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短編集

以心伝染

作者: 吾妻栄子

 電話が鳴っている。


「作業前は携帯をオフに」

 昔やった日雇いバイトのお触れ書きを思い出しつつ、私は脚立を降りて、腰掛ける。


「もしもし?」

 こんな夜更けにどんな非常識者だ。


「ああ、Y、さん」

 一瞬、「Y」と呼ぼうとして敬称に落ち着く。


「ほんと、久しぶりだねえ」

 どのくらい声を聞いてなかったかな?


「四年ぶり?」

 記憶の細かさは相変わらずだ。


「元気だった?」

 他人に電話する程度には元気に決まっている。


「私? まあまあかな」

 最高でなければこう答えるに限る。


「ところで、どうしたの?」

 手短かにお願いしたい。


「今? 別に忙しくないよ」

 急ぐほどの用事がないという意味では忙しくない。


「どうしたの?」

 でも、長話なら他を当たってね。


「死にたい?」

 なんて物騒な言葉。


「どうしてよ?」

 引き止めてほしいんでしょ?


「泣かないで」

 四年も顔を合わせていない女に向かってどうして電話口で泣けるんだろう。


「つらいんだね」

 たぶん、あなたはそう言ってほしい。


「今、どこにいるの?」

 雑音が入らないから、室内には違いない。


「そう、部屋」

 四年前と同じ部屋で、一人腰掛けて携帯に話しかけているんだろうか。

 一人で眠るにはだだっ広く、二人で寝転ぶとちょっと窮屈だったあのベッドに。


「まだ、あそこに住んでるの?」

 私がずっとここで暮らしていたように。


「おととしからそこに?」

 世間は狭い。


「今から行くの?」

 終電まであと十分。


「分かった、行くよ」

 二十分の間に男が死ぬことはないだろう。


「じゃあね」


 取りあえず電話線上の会話を中断すると、

 私は脚立の足元の茶封筒を取り上げた。


 中身を再度確認すると、間違いなく一万円札が五枚入れてあった。

 電車で三駅の移動どころかタクシーを拾ってもおつりが来る。


 玄関のドアノブを捻って押すと、

 刺すように凍った夜気に取り囲まれたが、私は声を立てずに笑った。


 四年前、互いに強く引っ張りすぎて切れた糸を結び直すことになるのか、

 それとも二人で抱き合って坂を転げ落ちる展開になるか、

 あるいは一方が他方を吊るす結末に終わるか、それは分からない。


 でも、少なくとも、この夜が明けるまでは、

 私はたった一人で首を括らずに済むのだ。(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 怖い電話ですね><
2019/11/22 03:22 退会済み
管理
[一言] 何年も前の作品に感想を残すのも野暮なのですが、サルベージしていたら、ふと目に留まったもので…… 少ない言葉で二人の関係を、その雰囲気を、表現しているのは凄いと思いました。 序盤の台詞と心情…
[一言] 先日は、感想ありがとうございました。 吾妻栄子さんの作品、まだ短編だけですが一気に読尽くしてしまいました。 全体的に叙情的で、それぞれの物語の持つ独自の世界感好きでした。 私が、どうも物語…
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