1+ 朗読者の少女~真相のハラワタ~
――バタフライエフェクト。
ある場所での蝶の羽ばたきが、そこから離れた場所の将来の天候に影響を及ぼす、
つまり、通常なら無視できると思われるような極めて小さな差が、
やがては無視できない大きな差となってしまう現象のことを指します。
それは当然のことと思いつつも、なんとおこがましいとも思います。
蝶の羽ばたきを「極めて小さな」と蔑んでいる人間自身も、大地から見れば、ほとんど差異のない「ドングリの背くらべ」でしかないのです。
世界はそんな小さな羽ばたきの繰り返しで成り立っているんだと思います。
運命というものを信じますか?
偶然というものは必然ですか?
わたしにとっても彼にとっても……
それはほんの神様の気まぐれだったのかもしれません。
~・~・~・~・~・~
涼しげな秋の昼下がり、わたしは連行されるように手を引かれて居た、
引いているのは、わたしの姉、
その小柄な体格に不相応な怪力でわたしの手を離さない、彼女は利き腕じゃない右手で、わたしは利き腕である左手なのだが、そんな些細なことで逆転できるパワーバランスでもない。
――さて、みなさま、荷物と家族どちらを利き腕を回しますか?
わたしは家族だと思います、そして姉も普段なら左手でわたしの手を引くでしょう。
では、何故?
右手で引くのか、
……答えは『荷物が重すぎる』から、そもそも片手で持つには無理がありすぎるんです。
姉が無理をして片手で持っていることはわかります、ですが「重いなら両手でもったら?」と言ってしまうと、強情な彼女は意地でも片手で持ちます、それだけならまだ良い方で「逃げ出す魂胆でしょお?」と噛み付かれ兼ねません。
そんなわけで、わたしはただただ姉を見守るだけなのだ、いや、それは適切ではない……なにせ、疲労が大きいのは姉ではなくわたしの方なのだから……。
わたしは忌々しげに足元に目を向ける……愛用の黒のローファが目に飛び込んできた、いや、別に靴が憎いわけではない、足そのものが憎い……いやいや、この身体が憎いのだ、思うように物を掴めない手、そして鉛のように重く歩くだけでも苦労するこの足…。
わたしは一歩一歩踏み出すだけでも一苦労なのだ、姉はゆっくり歩いているつもりだろうけど、わたしには少し…文字通りに荷が重い。
手を離すか、歩くペースを落として貰わなければ辛い、
「ちょっと、お姉ちゃん痛いよぅ…」
「あ――ゴメン、ついカリカリしちゃってて……」
私の抗議の声に、ハッと表情を変え謝罪する…実に彼女は表情豊かだ。
姉の不機嫌の理由はハッキリとしている、またわたしの身を案じてだ、
どうもわたしの事となると実に見境が無く暴力を振るう。
わたしと違って器用になんでも綺麗にこなすのに、その気質の所為で損していると思う、それさえ無ければきっといずれは、良いお嫁さんになれるに違いない。
「しっかし、アンタ…」
「なぁに?」
姉は呆れた気配を滲ませながら、続けて語る。
「随分と親しげだったけど、『朗読』もしちゃったの?」
「うん、そうだよ」
先程、わたしは彼にお伽話を読んで聞かせた、ただし書いてある文字をそのまま読むのではなく、ある特別な方法をとっている――ユグドラシルの語り部……。
そんな大仰な手法をとり『お茶菓子代わりに』と称して聞かせているのだから……
彼の方からは普通に本を読んで聞かせてる、としか見えないから問題ないだろう。
……。
つくづく私は嘘つき女だ。
「で~、最後まで大人しく付き合ってくれたのねぇ?」
「そうだよっ
お姉ちゃんと違って、一節最後まで聞いてくれたんだよ?」
「アイツも物好きだわねぇ……」
姉はしみじみと言葉を漏らし、一呼吸おいてから続ける、
「まぁ、アンタは今でも交流続いてる友達少ないもんね」
「それは、お姉ちゃんも一緒じゃないのぅ……」
わたしは、ぷぅっと頬を膨らませて抗議をした、
……。
――そろそろ違和感を覚えられたでしょうか?
この苛立たせるような、子供っぽい幼女口調なのが――
私……リウェン・グロリアです。
別に、これがわたしの本性というわけではありませんが、『姉と二人きり』という限定条件の下で、このような変貌を遂げます。
いつからそうしていたかは憶えていません、わたしと姉にとっては「当たり前のこと」なだけです。
他に第三者がいる場合は、しません、見せません。
理由は簡単です……。
――恥ずかしいから。
かつて…魔法学校での三年間で、わたしがどれほど――
……あらら、話がすっかり脱線してしまいましたね、失礼しました。
「それもそうなんだけどね~」
もし両手が塞がってなかったら頭を掻いてそうな、
そんな気配を感じる応えだった。
この街に宿をとり、滞在すること一週間になるが、この時間帯のここの通りは実に人が居ない。
さすがに朝は様々な人が行き交うが、それを過ぎるとピタリと人が居なくなるから不思議だ。
民家が建ち並ぶ通りだが、やはり人の気配が微弱だ、
空き家……というわけでも無さそうだが。
そんな冷え切った景色の建物を眺めていると……
――不意に大きめのガラス窓が目に飛び込んできた、
そのガラスの中には人影が……二人の少女が居た。
その少女は手をつないで歩き、黒い服装の少女が先立って歩いているようだ。
綺麗な漆黒の髪をバッサリと肩口で切りそろえ、活気と自信に満ちた顔つきで、粉雪のように透き通る白さの肌はその血色の良さを物語っている。
そして特筆すべきはやはり――その真っ赤な瞳だろう、この地域ではかなり珍しいはずだ。
そんな彼女の服装は、一見すると黒いインバネスコートを着ている様に見えるが…実は黒いブレザーに、これまた黒い東方装束の下衣『袴』を穿いて、その上に黒いケープを羽織っている。
黒という、本来目立たないはずの服装が逆に奇妙に目立っている気がする。
そんな黒一色の色気の無い服装だが、ちょっとした、ほんのささやかなオシャレはしている……靴底の低い黒靴は、かつての制服指定の物と違うパンプスだったり、綺麗にヤスリで手入れされた指の爪は、実はコッソリとマニキュアが塗ってあったり……と。
よく見ないと気付かないくらい自然な薄いピンクなのが、なんとも奥ゆかしいのだ。
そして、手を引かれている少女の方に目を配る、こちらは逆に白い服装だった。
長い白銀の髪は背中まで辿り着き、そこで切り揃えられている、見ていると苛立ちそうになる気弱な表情を浮かべ、氷細工のような透き通る白さの肌は血色の悪さを物語り、その青い瞳の色が染み出して来たのではないかと思えるほどだ。
こちらの少女の服装は、一見すると白いローブの様に見えるが、やはり違う。
白いブレザーに黒のプリーツスカート…その裾には白一本ラインが入っていてなんともオシャレなのだ、このままではただの女子学生にしか見えないかもしれない。
その服装の上からダブダブのダッフルコートを羽織っている、白いローブにも見えるが、コレは歴としたコート、フードも付いてはいるが…そう見えるようにデザインされているのだ。
このコートのお陰で辛うじて、「単なる女子学生」から「魔法使い」のような姿という体裁を保っているのだ。
……。
なんてことは無いですね、ガラスに映りこんだ、わたしと姉でした、
見事なまでに正反対の外見をしていますが、実は生物学の分類上、わたしと姉は「双子」というモノなのです。よく顔を観察頂ければ、同じ顔をしているコトにお気づき頂けるかと思います。
しかし、人間はやはり第一印象の影響を強く受けるのでそうもいきません、
ええ、そうです、
この地域の人間には……わたしは銀髪が、姉は赤瞳が、それぞれ珍しくて目立ちすぎていたんです。
またまた話が大きく脱線しちゃいました、失礼しました。
視線を姉に向け直すと何やら思案している、わたしが「どうしたの?」と聞くと「なにがいいかしらねぇ」と呟くのだった、脳内で何かを選定中らしい。
「ねぇ、アンタは何淹れたらいいと思う?」
姉は唐突に質問を飛ばすことが多い、
そもそも主語が抜けているが『淹れる』という部分で判断は付いた、
「アールグレイでいいじゃないかな?お姉ちゃんも好きでしょ、」
「んじゃ、おばちゃんに言ってベルガモット分けて貰うかな~」
ほんのつい先程、交わした約束…
彼にお茶を淹れるという約束を律儀に憶えているのだ。
普段の彼女はあまり記憶力はよろしく無いのだけど…
わたしの心配(?)の他所に、姉は話のベクトルを少し変えた、
「そういえばさ、アンタさっき何飲んでたの?」
「えーっと、わたしが飲んでたのはダージリ――」
…ンと発音する前にわたしは重要なことを思い出した、
姉の記憶力を馬鹿にしてる場合じゃなかった……
「あ…お茶代……」
「ん?どうしたの?」
咄嗟にわたしは振り返り、遥か視線の先の彼に頭を下げる、
――ご、ごめんなさい、お礼と称したのに……
「あ~なんか手振ってるわよ?」
――ち、違うんですっ、
さようならの挨拶をしているわけでは無くてですね?
このままじゃ、わたしはとんだ無銭飲食の詐欺師にぃ~
「ほら、もう行くわよっ」
姉はわたしの気を知るわけも無く、容赦なくグイグイと手を引く、
あ、ああ、ああああぁぁ…逃げられない…猛禽類に捕まった野ウサギはきっとこんな気持ちなんだろう…とか不謹慎な考えが浮かんでくる……
どうしよう?落ち着け、クールになれ、わたし。
彼がこの土地に仕事で訪れた『余所者の冒険者』なら、きっとすぐに再会できるはずなんだ、お金はその時に謝って支払えばいいじゃないか……かなり印象悪くなってしまうけど……ぐっすん。
~・~・~・~・~・~
――羊飼いの憩亭
街の北部に宿を構え、出稼ぎの鉱山夫や冒険者にその寝床を提供していて、
一階部分に大きな食堂があり、宿泊客以外の人間も多く出入りしている。
姉に連行されこと十数分、わたしたちの泊まる宿へと着いた、
宿のカウンターまで進み、そこに立つ女性を視界に捉える…女将だ。
もうすっかり宿の女将――フロンさんというらしい――とも仲良くなっていた姉とわたしは「ただいまー」と声をハモらせ、姉妹であることを誇示しつつご挨拶、女将はもう慣れてしまったのか「二人ともおかえり」と笑顔を向けてくれるのだった。
カウンターの横にある時計を見る――三時半くらいか、わたしは目があまり良くないので、ハッキリとは針の傾きを確認できない、数分刻みのスケジュールを立てている訳でもないので別段困りはしない。
姉はカウンターにドスンと手にした荷物を置き、女将に声を掛ける、
「おばちゃん、今日も手伝うわ」
そう言いながら、羽織ったケープを脱ぐ、
普段、ケープに隠れて見えないブレザーの袖が露わになり、そこには双鎌十字の紋章が姿を見せる。
百年前の大戦時なら、大騒ぎになっていたかもしれない……。
「姉さん、待って、」
「なによ?」
とりあえず、わたしは姉の行動を制する、
放っておくと、そのまま給仕婦の制服に着替えそうだ、
「三つほど、注意があります」
「ほえ?」
姉はキョトンとしているが、構わず続ける
「一つ、まず荷物はお兄様に届けて下さい」
用事を頼まれたのはわたしなのに、
抜けぬけと良く言ったものだと自嘲してしまったが続ける
「二つ、いくら屋内だからといえど、いくら羽織だけといえど…
ここは公共の場なので、脱がないでください、」
「ちょっ…ケープだけよ!」
姉は咄嗟に反論してくる、
――いえ、だから「羽織だけといえど」と申し上げているのですが?
などと言うと、余計拗れるので言わずに注意を続ける、
「三つ、今晩は出かけないといけませんので、お手伝いは辞退してください」
「んー?なんかあったっけ?」
やっぱりこう来た……、
わたしは頭痛を堪えながら指先で青白い光の線を描く、
数拍置いて、霊子画面が出現し姉にスケジュールを示す。
「あ~、デヴ様のトコ行かないとダメだったわね」
「えぇ、その通りですよ、姉さん」
わたしは呆れ気味に応える、我ながら口の悪い妹だ、全く……。
「仕方ないわねぇ……」
と姉は呟き、二階に一瞬視線を走らせ、女将に向き直る、
「おばちゃん、お兄ちゃんは部屋かしら?」
「そうだねぇ、ずっと篭って一人でチェス盤に向かってる感じかね」
「あらら、やっぱりそうでしたか…
では姉さん、申し訳ないですが……荷物をお願いします」
「はいはい、かしこまり」
そう言って彼女は階段を駆け上がり、そのまま二階奥へと足音が消えていった。
姉には、階段を走るなとか、廊下で足音立てるなとか、畏まりましたを「かしこまり」と略すなとか、そもそも目上の人間に使う言葉なので、妹に使うなとか……言いたいことは山ほどあったが――既に彼女の姿は無い。
姉が二階へと消え、そこにはわたしと女将だけが残った、他の従業員は夕食の仕込みで忙しいのだろう、姉が居なくなっただけで、コッチコッチと時を刻む音が妙に大きく聞こえるほどだった。
その静寂に耐えかねたのか、女将がしみじみと口を開いた、
「あんた達とも、そろそろお別れだねぇ」
「すっかり良くしてもらって、感謝の極まりです」
本心からそう思っていた、長期宿泊でかさむ費用の心配を汲み取ってくれて、かなり宿代をサービスしてくれているのだ……さすがに申し訳ないので、わたしも姉も手伝いをしている次第だ。
「リウェンちゃんが、いろいろウチの料理に手を加えてくれたろ? あれ、常連さんにもすこぶる評判いいんだよ」
「そう言って頂けると幸いです、」
そこまで言って、わたしはあることを思いついた
「おば様、もし宜しければレシピを書いておきましょうか?」
わたしの提案に彼女は一瞬目を丸くはしたが、すぐに
「そりゃいいね、是非頼むよ」
彼女の承諾に、わたしはメモ用紙を取り出し、手早く書き連ねる、
他人には、散々「可愛らしい丸字だ」とか言われているが、自覚は無い……一気に書き終えて、最後に一番下に署名をする、
――BlaueAugen
青いインクでそう記す、
コレを見た人は大抵、わたしの顔と見比べて「そのままだね」と感想を述べる……全く以ってその通りだ。
カウンターの横にある時計を再度見る――三時四十五分くらい?
――彼はもう冒険者ギルドに着いただろうか?
いや、位置的に遠い、まだ着いてない可能性が高い……。
彼が依頼を正式に受領し行動開始するまでの予想時間、現在のギルドが外部に求人を出している依頼の数、今晩の集合、そして、おそらく彼はこの街に着いてすぐにわたしと出合ったという事象……。
カチカチ…カチリ、カチリ……
いくつもの要因がある一つの仮説を紡ぎだす。
――そうなると、やっぱり彼はお困りになるでしょうね。
わたしは、女将に書いたメモを渡しながら、一つ尋ねた、
「おば様、兄が泊まっているお部屋の向かい側…
ニ一七号室ですが……たしか、空いていましたよね?」
「えーっと、どれどれ……うん、たしかに空いてるねぇ」
彼女は宿泊帳に目を通し、わたしの記憶の正解を告げる、
確証を得たわたしは、本題へと言葉の駒を進めた、
「その部屋、予約させて頂きたいのです、
きっと今晩、若い男性……冒険者ですが……こちらに来ますので」
「若い男性…?
もしかしてリウェンちゃんの『良い人』かい?」
彼女はいやらしく笑顔を見せ、辛かってくるが、
「ええ、そうなんです、私の新しい恋人なんですよ?」
ペロリと舌を出して見せ、小悪魔的な笑顔を向ける――これが私の返し手、
――だったのだが、彼女は呆れたと言わんばかりの表情を見せ、
「リウェンちゃん…同じ嘘でも、そこは頬を赤く染めるとか、
挙動不審にドギマギするとかの方が幾分可愛らしく見えると思うよ?」
「あらら、ダメでしたか?」
さすがは客商売を生業としている女性だ、
一週間も接していた所為もあるのだろうか、すっかり見破られている、
……。
ええ、そうです。
つくづく私は嘘つき女なんですよ。
~・~・~・~・~・~
斜陽、夜の到来を予感させる、赤い幻想。
わたしは、兄と姉と共に依頼主の屋敷の中にいた、
そろそろ時間なのだが、一向に依頼主の姿が見えない。
気の短すぎる姉は、先程から落ち着きが無い、
――姉さん、恥ずかしいので大人しくしててくれませんか?
などと言えることもなく、生暖かく見守る。
「う~~ん、遅いわね、デヴ様」
「姉さん?ソレ絶対に本人の前で言わないで下さいね?」
どうしてこう、この姉の命名センスは酷いのだろうか……。
原因はやっぱり「あの先輩」の所為……?
ガチャリと部屋のドアが開き、わたしの思考は中断される、
部屋に居合わせた「仕事上の仲間」の視線が扉に集まる、
……若い男性だった、もちろん依頼主ではない。
それが視認できると途端に興味を無くしたのか、
皆何事も無かったように視線を戻す……
一部の例外を除いて……。
――ああ、やっぱり再会できましたね、
バッチリ予想通りでしたよ?
姉は「彼」を指差し、金魚のように口をパクパクさせている、
うーん、ここは姉のリアクションの方が自然なのか?
だったら私もそれに習おう、極力驚いて見せよう、
「あーーーーー! さっきの無能!!」
「姉さん、失礼ですよ!」
……。
やっぱり、つくづく私は嘘つき女だ。
読んでくれているみなさん、こんばんは。
またまた寄り道して本編から外れたモノを書いてしまいました。
「さっさと続きを書け」とか怒られそうですが、実はコレ二話目書く前からチョコチョコと書き足して用意してたものなんです。
私の力不足というか、エイン君視点だけで書ききれない&エイン君視点じゃ辻褄が合わない……そんな部分をつなぎ合わせてました。
このハラワタシリーズは、本編を書く合間に浮かんできたモノをテキストメモにして、貯まり貯まったら纏めて文章として仕上げる、そんな工程で出来ています。
なので、あとからイロイロ矛盾が出てきそうです…orz