表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/17

5 初陣は死者0軽傷1

■白銀の姫

 むかしむかし、

 森には妖精が飛び回り、

 泉には精霊が宿っていたほどの昔のお話。


 森の中の泉の畔には集落があり、白の民が住んでいました。

 その中には、銀色の美しい髪を持つ少女がいました。

 少女は白の民と妖精たちと静かに暮らしていました。

 しかし、静かで平和な日々は突然壊されました。

 白の民の集落は黒き魔王に襲われてしまいました。

 泉で遊んでいた少女は助かりましたが、一人ぼっちになってしまいました。


 青の魔道師は、不憫に思い、彼女を自らの屋敷に招き入れました。

 少女は青の魔道師より、白銀の従者を与えられました。

 少女はさらに、白と黒の侍女を与えられました。


 年月が過ぎ、美しく成長した少女は白銀の姫と呼ばれるようになりました。

 白銀の姫は心優しい女性。

 彼女は若き剣士に剣を授けました。

 彼女は未熟な魔道師に宝具を貸し与えました。

 白銀の姫は弱き人々の味方なのです。


 ありがたやありがたや。


※*※*※*※*※*※*※*※*※*※



 朝、静けさを保っていた森に鳥の囀りが漏れ始める。

 すっかり冷え込みの厳しい季節となり、

 吐き出す息は白い。


 窓から差し込む朝日を背に、少女は話を紡ぐ。

 俺はテーブルを挟んで静かに座し、耳を傾ける。

 背後には部屋の出入り口、

 その傍らには風化した彫刻のように侍すルーヴィックがいる。

 ちなみにリルドナだけいない。

 彼女は話の途中で「準備があるから」と出て行った。

 なので向かいの部屋にも気配は無い。

「以上となります」

「悪いな、こんな朝早くから」

「いえ、私が好きでやっている事ですから」

 淡々と受け答えする。

 その姿はどこか冷めて見えた。

 俺は昨晩のことをまだ引き摺っていた。

 なので、言わずにはいられなかった…。

「リウェン、昨晩の話だけど――」

「はい?」

 表情こそ変えないが、空気が張り詰めたのがわかる。

 あえて蒸し返す事も無かったかもしれない。

 だが、どうしても俺は決着をつけたかった。

 あれからずっと考えて至った仮説だ。

「…。」

 青い瞳は俺を刺し続けている、明らかに警戒しているな。

 …しかたない。

 俺は視線をそらさずに、間合いを詰める――

「うりゃ」

「ふにゃ?!」

 そして彼女の視界の外から手を走らせて――その可愛らしい鼻を摘んだ。

「にゃにゃにゃにゃにゃにふるんれふか~!」

 おそらく彼女は『なにするんですかー』といってるつもりだが、ネコの鳴きマネにしか聞こえない。

 もう少し弄っていたいが、かわいそうなので、パっと開放する。

「ほれ、なんていったんだ?」

「な、なにするんですかー!」

 バッチリ正解、これで確証はとれた。

 いつもの言葉使いだが、声色は明らかに幼い――これこそが本当の『素』のリウェン。

 さらに続けて、次の手を放つ。

 頭のいい娘だろうし、冷静に考える時間が与えない。

「お茶に角砂糖は、別に二個でも三個でもいれるといいよ、ていうか俺が入れてやる」

「は、はいー?!」

 いきなりの話題にさすがについてこれないようだ。

 そもそもソレが狙いなんだ。

「苦くても飲め、今すぐに出来なくていいからさ」

「え、あ…えーっと?」

 ようやく頭を回転し始めたという感じだ、

 これで最後の一手、悪いけど詰めさせてもらう。

「これは昨晩、お砂糖理論で俺を煙にまいたお返しだぜ?」

「あ――」

 カチリと思考が合わさったんだろうが、すでにチェックメイト済み。

 みるみる顔を紅潮させていく、ホント姉妹で同じだよな。

「ず、ずるいです……」

「こうでもしないと、屁理屈こねてノラリクラリとかわすだろう?」

「うぅ……」

 彼女は身体を震わせ、目には光る物が浮かんでいた。

 ちょっといじめ過ぎたかもしれない。

 フォローをいれようとした瞬間、

「エイン、もういくぞ」

「あ?あぁ」

 ルーヴィックはそのまま外へ出て行こうとする。

 慌ててそれを追った。

 俺が部屋を出るのとリウェンがポロポロと泣き出すのはきっと同時だったと思う。



~・~・~・~・~・~



 廊下――といっても部屋と小屋の外をつなぐためだけの狭い空間。

 壁も簡素な造りの物だ、

 扉を閉じてあるにも関わらず、リウェンのすすり泣く声が漏れてくる。

「あまり妹を泣かさないで欲しいものだがな?」

「手が過ぎたのは謝る――が、フォローは入れようとしたんだぞ」

「ほう、また鼻でも摘むのか? あいつの粘膜は弱いからあまり摘むな」

「うー、鼻血顔はみたくねぇな…」

 ルーヴィックは小屋の外へ出ようとしない。

 そのまま動かない、俺も動かない。

 お互い話があるということだ。

 先に口を開いたのはヤツだった。

「何か結論が出たようだが?」

「あくまで仮説だけど、リウェンが俺に解けるように喩えているならの話だ」

 ――不幸をお茶の苦味、姉の気遣いを砂糖の甘味とするなら。

 ――苦味自体を否定――もしくは排除してしまえば、甘味は意味を成さなくなるからだろう。

 姉の気遣いさえも否定し兼ねないからだ。

 ――そして角砂糖一個まで、二個目は我慢と言った、ヘタな同情は要らないという拒絶だ。

 さらに『身に余る』とも付け加えた、つまりその一個ですら、過剰な部分がある。

 それらを踏まえた上で俺は答えた。

「リウェン本人はさ、自分の不器用な身体がイヤでイヤで仕方ないんじゃないかな」

「ふむ…」

「でも、その嫌悪していること自体を他人には見せたくない」

「なぜだ?」

「事故だか病気だか、原因はわからない――けど原因はお前ら兄妹にあるんじゃないのか?」

「なに…」

「仮にリルドナが原因しよう、

 リウェンが落ち込めば原因を作ったリルドナも罪悪感で押しつぶされる」

 相変わらずヤツの表情は読めない。

 そして返し手もこない。

 かまわず立て続けに手を指す。

「だから、いつまでも悲しんでいる姿を見せられないし、罪悪感からくる姉の心遣いも無下にできない、そして、姉のそういった行為を受け続ける以上、根本の不幸を否定できずに引き摺ったままになるんだ。でも、一番不幸と蔑んでいるのはリウェン自身なんだろうな」

 ――そう、本人にとっては触れられたくない部分、俺が無責任にもそのことを言ってしまったので、思わず感情的に対応してしまったんだ、あのときの言葉はまさしく本心だったはずだ。

 ――そして咄嗟にお茶に喩えて文字通り、お茶を濁そうとしたんだ、

あんな似合わないキャラを演じて。


「だから言ったんだよ、苦くても飲めって」

 ――甘味…姉がいなくても、いつかは生きていける、苦味をも飲めるくらい強くなれるかもしれない。

 いや、苦味――不幸から正面から向きあうべきなんだ、姉も妹も。


「それとお前に言いたいことがある」

「なんだ?」

「たしか、部屋で目覚めたリウェンを『素』と言ったが

 ――あれ、嘘だろ?」

 ルーヴィックはピクリと反応するが、無言のままだ。

「さっき鼻摘んだとき、咄嗟に敬語がでた、その身に言葉遣いが備わってる証拠だ」

 それがなくても、昨晩俺に激昂したときでさえ、敬語だった。

「そしてお前は、『見るのは久しぶり』と嬉しそうにしてたが――

 お前が笑うときはロクなことをしでかさない、悪さしている顔だと思ったよ」

「酷い言われようだな」

 実際にコイツは鉄仮面のような無表情と、作ったような笑顔しかしない。

 顔曇らせたりとか、微妙な変化はあるだろうが。


「お前ら兄妹、全員ヒント出しすぎだ」

 尚も変わらず無表情の鉄仮面。

 構わず俺は続ける。

「子供っぽいのが背伸びしてるんじゃない、

 丁寧な言葉使いを備えた娘が、わざと子供っぽい口調をしているだけだ」

「逆だと言いたいのか?」

「その方が筋が通る、姉の前でドジな妹を過剰に演出してるところがあるんじゃないのか?」

 そもそも人は相手によって言葉使いや態度を変える、俺だって変えてる。

 全く変えないしブレない、この兄と姉がおかしいんだ。

「どうしてそう思う?」

「馬車の中で寝てるリウェンの指、絆創膏だらけだっただろう?」

「そうだな、リルと一緒にお前のコートを修繕したからだろう」

 それだけなら、その時点なら、俺も不自然と思わなかった。

 しかし、あの娘は俺の目の前でウサギを蘇生して見せた。

「じゃあ、なんで自分の指を治療しない?あれだけの回復魔法を使えるのに……だ」

 続けて手を指す。

「いい歳の娘が子供っぽく振舞うんだ、そりゃ恥ずかしいだろうな。」

 小さくヤツが切り返してきた、

「なぜそんなことをする必要がある?」

「望んだのはリルドナだろ、『お兄様』と『姉さん』がヒントだったぜ、

 ――最初は『お姉様』と呼んでたんじゃないのか? でもリルドナが嫌がった、

 過剰すぎる姉の心遣いが、妹に世話の掛かるお人形を無意識に強要してたんだ」

 たぶん、リルドナは常時『お姉ちゃん』と呼ばせたいに違いない。

 なので間を取って『姉さん』だな。

「以上が俺の仮説だ」

「ふむ……」


 しばしの沈黙、

 ルーヴィックは目を閉じて思案しているようだ。

 そして、降伏した城が城門を放つように口を開いた。

投了(リザイン)だ。

 ――しかし、なぜこのタイミングで意見を提示した?」

「仕事に集中したいからだ、リウェンとはしばらく会えなくなるしな

 ――お前、俺の役割忘れてねーか?」

 俺の仕事は、罠の発見・解除、鍵の開錠、あとは遺跡などの場合は仕掛けの謎解きもか。


「真面目だな、発想は柔軟だが頭は硬いと見える」

「生憎だが、真面目にやるしか能が無いんだよ」 

「それで女を泣かしていいものか?」

「な、なんだよ」

「心を丸裸にしすぎるのも考え物だ」

「そこは反省してる…なのであわせる顔が無いな……」

 突かれると痛いトコだった、

 しかし、内心をお茶に喩えている以上、かならず本心にブチ当たるのは仕方ない。

 なので、反撃をする。

「ていうかお前、俺を試してただろ?」

「なんのことやら」

 そう言い、ヤツは肩を竦めておどけてみせる、

 その顔には笑顔があった――やっぱり信用できないな。

 それでもいい、一つ心の引っ掛りは取れた。



~・~・~・~・~・~



 注がれた朝日に一瞬目をくらまされ、ヒンヤリとした風に頬を撫でられた。

 その清涼感を堪能するのも束の間、不意に頭上から声が刺さる。

「アンタ、あの子を泣かしたでしょ」

 その声に反応し視線を向けると――

 視界一面の闇。

 一瞬にして夜になってしまった、

 ――のではなく、『黒いモノ』に視界を塞がれた。

 それはリルドナの黒い平底パンプス×二足(の靴底)

「ぶごっ!?」

 俺は倒れるまでのその刹那、点滅する視界の中で、大きくせり出した木の枝と――夕食の魚を盗んで逃げ去るノラネコのように華麗な宙返りして着地するリルドナを見た気がした。

 ていうか出発前から俺のライフを削るな。

 この間、僅かコンマ五秒なのだから、驚かされるばかりだ。

「いってぇー、何しやがる!」

「それはこっちのセリフよ! あの子に何したのよ?」

 思わず言葉に詰まる、なんと答えたら無難か頭が回らない。


 そのまま隠蔽率ゼロで言えば間違いなく殴られる。

 下手に信憑性ゼロの嘘を言っても殴られる。

 だからといって、発言性ゼロで黙っていてもやはり殴られる。

 ゼロはイロイロとダメなのだ。

 どうしたものかと、思案していると思わぬ助け舟が来た。


「リル、心配するな、大したことじゃない」

「え?そうなの?」

 ヤツは笑顔(・・)でリルドナを諭す、

 絶対イヤな予感しかしない、予感じゃなく確信と言ってもいい!


「ただ単に丸裸にされただけだ」

「へーそうなの~

 ………ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」

 ちょっと待て!

 『心を』が抜けてるぞ!?

 二つの赤い光が鋭く閃いた気がした。

 薄暗い夜道でノラネコ見つけたときってこんな感じだよなぁ。

 ――などと暢気なこと思考してる場合じゃなかった。

「がっ――?!」

 すくい上げるような強烈なアッパーで、

 なぜかダウン状態から無理やり立たされる。

 咄嗟に視線を走らせるが、ノラネコ…もとい彼女の姿は無い。

 直後、上方からの衝撃…また跳んでの一撃らしい。

 衝撃はそのまま後方にえぐられるように抜ける、

 そして、今度は後方からの被弾の感触。

 俺からは当然見えないが、後ろに回りこんだ彼女が連続技を叩き込んでいるようだ。

 背後からの危険な打撃に俺はなす術もない――!

 やめてくれ、俺のライフはもうゼロだ…。


「――というのは冗談だ」

「は?冗談?」


 ピタリ。

 ヤツの言葉で打撃の弾薬供給が急停止、

 急な慣性遮断で、俺はまたベシャリとダウンする。

「なんてことはない、

 少し会えなくなるんでな、話しこんでいたら感極まった、というところだ」

「あ~そっか~、そうよねぇ、あたしも寂しいわぁ」

 俺を殴るアクティブポイントを失った彼女はそのまま何事もなかったように振舞う。

 そしてヤツは錆びついた鉄柵門のように口を開く。

「なに、礼はいらんぞ」

「心配するな、絶対言わん」

 悪態をつきつつ、なんとか身を起こす、

 くっそ、朝一番からすでにドロドロじゃないか。

 そんな俺の姿を見てか、リルドナは言葉を発する。

「あ~アンタの顔――

 なんか汚れてるし洗ってきたら? ネコでも顔洗うわよ?」

 それはお前が蹴ったからだろう、という言葉に隠居を命じ、

 俺は素直に顔を洗うことにした。




 ザパァー…

 冷たい朝の空気に、冷たい水はやはり身にしみる。

「ふう……」

 相変わらずの扱いの酷さにため息が漏れた。

 不思議なモノだ、出会って今日でまだ三日目なのに、

 兄が俺を嵌め、妹が俺を殴る、これが自然なコトになりつつある。

 俺はルーヴィックに『俺を試してただろ』と指摘した、

 別にそのことに偽りはない。

 しかし、その必要性が見つからない、

 俺には特殊な戦闘技能があるわけでも、高位の魔法が扱えるわけでもない。

 ちょっと鍵開けが人より得意な程度としか自覚していない。

 もし、ヤツが何かを企んでいて、他人を利用しようというなら、

 他にもっといい人材がいそうなものだ…。

 ただ単に気に入られただけ?

 ……。

 答えは出なかった。



 顔を洗い、先程の場所に戻ると。

 例の兄妹は、軒先の段差に腰掛け何やら準備をしている。

「おう、何してるんだ?」

「ちょっとした、武具の手入れだ」

 ルーヴィックの手には、細身の短剣。

 短剣と言うより、柄の付いた針?

 それらは大量にあり、ひとつひとつ入念にチェックしている。

「そんなもん昨日の内にやれよ」

「勿論したさ、これは念のためだ」

 そう言いながら、確認を終えたそれを次々と懐に仕舞い込む。

 ていうか何本入るんだ…?

 視線をリルドナにスライドする。

 彼女は何か棒状の物を背負っているようだった。

 細長くゆるくカーブを持った剣のようなもの。

「おい、何を背負っているんだ?」

「あ~コレ? 太刀よ」

「じゃなくて、あの弓はどうしたんだ」

「今日は弓って気分じゃないのよ」

「お前はその日の気分だけで、いろいろ武器使いこなすのかよっ!」

「あ~うっさいうっさい、剣聖取るのに必要だったのよ」

 気だるそうに答えるリルドナ。

 そんな彼女の耳でピアスがキラリと光った気がした。

「ねぇ、アンタ」

「なんだよ」

「荷物は?」

「あ――」


 呆れるルーヴィックに、目を丸くする姉。

 参ったな…これと同じこと前もあったよなぁ。

 今戻ったら、泣いてるリウェンに鉢合わせするな…。

 リウェンにあわせる顔が思いつかない俺は軒先の段差に座り込み、ため息を漏らしながら重装騎兵のようにドシリと荷物を降ろすルーヴィックの「とってきてやろうか?」の言葉に「すまん頼む」と答え、眼前でエサにありついたネコのようにニヤニヤと笑うリルドナいじられつつ、もう女は泣かすまいと誓うのだった。

 くどくて、すまん。

 要するに――――

 荷物を取りにいくと……

 リウェンに鉢合わせするかも知れないので、

 ……ルーヴィックに甘えたわけだ。



~・~・~・~・~・~



 時間にして、体感で数分ほど。

 俺はルーヴィックから自分のリュックを受け取り、

 あの兄妹とともに集合馬車である森の入り口――昨日馬車を停めた場所――に歩を進めた。

 集合時間にはまだ時間がある所為か、まだ人はまばらだ。

 その中に見知った顔を見つける、体格のいい金髪の男――ロイだ。

「おはよう、昨日はごちそうさま」

「おはようございます、早いですね」

「おはよ金髪、なかなか美味しかったでしょ?」

「おはようだ」

 四人四様の挨拶を交わす。

 どれが誰の言葉かは…まぁわかるよな?

「うん、美味しかったよ、えーっと、リルちゃんだっけ? 

 キミいいお嫁さんになると思うよ」

「そ、そそそそそそう?」

 リルドナの赤面モードのスイッチが入り、可愛さ二割アップを果たした。

 さすが大人のロイ、今度その対応術を是非ご教授願おう。


 今日のロイは完全装備だ、アームガードやグリーヴ、

 中でも目を引いたのは裾の長い鎖帷子――ホーバークというやつだろうか。

「さすがにガッチリ固めてますね」

「まぁね、コレで食べている以上は、装備にもお金掛けないとね」

 チラりと兄妹をみる。

 どうみても防具の類は無い。

「お前らはそんな軽装で大丈夫なのか?」

「大丈夫だ、問題ない」

「はぁ?アンタも軽装じゃない」

「俺はそもそも戦闘要員じゃないし、コートの下にレザーアーマーも着込んでいる!」

 ついでにいうと、足に簡易の脛当も着けている。

「大体、昨日は弓使うときに手甲やら胸当てしてなかったか?」

「あれは弓具の一部よ、

 素手で弦は引かないし、矢を射るときに弦が引っ掛る危険もあるしね~」


 弦が引っ掛る?なるほど確かに腕とかに引っ掛けそうだ。

 じゃあ胸当ては要るのか?胸に引っ掛るか…?

 気付かれないように(ここ重要)視線をリルドナの胸元へ回す――

 今まで服装でわかりにくかったが、小柄な身体に反して大容量。

 これなら引っ掛るかもしれない、うん。


「別に軽装で大丈夫よ、倭の国の(ことわざ)にもあるわ」

「ほう?」

「曰く、『当たらなければ、どうということはないっ!』よ」

「それは本当に諺なのか?」

「あ~うっさいわね、ネコ踏んで死ねば?」

 相変わらずの俺たちの不毛な言い合いにロイが口を挟む。

「ねぇ、弓といえばさ、今日は持ってきてないように見えるけど?」

「金髪もそういうこコト言うの? 今日は太刀でいくのっ」

 彼女の言葉に、ロイは視線を背負われたモノに移し、興味深そうに眺める。

「へ~、これがカタナってやつなのかな?」

「そうよ、これは両手持ちの、それも大きいやつだから、大太刀ね」

 今更ながら思うが、この太刀も、あの時の弓も、

 どう考えても俺が代わりに運んでやったリュックに入るサイズじゃないと思うんだ…。

「ねぇ、そういえばヤンキー顔は?」

「もうちょっとしたら来ると思う、アイツ寝坊助なんだよ」

 なんというか、イメージ通りな。

「ふ~ん、朝弱いなら早く寝ればいいのに」

「アイツは言うこと聞かないからなぁ」

 ついでに、そこの女も言うこと聞きそうにないんだ。

 などと心の愚痴を零していると、噂をすればなんとやら、ゼルが姿を見せた。

「よっ!」

「ゼル遅いぞ、起こすボクの身になってくれ」

 悪びれた様子もないゼル、小言をぶつけるロイ。

 これはこれで、いいコンビなんだろうな。

 そしてリルドナの背中を見て、ゼルはこう言った。

「お?なんだねーちゃん、弓は使わねぇのか?」

 …。

 おいおい、アンタらお約束過ぎるだろ…。



~・~・~・~・~・~



 先程の喧騒から十数分。

 次々と人が集まってくる。

 その中に一際目立つ人物が居た。

 威厳あるフルプレート鎧を身に纏い、格式のありそうなカイトシールド、

 そして腰に帯びた由緒正しそうなロングソードの人物。

「あの人って――?」

「あれって、ヒゲ様じゃない? 随分と立派な装備ねぇ」

 この女の呼び名じゃイマイチわからん。

 えーっと誰だっけ。

 その問いにはルーヴィックが答えてくれた。

「執事のブルーノ()だな」

「うえぇー?!」

 おいおい、ちょっと待て、なんで執事があんな豪華な装備してるんだ。

 ヘタすると、この中で一番「ソレっぽい」格好じゃないか。

 あと、執事に()をつけるな。

 他の人間もそう思っているのだろう、驚きを隠せないといった感じだ。

 見れば、ゼルとロイがブルーノに丁寧な挨拶を交わしている。

 もう労使関係というより、軍隊の上下関係にすら見えてしまう。

「あれはタダの執事じゃないだろう」

 俺は誰となしに口にしたが、ルーヴィックがそれを汲み取る。

「執事として雇われる前は、何かそういう職に携わっていたんだろうな」

「執事というより、用心棒か?」

「大切な剣の鞘を預けるんだ、タダの執事では無いだろうな」

 それは納得のいく話だ、野良で集めた素性の知れない人間に全て任せるよりも、

 自分の息の掛かった人員を派遣するほうが安全だろう。

 探索の対象物を横領される危険もある、口裏合わせれば「剣は見つからなかった」とか適当に報告、もしくは、「魔物と交戦してて鞘を紛失」とか、最悪なシナリオを用意することも出来る。

 要するに、いくらギルドから派遣された人間といえど、俺たちは信用されてないわけだ。

「まぁ、その方が面倒なくていいか」

 万が一、成果ゼロで終わっても、変な疑いを掛けられずに済む。

 そんな俺の思惑を他所に、ブルーノは一同を見渡し口を開き始めた。

「皆、揃ったようだな」

 途端、僅かにざわめいていた空気が静まる。

「これより森に入る、

 結界を越えぬ限り魔獣は現れないらしいが、気を抜かぬようにな」

 そう言い放つ彼の手には、古びた大き目の手帳。

 あれに森のことが記されているのだろうか?

 勇者の末裔ってのが本当なら、あれは勇者の手記?

 確認できることもなく、そのまま手帳は仕舞い込まれ、

 俺たちは出発を言い渡された。



 足元には落ち葉が堆積し土と入り混じって、

 踏みしめると独特の感触を与えてくれる。

 不意にその感触の表情を固くすることもあった、

 どうやら、今も部分的に舗装された部分が残っているようだ。

 ちなみに『結界を越えぬ限り魔獣は現れない』といってたが、何もこの森だけの話じゃない。

 今の時代は、もうほとんど魔物に出くわすことはない。

 冒険者ギルドの設立、照明などの文明の利器の発達、主要の都市・街道の安全確保の徹底

 様々な取り組みが行われた結果、普段人が立ち入る場所には魔物は存在しない。

 未開拓の地に冒険に行くか、辺境の地で警備兵でもすれば拝めそうだが。


 周囲は静けさを称えている。

 小鳥の囀る声や俺たちの足音が盛大に聞こえるほどだ。

 俺たちはハイキングに来たわけじゃない、仕事である以上、誰も無駄口は叩かない

 ――はずでした…いや、もうねぇ。

 静寂をブチ壊すのはやっぱりこの女だった。

「ねぇ、ヤンキー顔も金髪もそんなに弓見たかったの?」

「そうだねぇ、あんな大きな弓は珍しいよ、ボクとしてはかなり興味あるよ」

「まぁ、俺はロイほど見たいわけじゃないけどな」

 二人は邪険にせず、ちゃんと面倒見てくれる――いい大人だと思う。

 というか、いい加減その呼び名はやめろ、「ヤンキー顔」とか逆に言いにくいだろぉ?!

「う~ん、倭の国に招待できたら一杯観れるのにね~」

「まぁ、なかなかそうもいかないね」

「うーん、あたしが射ってるの見せてもいいけど、

 どうせ観るなら巻藁稽古(まきわらげいこ)とかよりも流鏑馬(やぶさめ)の方がヤンキー顔も喜びそうね」

「ヤブサメ?」

 また聞いたことの無い単語だった、

 この女の武勇伝は底が知れない、またトンデモ性能に違いない…。

「馬を走らせて、その馬上で的を射るのよ」

「はぁ?そんなこと出来んのかよ、落馬しねぇか?」

 俺は馬に乗れないので、詳しくはわからなかったが、

 さすがの俺にも弓で両手が塞がる危険な状況はすぐに想像がついた。

「そうね、だから最初は騎射体勢をとる練習から始めるわ」

「うひ~、それだけでも一苦労じゃねーか」

 想像すればするほど、高度な技術に思える。

 だが、俺には確信があった、この女なら…俺は口を挟む。

「でも、お前はそれすらもマスターしてるんだろ?」

「よしてよ、いくらあたしの辞書でも『不可能』の文字くらい載ってるわ」

 その代わり『容赦』とか『慈悲』が欠落しているんだろう、という意見には即退場願った。

 すかさずロイが先を促す。

「でも、やったことあるんでしょ」

「そうねぇ、一回挑戦させて貰ったけど、

 皆中なんて到底無理、せいぜい羽分けにするのがやっとだったわぁ~」

 全く聞いたことも無い単語だったが、この女のことだ…

 おそらく『やっとだった』ということも達人レベルなことじゃないのだろうか。

「じゃあ、模擬線みたいなヤツはねーのか?」

 肉食系のゼルらしい質問だった。

 あの弓で射合ったら、死人でるぞ、多分。

「模擬戦ねぇ、うーーーーーん」

「別に弓限定じゃなくていいぜ」

 この二人が倭国に行ったら、観光内容はもう確定しそうだ。

「じゃあ、『スムォウ』…だったかしら一対一で戦うやつなんだけど」

「一対一か、騎士の一騎打ち(ジョスト)みたいなモンか?」

 騎士の模擬戦、一騎打ち(ジョスト)団体戦(トゥルネイ)

 俺はどちらも観たことが無いので、一度観てみたいものだ。

「武器は使わないわ、身体一つでぶつかり合うのよ」

「そうなるとレスリング…いや東の草原の民の『クフ』みたいなモンか」

「そうね、似てるかもしれないわね」

「でも、あれって結構地味じゃねーか?」

 そういったゼルの批判の言葉にリルドナが噛み付く。

「そんなことないわ、『バンヅケ』ていうランキング制があるんだけど、

 それの下位、『マクシタ』呼ばれる選手はまだまだそうかもしれないけど…」

「ランキング…リーグ戦なのか」

「そうよ、それでランキングは大きく分けて『マクシタ』『マクウチ』に分類されてて、

 これは騎士と従士くらいの実力と待遇に差があるんじゃないかしら?」

「そりゃ、随分と落差があるな。」

「その中でも頂点に立つ『ヨコヅナ』の試合ともなると凄いわよ?

 闘気と闘気の激しいぶつかり合いはまるで雷鳴、山一つ消し飛ぶくらいよ、

 守護障壁無しじゃ観てるのも危険だったけど、あの華麗な空中戦は忘れられないわ」

「すげぇな…やっぱり倭国は底が知れねぇ……」

「こ、これは倭国に行ったら一度は観ておかないとね」

 さすがの傭兵の二人も想像を絶するモノなのだろう。

 極限にまで己の肉体を鍛え上げ、逞しく日々精進し続ける武人。

 そんな武人たちの修行から生みだされるに様々の多彩な技を思い浮かべる。

 俺は倭国へ想いを馳せるのであった。



~・~・~・~・~・~



 俺たちが無駄話に花を咲かせ、突き進み続けて数十分。

 元々、段差が多い森だったが、その区画は一際それが顕著だった。

 そこは森の中であってあたかも断崖地帯。

 そんな中、ルーヴィックは突然声を漏らした。

「止まってくれ、ブルーノ卿」

「私はただの執事だ、卿は要らん、どうしたんだ?」

 突然の行軍停止に一同はざわめく。

 ルーヴィックの視線の先は切り立った崖。

 そこに何があるというのだろう?

「ここだ、ここでいい、」

「はぁ?この岩の壁がなんだっていうんだ?」

 ゼルがそういい、崖に手を掛けようとした。

「触るな!」

 ルーヴィックの鋭い声に手が止まる。

 滅多に聞けそうに無い貴重な声だった。

「また振り出しに戻ることになる」

「――! ということがコレが?」

 そこでカチリと思考が繋がった。

 確か、お伽話にもあった、『貴婦人の閉ざした門』というやつか?

「ブルーノ卿、ここを『ソレ』で切り裂いてくれ」

「うむ、わかった…」

 ブルーノは例の剣の鞘を取り出し、ルーヴィックの示す岩壁に歩み寄る。

 そして、鞘を剣のように構え振り下ろそうとした、その時…


<人の子よ、此処はそなた達が踏み入って良い場所ではありません>


「――?!」

 不思議に響く声だった、人の言葉を発しているが、人のソレとは思えない。

 この声が『泉の貴婦人』なのか?

 臆すことなく、ブルーノは言葉を返す、

「泉の貴婦人よ、ご無礼承知でここを通ることをお許し下さい」


<なりません…ここより先は――ちょっアンタ――>


 話途中に鞘は振り下ろされていた。

 そして、岩壁の絵が描かれたガラス壁面が、ヒビわれて砕け散るように、

 目の前で偽りの空間が割れて、真の空間が姿が顕す。

 にわかに信じがたい光景だった。

 他の人間もそうであったのだろう、皆言葉を失っている。

 何故かリルドナが笑いを堪えつつ「化けの皮剥がれてるわよ」とか漏らしているが、今は無視。

 この女の笑いのツボがイマイチ理解できない。

「では、行くぞ」

 ブルーノの声にぞろぞろと皆付き従う。

 幻の壁面の向こうには、薄暗い道が続いていた。

 別に狭いわけじゃなかった、一列になって進むとか、腰を屈めたりすることもない。

 だが空気が明らかに違う、得体の知れない何かが圧し掛かるような感覚。

「ここからが、魔獣とやらの領域か」

「そうだな、そろそろ無駄口はつぐんだ方がいい」

 俺の呟きに、律儀にルーヴィックが答えた。

「無駄口ついでに聞くぞ?どうして、ここだとわかった?」

「そうだな、音だな」

「音?」

「この岩壁だけ音を反射しなかったんでな」

 なるほど、と言いたかったが、そう簡単に判別できるのか。

 コイツならやりかねないが…。

「さすがだな、そのまま最強の駒は俺を守ってくれると思えばいいな」

「ほう、調子がいいな?」

「差し詰め、盤上の女王(クイーン)だな」

「俺は男だ女王(クイーン)にはなれんし、そもそも買いかぶりすぎだ」

「じゃあ、何だ?」

城兵(ルーク)だな」

 充分強い駒だろうが…という気持ちはサックリ切り捨てる。

 俺は気を引き締め直して足を進めた。

 日はまだまだ低く、朝の空気は冷たい、

 ここは一段と冷えるように思えた。



 深い森を招かざる俺たちは進む。

 相変わらず足元は起伏が多く歩き辛いが、

 もう人工の建造物の残骸は見当たらなくなっている。

 やはり本当に人の立ち入らない場所のようだ。

 誰も言葉を発しない、ピリピリとした緊張の空気がだけが聞こえるようだ。

 ――これだけの人数がいて、無言。

 発せられる警戒の緊張感は音が無くても騒がしく感じる不思議な感覚だ。

 音は無いことは無い、柔らかい大地を踏みしめる音。

 あとは、各々の荷物が固有の声を奏でるくらいだ。

 静寂と沈黙は違う、長時間の沈黙は人間には耐えがたいものだ。

 そして耐え切れなくなった者は口を開く…それは勿論――

「ねぇ~なんていうか、こうヒマよねぇ?」

 このノラネコのような女だ。

 ていうか、空気を読め、

 ログと空気を読めないヤツは冒険者失格だぞ?

「ヒマとか言うな、これは仕事だ」

「うーん、まぁそうなんだけどね~」

 つい返事をしてしまい、リルドナは(みず)を得たネコ(サカナ)のように活気付く。

 正直、俺も沈黙はきつかったということだろう。

「仕事なんだから、周囲に警戒配っておけよ」

「んー、でも、」

 そう答えながら、彼女はキョロキョロする。

「もう囲まれてるんじゃないかしら?」

「え?」

 今、とんでもないことを言わなかったか?

 言葉の意味を理解し直そうとした、その時 


 ガサッ!

 不意に視界の端の茂みから何かが飛び出した。

「――いっ?!」

 それは大型の獣、

 一見して猫のように見えるが、サイズが違いすぎる。

 リンクスというヤツだろうか?

 俺は咄嗟に腰の剣を抜く。

「気付いてるなら、早く言え!」

「だってぇ…喋っちゃダメみたいだったんだもん……」

 そんな可愛らしくシュンとしてもダメだ。

 先に「ヒマよねぇ」とか言う前に教えろ…。

 獣は次々と姿を顕す、その数は数十匹。

「いかんな…散開しろ!」

 ブルーノの声に、一同は動き出す。

 正規のパーティを組んでいるわけでもないんだ、

 各個人で立ち回るほうが都合がいいわけだ。

「くっ!」

 俺は迫り来る獣の鋭い爪の一撃を凌ぐ、

 さすがに動きが速い、反撃する前に間合いが開く、

 足場が悪く、下手に走れば転倒するかもしれない。

 一方相手は庭同然の森だろう、遠慮なく走り回っている。

「このっ!」

 そこに続けて、また爪の一撃が放たれるが、これも凌ぐ、


 ガサッガサッ…

 不意に背後からの物音、

 そして耳に流れ込む荒い息遣い。

「――!」

 振り返ると、そこに別の獣が姿を顕し、

 今まさに俺の首に飛びかかろうとしていた。

「がっ――?!」

 俺は側面からの衝撃を受け吹っ飛んだ。

 辛うじて、受身を取るが…おい、痛いぞ?


「なに、礼はいらんぞ」

 視線を向けると、首の無い(・・・・)先程の獣と、刃を抜いたルーヴィック。

 あの一瞬で獣の首を刎ねたらしい。

 俺は身を起こし、ヤツに言葉を掛ける、

 礼を?いや違う。

「だからって蹴り飛ばすんじゃねぇぇ!」

「コラー!ちゃんとお兄ちゃんにお礼を言いなさい!

 ――ネコでもお礼を言うわよ?」

 俺の悪態にリルドナが激を飛ばす。

 なんでイチイチ俺はネコと比較されるんだ。

「リル、荷物を頼む」

「はいはい、かしこまりっ!」

 荷物をリルドナに任せたルーヴィックは大きなリュックに姿を変えていた、

 ――のではなく、荷物を置き去りにして動き出した。

 俺も荷を降ろし、身軽になる。

 それは当然、命のほうが大切だから。


 ズゥ…ン

 不意な振動、地震か?

「おい、邪魔だ…」

「な…!」

 不意に目の前を巨大な鉄の塊が倒れこむ。

 その正体は、巨大な幅広の剣。

 打ち下ろされると同時にズゥーンと小さな振動が起きる。

 剣の下には…見たくも無い肉塊が、なんとも哀れな姿だ。

「もう少し離れろ、巻き込みそうだ」

「す、すみません」

 巨漢の剣士――ガディだった。

 その体格に負けず劣らぬ巨大な剣を振り回している。

 時折、周囲の樹木を巻き込むが、哀れ罪の無い木は薙ぎ倒されていく。

 俺はそんな木の仲間入りしないように、離れる。

 立ち居地も空気も読めない人物に思えた。


 ドォ…ン

 今度は爆発音、雷鳴か?

 ではなく、これはロイのマスケット銃の音だろう。

 彼は的確に狙いを付け、確実に仕留めていく。

 だが、銃は再装填に大きな隙が出来る、その瞬間を巨大な獣が――

 槍で薙ぎ払われた。

「オラオラッ、堂々と背中向けて隙作ってんじゃねぇ!」

「それがゼルの仕事でしょ、文句言わないでしっかり護衛頼むよ?」

 銃兵を護衛する槍兵、なるほど本当にいいコンビのようだ。

 お互い罵り合いながら、次々と獣の群れの数を減らしていく。


 ゴオォォ…!

 今度は燃えるような熱感、火炎か?

 それはそのまま炎だった、あのアビスという魔道師が炎を発している。

 業火は次々と獣を飲み込み、ただの焦げた肉塊へと変えていく。

 不思議なことに、森の中であれほどの炎を放っているのに、燃えるのは獣だけ。

 何かしらの対象制限をかけているのだろうか、到底俺には真似の出来ない技術だ。


 しかし、魔法の詠唱は銃の再装填と同じく、大きな隙を作る。

 俺の心配に応えるかのように、ターバンにマントを羽織った男――アーカスが割って入る。

 彼は独特の形状の刀剣――カットラスを振りかざし、群がる獣を追い払う。

 この二人、仲間だったのか?

「アンタには触れさせねぇカラ、しっかり駄賃は頼むゼ?」

「わかっている、全く食えない男だ……」

 同じ仕事を請け負っている人間から報酬を取るのか…なんとも曲者だ。

 だが、腕は確かなようだった、口にした通りことごとく獣の攻撃を阻んでいる。


「さすがだな…」

 こと戦闘に関してはまるで俺の出番は無い。

 むしろ近づくと邪魔になってしまう、

 自分が標的にされない限り手出し無用だろう。

 そう割り切り、高みの見物に興じようと視線を巡らせた。

「あ?」

 何やら木陰に置かれた物を漁る小さな人影。

 置かれた物は…俺の荷物だ。

 小さな影は、子供のように見えるが、なぜこんなところに?

 思考を走らせてる間に、人影も走り出す。

「おい、待て――!」

 俺は慌てて追いかけた、少し迂闊だったかもしれない。



~・~・~・~・~・~



 俺は逃げる小さな影を懸命に追う。

 足を働かせながらも思考を巡らせる。

 こんな場所に人間の子供がいるわけはない。

 何かの亜人か何かか?

 早く捕まえなければ…あまり単独で遠くに離れるのは危険だ。

 足はあまり速くないようで、なんとかその小さな肩を捕らえる。

「おい、それは俺の――」

 言いかけた言葉が凍りつく、ある程度覚悟はしていた。

 振り向かせたその顔は、犬の頭のようだった。

 子供が犬の被り物しているように思いたかったが、

 ――そんなのあり得ない――

 コボルトというヤツではないだろうか?

 たしか、邪悪な妖精だか精霊だとか本で見たことがあった。

 記述では坑道や地下に住むとあったが、その真偽を確かめる術は無い。


「くそ、いいから返せっ!」

 疑問の靄を振り払い、荷を取り返そうと力を込める。

 しかし、再び凍りつく。

 ガサガサッと次々とコボルトたちがぞろぞろと姿を見せる。

 数は十数匹、その手には木製らしい棍棒が握られている。

 やられた、まんまと誘き寄せられたか。

 俺は一旦手を離し、間合いを空ける――包囲されない為だ。

 腰からショートソード抜き構える。

 本の記述通りなら、さほど手強くないヤツらの筈だ。

 コボルトが飛び掛り、棍棒を振るう――

 俺は難無く避ける、やはり大したことは無い。

 再びコボルトの一撃、今度は受け流し、俺はそのまま頭部へと剣を振り下ろす。


――フェアリーリングを目撃したら、立ち去るべきです―――

「くっ…」

 しかし剣は空を切る。

 俺は慌てて間合いを取り直す。

 別のコボルトが飛び掛ってくる、

 俺は咄嗟に剣で切り払おうとする。


――ただ楽しく踊っているだけ、そっとしておいて上げてください――

「クソッ…!」

 再び剣は空を切った。

 直後、肩に鈍い衝撃、続いて腰、背中と次々と被弾する。

 なんだよ、どうして?

 どうしてリウェンが邪魔するんだよ…。

 俺は頭部へと打撃だけは免れつつ、防戦一方を強いられる。

 致命傷は来ない、しかしこのままではマズイ。


「アンタ何やってんの?」

 いい加減聞きなれた声だったが、この時ばかりはミルクのように甘く感じた。

 彼女は喋りながらも、次々とコボルトを殴り飛ばしていく。


「なに、一方的に殴られてんのよ、このワン公どもアンタの知り合いなの?」 

 呆れ顔で面倒臭そうに、そう言い放つ。

 手には鞘の付いたままの太刀、つまり鞘ごと打ちつけていたらしい。

 片手で太刀を持ち、そのまま自分の肩にポンポンと弄んでいる。

 さて、どう返事してやろう、正直にリウェンの所為には出来ない。

 ――真面目に考えることでもないか。

「実はそうなんだ、あれは俺の先生の兄弟の息子の借金相手の飼い犬の友人なんだ」

「え?あ?ん~?」

 目を点にして、なにやら片手の指を折って確認している。

 ヤバイ…コイツ、頭は不器用なようだ。 

「とにかく、殺さない程度にやってくれ」

「あ~…はいはい、かしこまったわ」

 弾かれたように動き出し、次々とコボルトを打ち付ける。

 コボルトの棍棒を潜り抜け、流れるように太刀の柄を打ち据える。

 不意に後方からコボルトが飛び掛る――彼女は身体を捻り、そのまま遠心力で太刀を払う。

 強烈な打撃に小さなコボルトの身体は木に激しく打ち着けられる。

 彼女はそのままそのコボルトに歩み寄り、太刀を突きつける。

「もう観念なさい、いくら無能の知り合いでも――」

 ガシっとコボルトはその鞘を掴んだ。

 その行動に彼女は赤い瞳を見開き、一気に太刀を引き抜く(・・・・)

 当然、刃は鞘から抜き去られ、ギラリとその刀身を晒す。


 ザシュ…

 鈍い斬撃音と共に、切断面よりずり落ちる……背後の木が。

 リルドナは、コボルトの頭よりやや上に刃を走らせ、背後の木を切り捨てて見せた。

「次は本当に斬るわよ?

 いくら慈悲(・・)深いあたしでも、いい加減にしないと容赦(・・)しないわ」


 その慈悲と容赦を俺にも向けて欲しいものだ。

 彼女の圧倒的な暴力の前に、コボルトたちは散り散りとなって逃げていく。

「おっと、それは置いていけっ」

 一番最初のコボルトを蹴り飛ばし、倒れたところから荷物を取り返す。

 大した物は入っていないが、近くで一緒に置いてあった兄妹の荷物はデカすぎたんだろう。

「すまん、助かった」

 声を掛けるが、返ってくる彼女の返事は歯切れが悪い。

「ね、ねぇ?」

「なんだよ?」

「アンタの飼い犬の先生の兄弟の息子の借金相手の友人だったら、」

 また指を折って確認している、今度は両手だ。

「ぜ~んぜん、知り合いでもなんでもないんじゃないの?」

「まだ考えていたのか…すまん」

 しかも微妙に順番違って伝わってる…。

 手先は器用だけど、頭は不器用、覚えておこう。

「とりあえず戻るぞ、あまり離れすぎは危険だ」

「あ~はいはい、」


 その時、踵を返し、目に飛び込んできたのは、

 巨大な身体に巨大な斧を手に、まるで牛のような頭を生やした人物。

 あのー

 なんで貴方のような方がこんなところにいらっしゃるんでしょうか…

 あまりにも有名な彼は、普通ダンジョンの奥で財宝か何かを護ってないか?

 皆もよく知ってる、この正体は――

「みのたろう?!」

「なんか違うと思うぞ…」

「みのもん? ものみん…? もーもーかしら?」

 頼む、わからないなら、素直にわからないと言ってくれ。

 正直な表情の持ち主だ、今もそれは発揮されている。

 あたかも『あたしバカで~す♪』というような顔をしている。

「無理に考えるな…」

「じゃあ、ももたろす!」

 この間、空気を読んで待ってくれている彼に敬意を表する。

 その気持ちも込めて、訂正した。

「ミノタウロスだ!」

「惜しかったわねっ」

 惜しくねぇ…という気持ちに左遷を言い渡し、俺は再び戦闘態勢をとる。

 見るからに手強そうだ、俺の剣が通じるのか?

「先に聞いとくわ」

「なんだよ?」

「コイツもアンタの知り合い?」

「心配するな、答えはノーだ」

「ハイハイ、かしこまりっ!」

 返事と共にリルドナは地を爆ぜさせ、エサを見つけたノラネコのように飛び掛る。

 俺も一拍遅れて、斬りかかる。

「おっとぉ、甘いわ!」

 彼女は丸太のような腕から振り下ろされる巨大な斧の一撃を身軽に避ける、

 そして、そのままの勢いでミノタウロスの脚を斬り抜く。

 俺もそれに(なら)って続けて脚を斬りつける。

「――ぐっ?!」

 硬い、それが第一印象、

 装甲の類は身につけていないのに、まるで岩でも斬りつけたようだ。

 俺の一撃はその強靭な肉体に打ち勝てず、弾き返された。

 そこに容赦なく、ミノタウロスの斧が飛来する。


 ガキィッ

 咄嗟に手にした剣で受け止める――が、凄まじい衝撃を受け、そのまま後方に飛ばされる。

「――がっ!」

 そして背中から前方へ駆け抜ける衝撃と痛覚、

 その強烈な衝撃に一瞬呼吸が止まる。

 どうやら木にぶつけられたようだ。

「無能!大丈夫なの?!」

「いてぇけど、大丈夫だ」

 リルドナは俺の言葉に安堵した表情を浮かべ、再び斬りかかる。

 彼女は俺のような愚行は踏まない、振りかかる一撃は全て避け、

 隙を縫うように斬り付ける。

「速い…」

 そうとしか形容できなかった、ミノタウロスの振るう斧はことごとく空を切り。

 ミノタウロス自身がわざと外しているような錯覚さえおぼえる。

 

 カツン…

「あっ」

 不意にリルドナの太刀の切先がせり出した木の根に引っ掛る、

 それは中途半端に食い込んでしまい、彼女の動きを止める。

 マズイ!

「おーい、こっちだ!」 

 気付けば弾かれたように斬りかかっていた。

 突然の声に、ミノタウロスは斧の標的をリルドナから俺に変える。

 それはすくい上げるような軌道で俺に襲い掛かった。


 ガキィィィッ

 剣で受け止めたものの、激しい衝撃とそのあとの浮遊感。

 直後、バキバキという感触と共に身体に硬い衝撃。

 飛び掛った意識を呼び戻し、視線を周囲に走らせる。

 沢山の木の葉や木の枝が目に飛び込んでくる。

 ――打ち上げられて、木の上にでも乗っかったか?

「ちょっと!無能、大丈夫なのぉ?!」

「やはり、痛いが生きてるぞ…。」

 下からの声に返事をする、やはりここは木の上のようだ。

 すぐに降りたかったが、どうも服のどこかが引っ掛っているらしい。

 中途半端な体勢で縫い付けれたような感じかもしれない。

「悪い、しばらく牛の相手は頼む!」

「…?! どこか怪我したの?」

「すまん、どこか引っ掛って降りられないだけだ……」

 俺の言葉にまた安堵した気配を見せ、

「もう、あんまり無茶しないでよぉ」

 そう言い放つ顔は見えなかったが、耳が赤くなっているようだった。

 ああ、そうか、一応俺が助けに入った形になったんだよな。

 対峙する双方の身長差は実に倍、小柄なリルドナがさらに小さく見える。

 お前こそ無茶するんじゃないぞ。


 再び彼女はミノタウロスに斬りかかる。

 今度は攻撃をギリギリまで引き付けて、カウンター気味に攻撃を当てる。

 斧が彼女の髪を掠め、バラバラと何本か宙に舞う。

 構わず彼女は刃を突き出す。

「ググゥッ…!」

 さすがに効いたのか、初めてミノタウロスは声を漏らす。

 素早く刃を引き、両手で持ち直し上段斬りを見舞う、

 それに対し咄嗟にミノタウロスは腕で刃を受ける、

 さすがに鍛え抜かれた腕は強靭でそのまま切り落としたりは出来ない、

 リルドナはそれを見極めたのか、無理に押し込まず、刃を滑らせ振りぬく、

 振りぬいた慣性を利用して身体を回転、遠心力を乗せてそのまま脚を斬り払う。

 そして回転を急停止させ――

 今度は慣性の停止反動を利用して斬り上げ、再度脚に傷をつける。

「グガッァ…!」

 最後に、殴りつけるような横薙ぎの斬撃で攻撃をわざと(・・・)弾かれ、

 その反動をも利用して間合いを空けた。

「結構、しぶといわねぇ」

「お前、すげぇな、その太刀捌きなかなかカッコいいぜ」

「え?! そ、そそそう?」

 律儀にリアクションをしてくれる、背けてしまった顔は見えないがきっと真っ赤だろう。

 照れんでいい、集中してくれ…迂闊に褒めれないな、こりゃ。

「もう、集中できないわ、ちょっと黙っててね?」

 俺は言われた通りに押し黙る、

 不思議とリルドナが負けるとは思えなかった。

 フッ…

 彼女は目を細め身を低く構える。

 猪を仕留めた時のあの目だった、

 長くないの静寂の後、赤い二つの光が閃いた。

「アアアァァァ…!」

 咆哮に近い掛け声と共に彼女は低い姿勢で突進する。

 ミノタウロスも迎撃しようと試みるが、

 あまりの速度に斧は虚しく大地に突き刺さる。

 その小さくない硬直をリルドナは決して見逃さない。

 体重の乗せた縦斬り、平突き、身体を捻っての横薙ぎの払い、

 そしてまた縦斬りへとループする連続技で、容赦なく斬り刻む。

 ミノタウロスに斧を引き抜かせる隙は一切与えない!

「ググゥッ…グァ…!」

 耐え切れずに低い呻き声が次々と零れる。

 とうとう痺れを切らし、斧のことを諦め、

 そのまま掴みかかろうと彼女に手を伸ばす、

 この体格差だ、掴まれればリルドナもひとたまりも無い。

「グガァ…!?」

 ミノタウロスの手の甲から刃が生える。

「アンタ、牛の癖に欲張りすぎよ。」

 そして素早く抜き去り、刃を返した。

 痛みで硬直した相手の腕目掛けて渾身のフルスイング。

「――!?」

 さすがに声にならないだろう、鈍い音と共に太刀の峰が腕にめり込む

 あれは尺骨が折れたかも知れない。

 あまりの痛みに悶えるミノタウロス。

 もう戦意は失われているはずだ。

「観念なさい、命を散らすか、それともココで死ぬか選ぶ?」

「それ、どっちも死亡だぞ」

「あー…あれ?」

 とか言い合ってる隙に…

 ドシドシと大きな身体を震わせながら森の奥へと走り去った。


「ありゃ、逃げちゃったわね」

「おいおい、良かったのか?」

「別にいいわ、人の形してるモノを甚振るのは心痛むしねぇ」

 人の形よりも人自体にその慈悲を分けてくれないモノだろうか? 

 しかし、今の俺は吊るされた哀れな子羊だ、ヘタなことを言えない。

 とりあえず、いかにして説得し、下へ降ろしてもらえるかの算段しなければ。

 俺の交渉人としての真価が問われそうな気がした。



~・~・~・~・~・~



「――で、」

「……」

「いつまでソコにいるわけ?」

「すみません、タスケテクダサイ」

 やっぱり直球勝負でいこう。

 ヘタな小細工は余計に状態を悪くする。

 ヘタに捻ると、コイツが理解出来なくなるかもしれない。

「素直でよろしい」

 そう告げる彼女の顔はネズミを追い詰める三毛ネコのようだった。

 絶対、何かする気だ!

「頼むから、普通に降ろしてくれよ…」

「あたしってバカだからぁ普通の意味わからないよねぇ」

 と言い放つとゲシゲシと木を蹴りだした。

 コラ木を揺らすんじゃない。

「ん、コレって――」

 何かを見つけたらしい。

「アンタの剣じゃないの?

 まったく、こんな所に落としてあぶな――」

 

 バキッ・・・!

 俺が身体を預けている枝が折れ――?!

 直後に一瞬の浮遊感。

「――がっ!」

「むぐぅ?!」

 そして全身を駆ける衝撃と痛覚、

 背中から落ちて一瞬呼吸が止まった。

 ――?

 の割りに、痛みは想定外のユルさ、

 なにやら背中で柔らかいものが動いている、

「ちょっとぉ!どきなさいよ!」

 どうやらリルドナに上に落ちたらしい。

 背中で聞きなれた声が尚も発せられている、

 ただしいつものソレよりも二割ほど弱々しい。

 通りであまり痛くないわけだ。

 こちらからは見えないが――

 きっとカエルのように押し潰されているに違いない。

「とにかく、早く…どけぇ!」


 背中越しなのでよく判らないが、

 彼女は必死にジタバタもがいているようだ。

 これが逆向きだったら、かなり不味かったと思う。

 いくら力が強くても、悲しいかな小柄故に軽量。

 こうやって完全に押さえ込まれると、どうにもならないらしい。

 意図して押さえてるわけじゃないけどな。

「わるいわるい、」

 身体を起こし、リルドナを開放する。

 そもそもお前が木を揺らすからいけないんだぞ?

 彼女は悪態を付きながらも身を返し、身体と声を勢い良く立てる。

「まったく、チャッチャどきなさいよ――あ?

 ――むぐぅ?!」

 ベシャっ

 と彼女は前のめりに吹っ飛んでいた。

 あれは顔から行ったかもしれない…。

「あ…?」

 どうやら、俺が袴の裾を踏付けていたようだ。

 彼女は勢い良く立ち上がろうとしたので、

 思い切りつんのめり、激しく吹っ飛んだようだ。

「悪い悪い、踏んじまって――」

 その刹那、空気が凍りついた。

 リルドナは前のめりで遥か前方に吹っ飛んだ。

 袴は俺の足の下にある。

 …。

 ――そうそう、皆エビは好きか?

 俺は好きだぞ。

 殻を剥くのが面倒?

 いやいや、あれは殻ごと焼いた方が美味い。

 基本的に食材は骨とか殻と一緒に調理した方が味が出るよな。

 むしろ殻と骨にこそ感謝すべきだと思う。

 それで、殻ごと塩焼きにするんだ、

 焼けたら火傷しないようにパリパリっと殻を剥くんだよ。

 で、尻尾のトコもちょっと難しいけど爪で亀裂入れて割りながら引っこ抜くんだ。

 上手いコト、尻尾が千切れずにスポンっと抜けると、なんか気分いいよな?

 …まぁ、長くなったがつまりそういう状態。

 どう力が掛かれば、あそこまで綺麗にスッポ抜けるかは判らない。

 視線の先には、殻を綺麗に剥かれたエビが前のめりに突っ伏している。

 …とりあえずピンクだった、意外にも中に穿いてる物は黒じゃなかった。

 黒のハイソックスとのコントラストが眩しいとか、ここで書くとマズイので割愛する。

 今は重大な選択肢の前に直面しているんだ。

「コ、コレ…返す」

 袴を手渡すが、受け取るその手はわなわなと震えている。

 俯いているので、表情は読めない。

 しかし、さすがに空気は読める。

 選択を誤るな、誤れば死に直結する。

 謝る?

 いやいや、この女に容赦や慈悲は無い。

 謝る意味はある、しかし成果は無い。

 ――俺から袴を受け取り、身体を震わせながらも衣を正そうとしている。

 命の危険を報せる警鐘は鳴り響く、おそらくもう秒読み段階。

 地獄のカルドロンの前に立たされる生贄の気分だ。

 尚も無言のプレッシャーを放つ、その姿はまさに悪魔そのもの、

 このアークデーモンから生き延びる方法は最早、

 ――あの一手しかなかった。


「逃げるんだぜええぇぇ!!」


 とにかく今は逃げるんだ、

 アークデーモンが行動可能になる前に…!

 木々たちが、俺の横をどんどん通り過ぎていく、

 距離は稼いだはずだ、なら次の手は?

 いつまでも走り続けるわけにもいかない。

 どこかに隠れる――いや立て篭もるか。

 並大抵の建造物では、あのアークデーモンの猛攻に耐えられない。

 ――先程の太刀筋を思い返す、俺の剣捌きではとても凌げたものではない。

 揺ぎ無い堅牢さを要し、あの悪夢のような斬撃を迎撃する弾幕、

 それらを併せ持つ要塞は――あれしかない!

 俺は記憶を辿りながら、来た道を逆行し、神々の砦(アースガルズ)を目指す。

 頼む、間に合ってくれ!


「――おい、」

「む、どうした?」

 見つけた、俺の神々の砦(アースガルズ)

「恥を承知で頼む、俺を助けろ」

「いきなり、なんだ?」

 そういうルーヴィックの足元には先ほどの獣の首の無い死骸が転がっている。

 あれだけの数を一人で仕留めたというのか、転がる死骸の数は計り知れない。

「凶悪なアークデーモンに追われている、俺では手に負えん。」

「デーモン族?この森には居ないはずだが…」

 そう呟くルーヴィックを説得し


 ドドドドドドドド・・・・!

 悪魔の雷鳴のような足音が轟く、頼むぞ最終防衛ライン(ルーヴィック)

「来た…!頼むぞ」

「心得た」

 ヤツは応え、迎撃の体勢をとる。


 ドドドドドッ!

 ズザーッ

 悪魔がたどり着き急停止、

 そして迎撃の構えは弛緩する。


「お兄ちゃんどいて!ソイツ殺せない!!」

 殺すとか言ってやがる、即見極めてエスケープして正解だった。

 おいおい、手に持つ刀身が赤く光ってるように見えるのは気のせいか?!

「おい…対象はコレか」

「どうだ、恐ろしいアークデーモンだろう?」

 封印された伝説の武具のようにルーヴィックは押し黙る。

 そして短くない時間思案し、鎧戸のように重くなった口を開く。

「…殺されるのは困るな」

「お兄ちゃんはソイツの味方なのっ?!」

「今晩の対局相手が死ぬのは困る」

「心配はそこかよっ」

 いや、この際助かるなら贅沢は言えん。

「…リル、そんな長い刃では、俺の斬撃は凌げないぞ?」

「うーーーーー…」

「悪いことは言わん、刃を収めろ」

 ヤツの言葉にアークデーモンは渋々と刀を鞘にしまう。

 さすがは最終防衛ライン。

「俺は盤上での城兵(ルーク)だ」

 うん、実に頼もしい限りだ――と口にしようとした瞬間、

 俺は、ヤツに手繰り寄せられ、

 ――グルリと、その身を入れ替えられた。

「キャスリングも可能だ」

本当にそれでいいのか(デュビアス・ムーブ)?」

「大丈夫だ、問題ない」

 だから、問題があるのは俺の方だ。

 そして追い討ちを掛けるように俺に告げた。

「苦くても飲め、それも今すぐにだ」

 おい、それは俺の名言だぞ、パクるな。

 見せる表情はやはりあの笑顔(・・)

「やっぱりお前は信用できねぇ…」

「殺すなよ」

「善処…するわぁ…」

 じりじりと迫る最強の悪魔。

 俺は地獄のカルドロンに放り込まれた。

「ネコ踏んで死ね、オルァァァァァ…!」


「おい!何遊んでんだオメーら!!」

 薄れ行く意識の中、そんなゼルの声が聞こえた気がした。


 俺たちは最初の魔物の襲撃を無事に凌いだ。

 死者は無し、軽傷者一名(俺)。

 ――俺たちの仕事(クエスト)はまだ始まったばかり――

※まだ終わりません。


悪ノリの三日目がスタートです。

両手痛めたりイロイロあって今回はかなりの遅筆でした。

悪ノリしてるので、言い回しがドンドンおかしくなってますが気にしないで下さい。


■本文補足

※なんだか好き勝手書いてるだけになってるんで、全然補足になってません。


・にゃにゃにゃにゃにゃにふるんれふか~!

→別にリウェンの気を動転させればなんでも良かったんですが、「胸を触る」「スカート捲る」とかだとシャレにならないので、「鼻を摘む」で我慢(?)しました。


・お砂糖理論

→所詮、リウェンが即興で作った喩えなので、いきなり話を振られて、作った本人なのに対応出来なかったわけです。


・黒い平底パンプス×二足(の靴底)

→つまり木の枝から飛び降りて高角度ドロップキックをかましたわけです、しかも一回転バックスピン付き。彼女はルチャでも生きていける。


・衝撃はそのまま後方にえぐられるように抜ける

→つまり「めくり」をされたわけです。しかも後方被弾で硬直フレームが長いので絶望的です。


・ネコでも顔洗うわよ

→子供の頃に母から言われた言葉、彼女はなんでもネコに喩えて言いました、ネコも子育ても同じレベル…。


・剣聖…

→おそらく彼女はソロで取ったに違いありません。残念なことに太刀厨ではないので、さほど活用していないようです。


・小柄な身体に反して大容量

→彼女は上着はブレザー状でその下に袴を穿いて胸元よりやや下で帯を締めているので、かなりスタイルがわかり難いはずです、その上にケープですから、尚のこと、「大容量」と判断出来たのは、そこまでモノがスゴイのか、エイン君の観察眼がスゴイのか…何真剣に書いているんでしょうね、私。


・皆中なんて到底無理、せいぜい羽分けにするのがやっとだった

→滅茶苦茶スゴイです。皆中が全射命中、羽分けがその半分命中なので、初挑戦で50%ヒット、そんなのあり得ない。


・あの華麗な空中戦は忘れられない

→彼女が観たのは『相撲』ではなく『SUMOU』。


・ログと空気を読めないヤツ

→集団行動してると、一人は絶対居ませんか?


・リンクス

→山猫ですね、なんかイメージにあう獣型のモンスターが見つかりませんでした…


・立ち居地も空気も読めない人物に思えた

→双剣使いの私は、頻繁に打ち上げられることが多かった。パーティプレイのときは△○同時押しは控えませ。


・コボルト

→本来はドイツの民間伝承に由来する醜い妖精、精霊らしいです。RPGでお馴染みの最近すっかり定着した「体毛のある」犬のような人型生物のイメージを踏襲しました。


・あまりにも有名な彼

→ミノタウロス、これが出てくると古き良きファンタジー世界という気分になれます。それにしてもF○XIに出てきたアレはなんとかならないものか…名前詐欺だ!


・背中で柔らかいものが動いている

→やっぱり彼女の胸なんでしょうか。さすが大容量です。


・どう力が掛かれば、あそこまで綺麗にスッポ抜けるかは判らない

→宣言します、物理的に絶対無理です。

と断言するのは容易いのですが、他に抜け道が無いかロジックエラーを検証して見ましょう。普通に考えて帯の締まった袴が引っ張って抜けるでしょうか?答えはノーです。では「どうやれば抜ける」ではなく「どうなっていれば抜ける」に焦点を置き換えましょう。やはり帯が締まっていると無理です。ここはなんとかして帯に緩んで貰わなければいけません、ではどうすれば緩むか?注目すべき点は44行も遡るとみつかります。「柔らかいものが動いている」がやはりキーポイントになります。前述したとおり当たっているのは、彼女の胸です。そして帯は胸元やや下で結ばれています。そう、エイン君に押しつぶされてもがいている内に帯が摺れて緩んだのです。おそらくこれが真相でしょう。

何真剣に書いているんでしょうね…私。


・カルドロン

→いわゆる大釜です、童話とかで魔女がグツグツと怪しげな薬を煮込んでいる……あの釜です。さらに例を挙げると…どこぞの落ちこぼれ錬金術師の女の子が営む工房に、ドッシリと部屋の真ん中に居座るあの釜ですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ