3 妖精の森の休日
■妖精の森と泉の貴婦人
むかしむかし、
森には妖精が飛び回り、
泉には精霊が宿っていたほどの昔のお話。
妖精の森の中には、それは綺麗な泉がありました。
そこには、泉に負けないくらい綺麗な貴婦人が居ました。
貴婦人はとても恥ずかしがり屋さん。
人々の前には滅多に姿を見せません。
泉に無理やり来ようとする人間を森の入り口へ戻してしまいます。
だけど、とても心優しい貴婦人。
森に迷い込んだ子供には、お菓子を持たせて、親の元へ帰してあげます。
森で怪我をした狩人には、傷の手当てをして、森の外へ帰してあげます。
森の奥には危険な魔獣が居ます。
人々が間違って出会わないように、決して奥には行かせません。
貴婦人の閉ざした門のお陰で、人も魔獣も平和です。
ありがたやありがたや。
※*※*※*※*※*※*※*※*※*※
――ファルクス北部・旧街道
二百年に舗装された比較的道幅の広い街道。
当時は、西の森に様々な砦や前哨があり、兵員輸送に高く貢献した。
今となっては、殆ど利用される事は無い。
ガラガラガラ……。
人気の無い街道を馬車の一団が闊歩する。
目指すは、ルフェの森。
「い、以上です……」
「だ、大丈夫か?」
お伽話を紡ぎ、エサを運び終えたツバメのようにため息を零す。
その顔はすっかり血の気が引いて真っ青だ、そして絆創膏満載の指。
そりゃ馬車の中で本なんて読んだら……酔うな。
「それでは、お兄様、エインさん……私はこれを以ちまして、失礼しま――」
「お、おい?」
すー、すー。
まるで糸の切れた操り人形のように眠ってしまった、
ていうか、早過ぎるっ!
「元々、こいつは乗り物に弱い」
棋譜の記したノートから目を離さず、リウェンの弱点を告げる。
違和感を一欠けらも含まない、実に納得の弱点だ。
…こいつは酔わないのか。
ちなみに座っているのは俺の隣、馬車の進行方向と逆向きの座席だ。
「急に静かになった気がするよ」
「静かなのもいいだろう?」
そう、今や車内で起きているのは俺とコイツのみ。
リルドナはどうしたか?だって?
俺の目の前だ、ただし彼女も寝ている。
俺の向かい側の席でリウェンとリルドナは寄り添うように可愛らしい寝息を立てている。
「なぁ、聞いていいか?」
「どうした?」
「なんで、伝説の剣の鞘だけが、オイゲンのおっさんが持ってたんだ?」
普通に考えておかしい話だと思う。
キッチリ剣と鞘が揃って持ってても不思議だけどな。
「そのことか…」
パタンとノートを閉じ、
侵入者を睨むガーゴイルのように車窓から景色を眺めだした。
「オイゲン家は勇者の末裔の一族だ」
「なーんか、眉唾もんだな」
「だろうな、街の年寄りはともかく、若い連中は誰も信じていないだろうしな」
ため息をつき、またノートを広げた。
だから酔わないのか、こいつは。
「剣の不在は教えんぞ?お伽話の内容に抵触してしまう」
「んじゃ、あとでリウェンに読んでもらうさ」
勿論、到着して気分が良くなってからだ。
あんなに真っ青な顔して気の毒で仕方ない。
…ふむ~。
「リルドナも酔うのか?」
「そいつの頭にそんな高等な機能は付いて無い、
おそらくこの馬車の車輪に括り付けて編み物をさせても平気だ」
「それ、なんて罰ゲームだよ……」
真新しく生まれ変わった自分のコートに目を向ける。
――やっぱり原因はこれか?
「夜更かししすぎか…。
一晩で直すなんてやっぱりキツかったんだな」
「む、どういうことだ?」
昨晩の事を手短に告げると、怪訝な顔を浮かべた。
「それは妙だな。」
「やっぱり異常な作業速度だよなぁ」
「この程度の物、リルなら三十分と掛からんな」
「そっちなのかよ!」
いくらなんでもハイスペック過ぎないか。
俺と一緒に頭を捻っていたヤツは何かを閃いたようだ。
何かを確認するように俺のコートに目を配る。
「昨日より新しくなっているように見えるが、間違いではないな?」
「俺も、にわかに信じ難いが、確かにこれは俺のコートだ」
確認から確証を得、結論に辿り着いたようだ。
「リウェか…」
「リウェンがどうかしたか?」
ヤツは妹二人の名前をいつも省略して呼んでいる、殆ど省く意味がないと思うんだが…。
リウェンが何の関係があるんだろう?
「こいつが手伝ったのなら、致命的な大悪手だ」
「お前酷いな…。
それで?リウェンが手伝ったら三十分が何時間に化けるんだよ?」
「そうだな…これは一旦コートを繊維まで分解してからの作業をしている……」
「どういう状況だったんだよ…。」
顎に手を当て、長くない時間思考する。
「九時間…いや、十時間だな」
と言い切ってから、すぐにハッと言い直す。
「――いや待てよ…昨晩リルに最後に会ったのは何時だ?」
「俺は時計持ってねーよ、でもまぁ十一時くらいだったと思うぞ」
「今朝、部屋の前でリルを見つけたのは?」
「七時前くらいだったと思う――あ…」
そこまで言い掛けて、さすがに俺でも気付いた。
「計算が…」
「合わないな」
車内が車輪の転がる音で満たされる。
しばしの沈黙の後、ヤツは鼻で笑った。
「なるほどな、そういうことか。
お前は随分とうちの妹達に気に入られたようだな」
「はぁ?」
「素直に喜ぶといい、そして俺もお前のことを気に入った」
「そりゃどうも」
俺はもう一度二人の姉妹の寝顔を見つめた。
ありがとうな、
よくわからないけど、とにかく俺のために頑張ったくれたことには違いない。
「それにしても、こうやって並べて観察すると似てるなぁ」
「ほう?そういう感想は珍しいな」
「髪の色の違いはあるけど、顔の造りは似ていると思う」
似ているじゃない、同じなんだ。
寝顔を二つ並べて観察できる人間がどれだけ居たかわからないけどな。
「よく見てみろ、区別する明確なポイントはある」
「瞳の色だろ?」
「ふむ、目は閉じられているが?」
寝ているから、当然目は閉じられている。
他にもあるっていうのか?
もう一度間近でリルドナの顔を観察する。
すー、すー、可愛らしい寝息を立てている。
隣にいるリウェンも同じ、これも一緒だよな。
「あと五秒だ」
懐から時計を取り出し一瞥したようだ。
「時間制限付きかよ。」
さらに食い入るように観察する。
どこだ?
――不意に宣言が飛んできた。
「羊飼いの詰。」
「「え?」」
二人同時に声を漏らす、意味は双方違う色を含んでいるが…。
俺の眼前には、見開かれた二つの赤い瞳があった。
その赤さはみるみる顔全体へと広がっていく…。
「きゃああああああああああぁぁぁ・・・・・!」
大音量の悲鳴をモロに被弾した。
この状況はヤバイ。
隣ではルーヴィックが獲物捕らえたベアトラップのように笑いを堪えている。
ヤロウ…嵌めやがったな。
大体、これは初心者狩りじゃなく、詐欺と言うんじゃないか…。
「アンタァァァァ・・・・!」
狂気の赤眼が迫る。
逃げ場は当然無い。
ヤバイ死んだかも…。
~・~・~・~・~・~
残念(?)なことに俺は死ななかった。
ヤツお得意の――
「大丈夫か?ナンセンスだぞ」
で救われた。
走行中の馬車の中だ、暴れて万が一事故でも起こしたら大変だ。
バシリスクのように身のこなしが軽いこいつら二人は大丈夫かもしれないが…。
俺は絶対アウトだ。
それ以上にリウェンはマズイ、しかも今は寝ている。
というわけで、この場は何とか凌いだ。
でも、まぁあれだな?
「お前のせいだろうがあぁぁぁぁだらぁぁぁぁ!」
「暇だったんでな」
「うっさいわね、リウェン起きちゃうでしょ!」
とかやってたが、リウェンは全く目を覚まさなかった。
パタンとルーヴィックはノートを閉じる。
そして、こうほざいた。
「仕方ない、一局指すか」
「は?」
「お前も退屈だろう?」
「じゃなくて、ここでか?」
「そうだ。」
「チェス盤も置けないだろう?
置けても揺れて駒落ちるだろう?
あと、ついでに酔うだろぉ!?」
一気にまくし立てた。
つっこむところは、まだまだあるが。
「問題ない、」
「アンタ達、面白いわぁ」
正面ではリルドナがゲラゲラ笑っている。
その膝にはリウェンの頭があった、膝枕ってやつだな。
「目隠し対局なら出来るだろう?」
「俺、やったことないんだが……」
「問題ない、」
「俺の方に問題あるわ!」
「まぁ、やってみなけりゃわからんさ」
何を根拠に…。
錆びついた鉄扉のように無責任なことを言ってくれる。
「で、どうする?返事は『はい』か『イエス』で応えろ」
「…拒否権なしかよ!」
というわけで、生涯初の目隠し対局が始まった。
俺の行動は――
チェスを指すか、
紅茶を飲むか、
凶暴姉に殴られるか、
の三つくらいしか無い気がするんだ…。
「そら、Qg4だぞ?」
「むぅ、Na3でいく」
二人して腕組みポーズで指し手を宣言し合う。
ちなみに、リルドナは目の前で棋譜を記入している。
「ふむ、Ra4だ。」
「目は閉じたほうがいい、余計な情報が入らなくて済むからな。」
なるほど。
俺もそれに習う。
「えーっと、Nc6」
「そんなのあり得ない、そこにはお前の騎士側の歩兵がいるぞ」
「なんで、その行に騎士側の歩兵いるんだよ?」
「八手前にアンパッサンしただろう?」
「そうだっけ?」
棋譜をノートに記していたリルドナに問う。
彼女は無言でノートを突き出す。
意外にも綺麗な字、『18.bc6(e.p.)Qa4』と書かれている。
「く……言う通りだ」
「そら、やり直せ、受け手を聞こうか」
正直、キツイ…局面が全く把握できない。
ヤツは両目を閉じ余裕の表情だ。
呆れ顔で記入を続けるリルドナ、心底ヒマそうだ。
「なら、Kf2だ、一旦離脱する!」
「本当にそれでいいのか?」
「な、なんだよ、」
「本当にそれでいいのか?だ、」
「くぅ……わかんねぇけど、これでいい」
もう頭の中はグチャグチャだ。
良いか悪いかすら判らねぇ…。
「Nf2#…チェックメイトだ」
「な……?!」
「だから確認したんだぞ?」
「それなら、素直に悪手と言え、」
「まさか、全然気付かんとはな…」
無茶言うな。
これは脳によくないゲームだ。
つまりどういう状況かというと、目の前に僧正や女王チラつかされて、かなり前の手番で配置されていた騎士に気付かず、俺はその射程圏に王をむざむざ動かしてしまったというわけだ。
記憶の中でしか局面が視えない状況ならではの伏兵だったわけだ。
「では、もう一局行くか」
「「え~?!」」
二人同時に不満を漏らす。
もう、ご勘弁頂きたい、いやマジで。
俺達を乗せた馬車は突き進む。
朝日はすっかり昇り、秋の晴間を演出し続けていた。
~・~・~・~・~・~
――ルフェの森。
――フォレスト・ルフェ――妖精の森。
ファルクスに東方に位置する広大な森。
森林信仰する者には、神々が住まう神聖の森。
詩を奏でる詩人には、妖精の住まう幻想の森。
狩りをする狩人には、獲物が住まう狩猟の森。
一時は戦火に巻き込まれ、多くの木が焼けてしまったが、
時が傷を癒し、力強くまたその姿を顕してくれようとしていた。
戦争の残骸というトゲをその身に宿したまま…。
森の入り口にある、いくつもの小屋。
その前には六台ほどの馬車が停まっている。
「んじゃ、アンタは悪いけどあたしの荷物もよろしくね」
「あいよっ」
ズシリ。
かなり重い、何入れてるんだ?
素直に何往復かしよう…。
「すまんな、あいつの荷物は重いだろう?」
「かなり――なぁ……」
リルドナはズンズンと先に小屋へと姿を消す――リウェンを背におぶって。
あの後、リウェンは一度も目を覚まさなかった、
リルドナがあれほど大声を出したのにも関わらずだ。
「よく寝てるなぁ」
「途中で何度も起きないように、相当深い眠りにしたんだろう」
リウェンの荷物を運びながら、少しおかしな表現をした。
深い眠りにした、深く眠っているではなく。
聞いてやろうと思ったが、スタスタと先に行ったしまうので、慌てて追いかける。
応える気は無いらしい。
ならば俺は話題を変える。
「なぁ、周りの連中は随分と物々しい装備だよなぁ」
「うむ、彼らはお前と違って戦闘要員だ、頼もしい限りだろう?」
長大な槍に、刃幅のゴツイ大剣…おいおい、マスケット銃まで持ってきてる奴がいる。
コイツら戦争でもする気なのか?
「おそらく、彼らは冒険者ではなく傭兵だろう」
「戦闘のプロ集団ってわけか」
武器博覧会と貸した停車場を横切り小屋に荷物を次々と押し込む。
俺の武器?
腰の後ろに帯びたショートソード一本、
あとはリュックの中に山羊脚式のクロスボウ一丁だ、これだけあれば充分だろ?
おそらく、荷物を降ろし終えたのであろう魔道師の男――アビスとばったり会った。
「おや、あのお嬢さんはお疲れなのですかな?」
「乗り物に弱いらしいです、かなり調子悪いようでした」
「おやおや……」
不意に鋭い声がやりとりに割って入る、
「――おいおい、遊びに来てんじゃねーんだぞ?」
声の方に目を向けると、槍を手にした男が居た。
体格はかなり良いほうだ、逆立てた髪に日に焼けた顔、いかにも傭兵といった風貌だ。
「まだ、森に入ってもねーんだぞ?
そんなんで明日から大丈夫なのかよ、こっちは命懸けで仕事してるんだ、勘弁してくれよ!」
勢い良くまくし立てる男の前に、さらに別の男が割って入る。
こちらも同じくかなり体格の良い男だ、金髪でどこか人懐っこい顔をしている。
「ゼル、そんな言い方しなくてもいいだろ?」
「だがよぉ…」
「ボク達と違って戦場走り回ったりしてないんだ、一緒の考えを押し付けるのは良くないぞ」
「ちっ、ロイは甘えなぁ…」
舌打ちし悪態を着くのがゼル、金髪の方がロイというらしい。
ロイと呼ばれた男は右手を差し出す。
「ボクはロイだ、よろしく、
えーっとキミはムノー君…だったよね?」
「…エインです、」
握手しながら、握りつぶしたくなる衝動に待機命令を下し、自己紹介を交換する。
この男はさっきマスケット銃を手入れしてた奴だな。
片方の男も渋々と口を開く。
「ゼルだ、いいか?足引っ張るんじゃねぇぞ?」
「やめろって――
気を悪くしないでくれよ、コイツは口が悪いだけかだらさ」
尚も罵声を浴びせようとするゼルを、呆れ顔のロイが小屋のほうへと引っ張っていった。
その間も、延々と何かを喚こうとしているように見て取れた。
二人の姿が小屋へと消える。
周囲が静けさを少し取り戻し、俺は思考を張り巡らせる。
ゼルの言う事は間違ってないと思う。
そして、それは他の人間も思っていることだろう。
周囲から向けられる視線は決して好意的なものとは思えなかった。
「――エイン、」
「ん?あ、あぁ何だよ?」
急に意識をルーヴィックが引き戻す。
コイツも作業の手が止まっていたようだ。
「悪いが、あと頼んでいいか?」
「いいけど、どうした?」
質問への質問となる問い掛けには応えず、そのままロイ達が向かった小屋へと歩いていく、
その背中には、「ついてくるな」と言わんばかりの無言の圧力が気取れた。
「まぁ、無理に首を突っ込まないさ」
もう一度、周囲を見る。
今回の仕事のメンバーは十四人。
まず俺。
例の兄妹、ルーヴィック、リルドナ、リウェン。
先程の魔道師のアビス。
それと、さっきの傭兵二人組ロイとゼル。
刃広の大剣を手入れしてたゴツイ男――ガディ
その姿は冒険者っぽいが、一曲ありそうなアーカス。
見るからにガラの悪そうな風貌のゴダール、ボルコフ。
どこか軽薄そうな細身で眼鏡を掛けたスルーフ。
そして、オイゲン――の代理という、執事のブルーノ。
――あれ?
十三人しか居ない…一人足りない。
昨日、集合した時は居た筈なんだが…。
確認しようと、もう一度視線と思考を走らせる。
――!
アビスと目が合ってしまった。
「おや、誰かお探しですかな?」
「あ、いえ…。
昨日、屋敷で集合した時より、一人減ってる様な気がしたので」
「ああ、ザスコ氏のことかな?」
「――ご存知で?」
「うむ、なんでも急遽戻らなくいけなくなったらしく、昨晩に契約解除の連絡があったようですな」
急遽戻る?
そいつ傭兵だったか…ダメだ、全然記憶に無い。
とりあえず、アビスに礼を述べ、俺は作業に戻ることにした。
といっても、大した荷物は残ってなかったので、すぐ運び終えることが出来た。
日はまだ傾いていない。
空は晴れている。
何故か俺の心は晴れなかった。
~・~・~・~・~・~
「ほら、これで全部だ」
「ありがと」
部屋の隅に荷物を固め、適当に空いている椅子に腰掛け、一息ついた。
小屋――といっても、そこはしっかり改装され、ちょっとした宿舎として機能していた。
部屋もいくつかあるし、最低限の生活設備もある。
これを自由に使って良いというのだから、金持ちというのは実に羽振りがいい。
「まだ寝てるのか?」
「うん、もうぐっすりよ」
部屋に置かれた簡素なベッドでリウェンは寝息を立てている。
その表情は穏やかで、顔色も良くなっていた。
ベッドの傍らの椅子に腰掛け、リルドナは複雑な表情を浮かべている。
「また…無理しちゃったのかなぁ、この子」
「こんなんで明日から大丈夫か?」
俺の問いに顔を曇らせた。
聞いちゃ不味かったかもしれない。
「そのために、あたしが居るからね~大丈夫よ」
「実はな、さっき――」
言わなくていいかもしれない事を思わずリルドナに話してしまった。
先程から拭えない不安が判断をおかしくしているようだった。
「あ~、あのヤンキー顔かぁ、
あたしもアイツ嫌いよ、なんていうか、乱暴なもの言いとか何様?って感じ」
それは目の前の女も該当すると思うのは俺の気のせいか?
「この子、身体は弱いけど、魔法使わせたら天才よ?」
「だろうなぁ、イメージピッタリだ」
「あれ、驚かないのね?」
「お陰様で耐性が付いたんだよ…」
消去法で行けば、魔法使いというポジションしか思いつかない、
絶対に戦士・盗賊とか定番職がこなせるとは思えない、というか思いたくない。
「神聖魔法が得意だから、回復の要になれるわ」
「そりゃ、ありがたい、
どこぞの凶暴女に殴られた時は是非お願いしよう」
「言ってくれるわねぇ」
憎まれ口を叩き合いながら、リウェンの寝顔を見守る。
どうやらリルドナを元気付けることに成功しつつあるようだった。
「――それなら、ちゃんと説明してやった方が誤解がなくていいな」
「なんて言うつもり?」
さて、どうしようか?
この子は魔法が使えるから足手まといじゃないです!キリッ
イマイチだ…。
そこにヤツの声が飛来した。
「――その必要は無い」
振り返り、何処へ行っていたかと詰めるつもりだった、
しかし、俺の意に反し開いた口からは別の言葉が漏れてしまった。
「お前…その格好どうしたんだ?!」
現れたルーヴィックは、左手で逆手に抜き身の刃を握っていた。
独特な形状のやや長めの短刀だ。
そしてヤツの表情は相変わらず鉄仮面のような無表情だが――
まるで手にした刃のように殺気を帯びていた。
「あぁ?すまん、抜き身のままだったな」
さらに、一見真っ黒な服装の為気付け無いが、注視すると所々裂けてしまっているのが判る。
勿論――馬車から降りた時には無かったものだ。
視線をリルドナへ移す――さすがのコイツも言葉を失い、怪訝な顔を浮かべている。
「少々、手荒な真似だったが…、ご理解頂いて来た」
ガキン…と、
俺の心配を他所に、耳障りな金属音を立てて後腰の鞘に刃を収める。
「何してきたんだよ。」
「なに、ほんの『少しだけ』お手合わせ願って来ただけだ」
誰に?――いや、わかってるさ。
「さっきのゼルって男か?」
「実にいい腕の持ち主だった」
満足そうにそう語り、また例の棋譜ノートを眺め始めた。
「で、お手合わせの結果はどうした?」
「ステイルメイト――いや、引き分けだな」
「へぇ~お兄ちゃんと引き分けだなんて、あのヤンキー顔もやるわね」
リルドナよ、お前はきっと勘違いしている…。
ヤツは今、ステイルメイトと言ってから、引き分けと言い直したんだ。
――ステイルメイト――
自分の手番だが、駒を動かすと自殺になっちゃうヨ!という状態、もちろん動けない。
打つ手無しの状態の筈だが、面白い事に、これは膠着状態とみなされ引き分けになる。
追い詰められた時の苦肉の策ともいえる。
それを踏まえて考えると、意味は二つ思いつく。
――追い詰められて負けそうだったが、なんとか引き分けに持ち込んだ。
――追い詰めていたが、敢えて引き分けにしておいた。
のどちらか。
「お前の性格だとなぁ……」
きっと後者に違いない、
前者なら最初から、引き分けという筈だ。
「何か言ったか?」
「いや、何も~」
改めてルーヴィックの得物を見る。
――やや長めだが、ショートソードよりかは短い短刀。
――ゼルの得物は確か、槍。
どう考えても、ルーヴィックの方が不利だ。
「お前、ついでにプライドを打ち砕いて来ただろ?」
「さぁな、こちらも戦力として通用すると示しただけだ」
トコトン性格悪いなコイツ。
その分、頼もしいヤツということはハッキリした。
「んじゃ、もうケチ付けられることも無いんだな?」
「ああ、問題ない。
――が、リウェは置いて行く」
「どーしてよ!?」
俺よりも先にリルドナが抗議を飛ばす。
よし、俺も参加しよう。
「そうだ、リウェンを置いて行ったら、誰がこの女の暴力から救うんだ?」
「コラ、調子に乗るな」
ペシっと叩かれる。
なんかいい感じに漫才ができる仲になってきた、あまり嬉しくもないが。
「冗談はさておきで、置いていくとしても、ちゃんと本人と相談してやれよ」
「そうよね、決定はせめて起きてくるまで、待ってあげてよ」
リルドナと共に抗議に参加する。
ヤツは懐から時計を取り出し思案する素振りを見せた。
「なら、あと十二秒待て」
「はぁ・・?」
十二秒?
俺とリルドナは眠れるお姫様をじっと見つめた。
…………。
………。
……。
…。
パチリ
「あ…」
リルドナが思わず声を漏らす。
…本当にキッカリ十二秒だった。
リウェンは、ぼんやりした表情のまま、
視界にリルドナの姿を認め、顔だけを向ける。
「あ、お姉ちゃん、オハヨー」
「おはよう…あ、あはははは…」
クリクリと目を泳がせながら、指で向こう見てみろジェスチャーをする。
――つまり、俺とルーヴィックの居る位置だな。
「なぁに~?」
違和感が――そろそろ、俺の出番だな――と呟いた気がした。
おねえちゃん・・?そんな呼び方だったか?
リウェンがむくり身を起こし、俺と目が合った。
「よ、おはよう、よく眠れたか?」
「…………」
金魚の様に口をパクパクさせ震えている。
何かを言おうとしているが、うまく言えないようだ。
プツン。
何かが切れたようだ。
「ああああああぁぁぁぁぁ・・・!」
ガバっと布団を頭まで被って隠れてしまう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・。」
「おーい…」
「忘れて下さい、忘れて下さい、忘れて下さい・・・・。」
「えーっと…。」
「お願いします、お願いします、お願いします、忘れて下さい、お願いします、お願いします、お願いします、お願いします、お願いします、お願いします、お願いします…」
巣穴を塞がれたシマリスのように完全混乱しているようだが、
もう何がなんだか…こっちもパニックだ。
「ちょ~っと、二人とも席外してもらっていいかしら?」
「お、おう…。」
二人揃って部屋を追い出され、廊下に立ち尽くす。
まだ中からは「忘れて下さい」が連呼されている。
「ど、どうしたんだ、一体…」
「うーーーむ…」
ため息を漏らしながら何かを思案している。
何か知っているのか?
「仕方ない、」
「なんだ?」
「一局指すぞ」
「また、それかよ…」
元々、違和感はあったんだ。
ルーヴィックを『お兄様』と呼び、
リルドナを『姉さん』と呼んでいた、不自然だったんだ。
家庭の事情だろうし、聞いてはいけないことと思ってた。
不安がまた俺に堆積していく気配がした。
さっきからおかしい…。
~・~・~・~・~・~
西側に面した部屋に移動する。
リルドナが居た部屋と反対側の部屋だ。
日は傾き西日が差し込んでいる。
カーテンなんて気の利いた物は無いので、やけに眩しい。
射光と横向きにヤツは腰掛ていた。
「一体何だったんだ?」
「あれが素のリウェさ」
「あの子供っぽい喋り方が本来のリウェンってことか?」
「もう、俺の前でも見せなくなっていたが」
応えながらも、手早くテーブルにチェス盤を広げていく。
俺も向かい座り、準備に取り掛かる。
結局のところ俺もチェスが好きなようだ。
「お前、リウェいくつに見える?」
「何?」
唐突な質問に駒を並べる手が止まる。
ヤツの表情は読み取れない。
「十五、六歳くらいかな、十代半ばって感じだった、」
「うむ、肉体年齢はそんなところだ」
「ついでに言うと、お前は二十代半ばだ」
「そっちはどうでもいいさ」
おかしな受け答えだった。
いくつだ?
肉体年齢だ?
おかしくないか?
「頭の中は十…いや十二歳くらいか」
「十歳ってことはないだろう?」
リウェンを思い浮かべる。
丁寧な言葉遣い、
優雅な立ち振る舞い、
上品な仕種。
とてもじゃないが、子供に出来るようなものじゃない。
十六歳と見積もってもやはりお釣りが来る。
「あいつは頭がいいからな、
そう見える様に色々学んだし、そう演じるように努力したんだ」
「勉強や努力で出来るもんなのか?」
西日を浴びる顔に苦笑いを浮かべながら応えてきた。
「お前にそう見えたんなら、見事成功しているということだろう?」
「うーん、そうだな」
「つまりそう言う事だ、
本人の希望だ、そこは触れないでやってくれるか」
「俺はどうしたらいいんだ?」
「先程のは見なかった事してやってくれ」
「構わないさ、そもそもなんでそんなコトする必要あるかは気になるけどな」
「仮にあいつが、五百と十六歳だったとしたらどうする?」
「はぁ?」
「冗談だ、これ以上の追求を止めてくれると嬉しい限りだ」
絶対、まだ何か隠してるな。
「ちなみにだ。」
ヤツの陣地には黒の駒、
俺の陣地には白の駒が並び終える。
「俺も、素のリウェを見るのは久しぶりだ」
そういうヤツの顔はどこか嬉しそうだった。
「とりあえず、始めるぞ。
まずは昼間の目隠し対局のおさらいだ」
なんだ結局やるのかよ。
お陰で不安を塗り潰せそうだった。
~・~・~・~・~・~
夕日に染まる森。
俺は日没との競争を演じながら、森徘徊していた。
程なくして、目当ての『ソイツ』を見つける。
――見つけた…どうか動かないでくれよ…。
弦を軋ませながら、ガゴンと山羊脚レバーを倒しクロスボウを構える。
深呼吸をし、一拍置いてからレバーに添える手に力を込める。
「――!」
放たれたボルトは突き出した木の根に刺さり、その運動を終えた。
――しまった、外した!
「クソッ…」
当然の事だが、襲撃に気付き『ソイツ』は逃走を試みる。
――逃がすか!
俺は次弾の発射体制をとりつつ、追跡を開始する。
見失いそうになりながらも、地を駆ける。
――当たってくれ!
――もう一発だ!
次々と射撃する!
「――!」
ダメだ、追跡しながらの――こんな遮蔽物が多い場所ではそうそう当たらない。
ボルトの残数を見る、六発。
二十発あったボルトはみるみる減っていく。
甘かった、やはり初弾を外したのは痛かった…。
――どうする?
腰にはショートソードがある。
接近さえ出来れば充分に仕留める事も可能だ。
一応、剣に関しては初段の資格を持っている――冒険者ギルドに登録するときに最低限必要だからな。
物騒な話だが、民家に押し入って皆殺しというマネも素人相手なら出来る――勿論やらないが。
だが、そもそも剣は対人武器だ。
人為らざる者である『ソイツ』を捉えられるのか?
――無理に決まってる。
俺ごときの身のこなしでは、接近を許してくれるほど甘い相手じゃない。
――落ち着け。
焦る気持ちを抑え、必死に機会を伺う。
確かに『ソイツ』の身体能力は人間より上かもしれない。
その分、こちらには知恵がある。
考えるんだ。
どうすればいい?
「…!」
使えるかもしれない。
俺は足元の小枝を拾い、『ソイツ』の前方に投擲する。
――!
急な前方からの異変に『ソイツ』はビクっと動きを一瞬止める。
「捉えた…!」
俺はレバーを握り込んだ。
ボルトが発射される…!
「――ッ!」
小さな呻き声と共に、『ソイツ』は絶命した。
「やった!」
既に光を失ったその眼に謝罪を込める。
どうか恨まないでくれよ…これも生きていく為だ。
…。
…。
…。
「アンタ、何一人で盛り上がってるの?」
…
…。
後方から刺さる声で、俺の幻想はブチ壊された。
まぁ、そろそろ現実に戻らないとな。
俺の脳内の壮大なストーリは誰にも気付かれない。
声には出してないし、大丈夫だ。
「――大丈夫か?ナンセンスだぞ」
「…」
コ、コイツ、なんでそんなにニヤニヤと俺を見るんだ。
そして何故、俺の肩をポンポンと叩く。
「そうだな、生きて行く為には仕方ないよな?」
「うがああああああ」
「はぁ?何やってんのよ」
呆れ顔のリルドナがつかつかと来る。
「なんだよ、ちゃんと仕留めたぞ?」
必死に平静を装う。
ヤバイ、姉妹の方には知られたくない。
「随分と手間取ったわねぇ。」
つかつかと『ソイツ』を拾い上げボルトを抜き去り、リルドナに示す。
本日の俺の一番の獲物だ。
「とりあえず一羽だ、」
「はいはい、お疲れ様」
「何が獲れました?」
ヒョッコリとリウェンも顔出す。
まぁ、『ソイツ』とは野兎だ。
今晩の夕食になる予定。
どうだ、俺だって狩りくらいできるんだ。
「…可哀相に……」
「……はい?」
絶命した野兎を見るリウェンの顔は非難の色を含んでいた。
え?俺が悪いのか??
「貸してください」
「おい、ちょっと――」
野兎を俺の手から奪い取る。
リウェンの手が野兎にかざされたかと思うと。
ポゥ…と光が燈る。
「な、なんだ?」
「もう大丈夫ですよ」
満面の笑みで野兎を抱くリウェン。
そして、その野兎は元気にリウェンの腕の中でもがいている。
ちょっと待て、それは今日の夕食だぞ。
「あ――」
「ああぁぁ・・!」
リウェンの腕を振り解き、野兎が文字通り脱兎の如く逃げ出した。
俺の苦労は…。
お手上げジェスチャーのリルドナが嬉々として言う。
「あちゃー、やっちゃったわねぇ」
「なんで、お前はそんなに嬉しそうなんだ…」
――何で狩りをしているかって?
コトの始まりは、少し前に遡る。
ヤツと結局チェスを開始し、少し経ったくらい。
コンコン。
ガチャ。
「お兄ちゃん、無能、入るわよぉ」
だから、もう入ってるだろ。
なんの用だ。
「ねぇ、アンタって豆好き?」
「はぁ?」
この女の質問はいつも唐突だ。
「だから、好き?嫌い?」
「好きって程じゃないけど、嫌いじゃないな、一応食える」
「んじゃ、豆はOKっと、」
何やらメモを取っている。
どうするつもりだ?
「あの、エインさんはお肉とか、食事の方で何か戒律ありませんか?」
今度はリウェンからの砲撃。
良かった、無事にリルドナはリウェンの修理に成功したらしい。
「いや、俺は無宗教だけど?」
「そうなんですか?
姉から回復魔法を使っていたと伺っておりましたので、てっきり」
「あれは、魔法屋でサックリ覚えられる信仰心とか無縁やつだよ」
その分、効果は格段に低いんだけどな。
ちなみに、この前食べた『羊飼いのオススメ定食』には肉は入っていなかった。
「では、お肉を召し上がっても大丈夫なんですね」
「大丈夫、なんでもいけるよ」
「んじゃ、牛でも豚でも猫でもいいのね、」
「猫は食わんと思うぞ…」
おい、猫もOKとかメモに書くなよ。
なんでこんなこと聞くんだろう?
「アンタ、夕食はどうするつもりなの?」
「あ~、適当に携帯食料あるから、それでいいよ」
「ふむ、俺はチェスが指せればそれでいい、」
上が俺、下がヤツ。
「そんなのばっかりじゃ、二人とも大きくなれないわよ?」
俺の身長は一七五センチ、ルーヴィックの推定身長は一八五センチ。
もう間に合ってると思う。
「作ってあげるから、」
「そりゃ、ありがたい」
「獲ってきなさい」
ビシっと俺を指差す。
俺が、か?
視線をルーヴィックに移す。
「――気にするな、行って来い、ゲームは中断でいい」
「いや、お前も来い」
厳重に施錠された金庫のように深く座したヤツを立たせる、
一人だけサボらせたりはしないぞ。
「なぁ、別に肉無しでもいいんだぞ?」
「何弱気なコト言ってんのよ」
俺、クロスボウ:残ボルト五発
ルーヴィック、投げナイフ:残数不明
リルドナ、長弓:残矢五十四本。
リウェン、素手:三菜採りの篭
獲物:無し。
といった感じ。
「あんまり遅くなると、調理する時間無くなるぞ?」
「だから、頑張りなさい」
「なんで、そんなに執着するんだよ」
「あたしが食べたいからに決まってるでしょ」
サラリと言ってのけるリルドナを見る。
いつもと同じ黒服だが、今はその上から革製の胸当てと手甲をしている。
そして長い弓、『大きい』ではなく、『長い』。
独特の形の弓だ、細くしなやかで、優雅な貴婦人を彷彿させる。。
リルドナの推定身長、一五五センチ。
その身の丈よりも遥かに長い弓、推定二百二十センチ。
どうみても扱えそうに無い様に見える。
「随分と長い弓だな」
「極東の島国のモノだからね~」
「ていうか、お前なら素手で熊を仕留めそうだぞ」
「あらぁ?こんなところに哀れな無能がぁ?」
ピタリと、俺に照準を合わせる。
「えぇい、やめんか!」
言い合いしてても仕方ないので、再び獲物を求めて捜索開始だ。
あと五発しかないけどな。
俺とリルドナは森の奥へと突き進んだ。
「…ストップ、」
「いたのか?」
「うん」
「ウサギか?」
「ううん、猪よ」
俺からは視えない。
リルドナは目を細めて、遥か先の茂みを凝視している。
右手で弓を持ち、左手で矢を番える。
――皆、もう気付いていると思うが、コイツは左利きだ。
相当、長い弓なので、小柄な身体を大きく開いて弦を引き絞る。
「凄い引き絞るんだな」
「この大陸での一般の弓とはちょっと違うわよね」
「そうだよなぁ、俺の記憶だと引き絞った弦は顔の前にあったしな」
「うん、この弓だと頭よりずっと後ろにくるからね~」
「弦が耳とか腕に当たりそうだな…」
「当たったら死ぬほど痛いわよぉ?」
なんでそんなに嬉しそうに応えるんだ…。
よく見ると、弓を掴んでいる位置が、微妙にズレている。
弓の上下真ん中ではなく、下方より三分の一。
「なんで、そんなとこ持つんだ?」
「引いて見たら判るわ。
ここが一番反動が少ないのよ…ちょ~と黙っててねぇ」
遥か前方の茂みを睨む赤い瞳。
しばしの静寂。
赤い瞳がカッと見開かれる。
「――!」
風を切る音と共に、放たれた矢が放物線を描いて飛んでいく…!
一拍置いて、遠方より獣の断末魔。
「すげぇ…なんて飛距離だ」
「アンタのクロスボウじゃ、ちょっと無理よねぇ」
――?
弓を構えたまま動かない。
彼女の真っ黒なケープとスカートの裾が風に揺られる。
ふぅー、と息を吐く音が聞こえた気がした。
「ねぇ、アンタ、」
「どうしたんだ?」
重い口を開く、視線は茂みを向いたままだ。
「さっきのリウェンのコトだけど…お願いだから忘れてあげてね?」
「そのことか…判ってるよ、お前の兄貴にも言われてる」
構えを解き、俺に向き直る。
「ホント頼むわよ、あの子にとっては裸見られるより恥ずかしいことみたいだから」
「そ、そんなにか…こりゃ迂闊に話題が向かないようにしないとな」
「そうよ、もしヘタなこと喋ったら…許さないわよ?」
「おっかねぇ親衛隊長さんだな」
おどけて見せるが、まだ表情は硬い。
これは話題を変えるべきだろう。
「とりあえず、その隊長さんの戦果を拝みに行かないか?」
「調子いいわね、」
二人揃って仕留めた獲物に駆け寄る。
かなりの距離だ、コイツよく見えるな…。
獅子の王国のロングボウ部隊も真っ青だ。
「うっわ…即死だな、これ」
「まぁ、達人になると兜ごと頭を射抜くそうだし、相当な威力のはずよ」
「多分、お前ならソレもやってのけそうな気がするよ」
頼むから俺を撃たないでくれよ。
しかし、デカイ猪だ。
猪の肉って独特な臭みがあった気がするけど大丈夫か?
「ねぇ、アンタ」
「なんだよ、」
「何、ボサっとしてんの?」
「は?」
おなじみのジト目。
そんな目で俺を見るな…。
「アンタが運ぶのよ」
「俺が?」
「うん、」
「これを…?」
「うん、」
「一人で…?!」
「勿論よ」
これだけデカイと何キロあるんだろう…。
「お前はどうするんだよ」
「やーよ、ノミとか一杯付いてそうじゃない?」
聞いただけで身体が痒くなってきた。
野生動物だし仕方ないだろうけど。
「それを聞いて余計に持ちたく無くなったぞ!」
「か弱い女の子に運ばせる気なの?ほれほれ」
また弓をこちらに向け、照準を俺に合わせる。
か弱い女の子はそんなコトしないし、そんな長い弓使わないと思うぞ…。
俺はまた夕日に八つ当たりをしながら、猪を引き摺った。
まぁ、本気でリルドナに運ばせる気は無かったんだ。
獲物は結局、猪一頭だけ。
ルーヴィックも野兎を何羽か仕留めたが、全部リウェンに治されてしまった。
冷静に考えるとやってる事はかなり凄い筈なんだけどなぁ。
出発は明日、こんなノンビリとしたスケジュールで大丈夫なのかと不安になった。
夕日は一日の勤めを終えて眠りに就こうとしていた。
Last date modified April 24, 2012
妖精の森の休日~Feiertag des Waldes der Fee~
○3-1 やっぱり似ていますか?
○3-2 ブラインドチェスは猫も食わず
○3-3 芽生えた疑念
○3-4 リウェンのないしょ!!
○3-5 彼女は一六歳?
●3-6 妖精の森の休日
文字カウント: 14950字