頷くことも出来なかった。

今何かを言おうとすれば多分、声が裏返るだろう。


僕は泣いていた。


朝焼けが綺麗だから、とか、そんなロマンチックな理由とかじゃなくて、

ホラ、解るだろう・・・?



券売機で、切符を買う彼女の後ろに並んだ。

別に他の券売機は空いていたのだが、彼女の後ろに並んだ。

別に彼女は何も言わなかった。

彼女が買ったのは一番高い切符で、それを使って行く場所を、僕はよく知らない。

よくテレビで見たり聞いたりはするけど、行ったことなんて無い。

僕等が住んでいるところより都会だ、と言うことだけは、多分誰でも知っていた。

そしてそこで彼女が元気になる確率が低い事も、知っていた。


僕達は今日で別れる事になる。

その話を切り出したのは彼女の方だった。

ごめんね、と言っていた。

もう私は駄目だから。と。

連絡も取れなくなる。

つまりは、携帯電話もろくに使えなくなる、と言うことだった。

悲しませたくない、と彼女は泣いた。

ここで拒めば、彼女が更に悲しむだろう。と、僕はその申し出を受けた。


僕は買った入場券を、スグに使うにも関わらず、ポケットにしまった。

大事に。大事に。


改札を抜けようと彼女が先に行く。

僕はその後ろにつくように歩いた。

彼女が持っている大きな鞄は、一昨日一緒に買いに行ったものだった。

あれが最後のデートになった。

大きいから、「持とうか?」と言ったけど、「大丈夫だよ。ありがとう」と言って笑った。

大丈夫じゃないのは解っていたけど、僕は「そうか」と言った。

彼女が改札に切符を入れる。そして進んで、

「あ」

鞄が引っかかった。

紐が改札に引っかかっていた。

彼女が僕を見た。困ったように。

僕は何も言わず、頑なに外れようとしない紐を、手で解いた。

本当は、解きたくなかった。

解いたら、彼女は行ってしまうから。

いや、意地悪とかじゃなくてさ、

ホラ、解るだろう・・・?

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